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第39話「冷酷なカーラ」

「さあ、かくれんぼは終わりですよ」


 コンテナの上から私を見下ろすカーラ。


 私はしばらく呆然としていたが、


「……どうして、貴方が」


 尋ねる私にカーラは冷たい笑みを浮かべる。


「そんなに驚く事ですかね? リリウミアから出国するルートは2つのみ。一つは関所ルート。そして、もう一つが”地下水道”ルート。貴方達が”地下水道”ルートでの出国を試みる事は十分に予測出来る事です。その予測を裏付けるように、貴方達の目撃情報がリリウミア北部に集中していたので、これはもう、ほぼ確定事項だと思いました」


 どうやら、”地下水道”を利用した出国計画が見抜かれていたようだ。


「浅知恵働かせて、我々を出し抜いたお積りで? 何ともまあ、おめでたい頭ですね」


「……くっ」


「何はともあれ、聖日騎士団に奪われた仕事を奪い返す機会を無事に得た訳です。貴方達の浅知恵には感謝しま____」


 カーラが言い切る前に、その身に一つの人影が疾駆する。


「おらあッ!」


 ロッドだ。


 いつの間にか目を覚ましていたロッドが、【怪力】のスキルを発動させ、カーラに殴り込んでいた。


「話の途中で割り込まないで下さい」


「くそっ……かわすんじゃねえよ!」


 ロッドの一撃をひらりとかわすカーラ。


 カーラは【幻影の剣】のスキルで剣を生成し、ロッドに反撃する。


 ロッドの頬を刃が掠めた。


 ロッドはバックステップをして、コンテナの上でカーラと睨み合う形になる。


「全員、聖星騎士団か」


 周囲を見回して、ロッドが不敵な笑みを浮かべる。


「俺らを舐めるんじゃねえぞ。聖星騎士団なんて、もう敵じゃねえんだよ。テメエらで手柄を独り占めしたくて、戦力を見誤ったな」


「やれやれ」


 カーラは馬鹿にするように肩をすくめる。


「己の力を過信する典型的な馬鹿の発言ですね」


「なんだと!」


「戦いとは、単純な戦闘力のぶつかり合いではないのですよ。勝利とは、そこに至るまでの道筋を描いた者にこそ与えられるもの」


 カーラは剣を構え、


「それに、単純な戦闘力でも、私は貴方達を凌駕していますよ。聖星騎士団に所属しているのは、私の趣向によるものです。能力で言えば、私は聖日騎士団や聖月騎士団の強者(つわもの)に匹敵します」


「ごちゃごちゃうるせえんだよ!」


 ロッドが仕掛ける。


 カーラの懐に潜り込んだロッドだが、次の瞬間には標的の姿は消えていた。


「……なにっ!?」


 目を見開くロッド。


 【透明化】のスキルだ。


 そう言えば、カーラは自身の姿を消すスキルを持っていたのだった。


「うおっ!?」


 空振りをするロッドに、真横から出現した剣が迫る。


 身体を仰け反らせて剣撃をかわすロッドだが、バランスを崩し、そのままコンテナから転げ落ちてしまった。


「いてっ!?」


 床に落ちたロッド____その身に、真上から剣の切っ先が迫る。


「ロッド!」


 叫び、駆け出したのはメリエだった。


 コンテナの上から飛び降りて、ロッドに刺突を放つカーラだったが、その一撃はメリエの真横からの剣撃により軌道を逸らされてしまう。


「はあッ!」


 カーラの剣を弾いたメリエは、すかさず第二、第三の剣撃を放ち、カーラを後退させた。


「油断してんじゃないわよ、ロッド!」


「お、おう……助かったぜ、メリエ」


 今度はメリエがカーラと対峙する構図となる。


「……なるほど」


 カーラは興味深げに私達を観察しているようだった。


「どうやら、そこのお二人も、かなりの実力者であるようで」


 カーラは意味深に、


「いやあ、惜しいですね。若き才能の芽を摘むのは」


 カーラは仲間の騎士達に何か目配せをしているようだった。


「聖日騎士団に与えられた命令はシロメさんの生け捕り。しかし、そんなものは我々には関係ありません。我々は聖星騎士団として、治安の危険分子たる敵性魔族を排除するのみです____その協力者を含めて」


 カーラが言い切るのと同時に、騎士達が一斉に筒状の何かを床に投げる。


 すると、各地で小さな爆発が発生し、白煙を周囲にばら撒いた。


 白い煙に満たされる貨物室内。


「さあ、狩りの時間です」


 愉快気なカーラの声。


 私は白煙から呼吸器を守るべく口元を押さえていた。


 ……何だ、この煙は?


 この臭い……どこかで嗅いだ覚えが……。


「……!? しまった!」


 気が付いた時には既に遅かった。


 これは____この白煙の正体は……!


「……”インキュバス祓い”!」


 液体ではなく、煙の形態を取ってはいるが、これは間違いなく”インキュバス祓い”____インキュバスを酩酊状態にする魔法薬だった。


「……うっ」


 急激な酔いに襲われる私。


「____このッ!」


 私は【蒸気噴射】のスキルを発動させた。


 身体中から蒸気を噴き出し、”インキュバス祓い”から身を守る。


 吹き飛ばされる白煙。


 やがて、貨物室内は晴れるが____


「シロメ、大丈夫か!?」


 床にうずくまる私の元にロッドが駆け付ける。


「ごめん、さっきの煙……”インキュバス祓い”のせいで……ろくに動けないかも……」


 浴びたのは微量だったが、それでも私を行動不能にする程の効果はあるようだった。


「これで一人、一番厄介なのが戦闘不能です」


 冷たい声音でカーラが告げる。


「さて、それでは____何も出来ない貴方の目の前で、お仲間の2人を惨殺するとしましょうか」


「……くっ」


 立ち上がろうと足に力を入れるが、上手くいかない。


 腰を浮かせた所で、浮遊感に襲われて尻もちをついてしまう。


 その上、視界がぼやけて、人物の位置関係を把握するのにも困難を要した。


「そこでじっとしてろ、シロメ」


 私の背中をさすり、ロッドが騎士達と向き合う。


「俺達が全員蹴散らしてやる!」


 決然とそう告げるロッド。


「私達を舐めるんじゃないわよ!」


 メリエもロッドに続く。


 2人とも戦意は十分のようだった。


 私が戦えなくとも、騎士達に勝利してみせると。


「いくぞ、おらあッ!」


 ロッドが叫び、騎士達に突っ込んでいくのが分かる。


 そして、奥では剣と剣がぶつかり合う音____メリエとカーラが剣戟を始めたのだ。


「……ロッド……メリエ……!」


 祈るように2人の名前を口にする。


 加勢出来ないのがもどかしい。


「……動け……私の身体……!」


 微量の”インキュバス祓い”を浴びただけだ。


 どうにか2人のサポートが出来ないか?


 私は手の平を目の前へ向け、【紫電】のスキルを発動させようとするが____


「……駄目だ」


 危険過ぎる。


 今の私では魔法を放つ事は出来ても、それを上手く制御する事は出来ない。


 誤って、ロッドかメリエに魔法をぶつけてしまう可能性があった。


 悔しいが……結局、ただ戦いの行く末を見守るしかないようだ。


「ふん! スキルで姿を消しても、足音で位置くらい分かるんだから!」


「ほう、私の剣に付いて来るとは。つくづくその才能が惜しいですね」


 奥の方ではメリエがカーラと互角の戦いを繰り広げているようだった。


「オラオラ! 聖星騎士団じゃこの程度が限界か? これじゃあ、テメエらが100人いた所で俺は倒せねえぞ!」


 ロッドも多数の騎士達を相手に互角____いや、それ以上の戦いをしている。


「……2人とも」


 大丈夫だ。


 やはり、私達は強い。


 正直に言うと、3人の中で私が抜きん出て強いと、驕っていた節があった。


 そして、それ故に今の状況に絶望感を抱いていたのだが……それは要らぬ不安だったのかも知れない。


 私が戦えなくとも、ロッドとメリエは騎士達を圧倒する事が出来る。


「頑張れ、2人とも!」


 親友を信じて、声援を送る。


 戦う2人の姿がとても勇敢で、頼もしかった。


 きっと、2人なら勝てる。


 戦いは更なる熱を帯び始め____


「さて……そろそろ、遊びは終わりです!」


 それは嬉々としたカーラの声だった。


 不穏な予感____


 と、同時に、多数の火の玉が私の元に殺到する。


 魔法だ。


 察するに、こちらからは確認出来ない奥の方にも騎士達が控えていて、彼女達が秘かに魔法を放つ準備を進めていたようだ。


「……シロメ!」


 ロッドが即座に戦いを中断して私の元に駆け付ける。


 そして、私を抱えて、火の玉から逃れようとするが____


「ぐうっ!?」


「ロッド!」


 火の玉のいくつかがロッドに命中。


 命中の瞬間、私を庇う様な態勢を取ったため、ロッドはまともに魔法の直撃を受ける事になってしまう。


「……はあ……はあ……ッ!」


 コンテナの上に降り立ったロッドは、私を降ろすと、荒い息を吐いて膝を折った。


「ロッド、大丈夫!?」


「……あ、ああ……平気だ……!」


 口ではそう言っているが、ロッドは身体中ひどい火傷を負っていた。


 満身創痍の少年に追い打ちをかけるように、今度は無数の氷の矢がこちらに飛来する。


 魔法の追撃だ。


「……くそっ!」


 再び私を抱えるロッドに____


「駄目ッ! 私を置いて逃げて!」


 そう訴えかける。


 私には【自然治癒】のスキルがあり、負傷したとしても直に回復する。


 だから、ロッドの身の安全を優先して欲しかった。


「黙ってろ、シロメ!」


 しかし、ロッドは言う事を聞かない。


 私を庇いながら、氷の矢から逃れるようとする。


 彼も頭では理解しているのだろう。


 この場面では、私よりも自分の身を優先しなければならない事に。


 分かってはいても……人の心がそれを許さないのだ。


 私を置き捨てる事など出来ないのだ。


「があっ!」


 ロッドの苦痛の声と共に血飛沫が上がる。


 私を抱えながらコンテナの上を駆け回るロッドは、氷の矢の猛追をかわし切れなかったようだ。


 ロッドは私を放り投げるような形で床を転がる。


「きゃあっ!」


 最悪な状況は重なる。


 メリエの悲鳴が上がった方を見ると____コンテナの上で、メリエが軍用犬に押さえつけられている状況が確認出来た。


「くっ……ひ、卑怯よ!」


「卑怯とは心外ですね。私は元から一対一で戦っているつもりではなかったのですが」


 状況から判断するに、2人が剣戟を繰り広げている所へ、軍用犬が不意打ちのようにメリエに飛び掛かったのだろう。


「所詮は未熟な子供ですね」


 嘲笑うカーラ。


「確かに、貴方達は強い。まず、貴方。メリエさんでしたっけ? こんな馬鹿げた悪事に加担さえしなけば、将来は騎士団にでも入って”英雄”か”剣聖”にまで上り詰めていた事でしょう。そして、貴方。確か、貴方は”英雄”ザビーネの息子でしたね? 大人しくダンジョンで冒険者となっていれば、Sランク冒険者として大成していた筈です。しかし____」


 カーラの視線がこちらに向く。


「約束された栄光ある未来も、そこの魔族に潰されてしまうのですね」


 愉しむようなカーラの口調。


「聞いていますか、シロメさん? 貴方のせいで、2人の若者の未来が(つい)えるのですよ。輝かしい未来が約束されていたのに、可哀想に」


 カーラの横でメリエが軍用犬の拘束を解こうとしていたが、上手くいかないようだった。


「じっとしていなさい」


「いっ!?」


 カーラに剣で肩の辺りを突き刺さされ、メリエが悲鳴を上げる。


「や、やめろ!」


 たまらず叫ぶ私。


 カーラは剣先に付着したメリエの血を楽しそうに眺めていた。


「さて、勝負はつきました。後は、3人仲良く殺されるだけです」


「勝負はついただと? ふざけるな! まだ終わっちゃいねえ! 俺はこの通り戦える! メリエだってな!」


「おやおや、現実が見えていないようですね。この状況、貴方達は既につんでいるのですよ」


 呆れたようにカーラが言う。


「今から貴方に向けて魔法攻撃を浴びせます」


 カーラの宣言にロッドが身構える。


「しかし____もし、攻撃を避けようとしたのならば、この娘を犬に食い殺させますよ」


 冷たいカーラの声に、ロッドが動揺するのが分かった。

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