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第38話「淫魔の姿」

 ロッドに見張り番を任せ、仮眠を取った私だが____


「……!?」


 それは、まるで心臓を何者かに掴まれたかのような感覚だった。


 私は驚いて目が覚め、跳ねるようにして立ち上がる。


 ____響く機械の駆動音。


 船が動いている。既にリリウミアから出航しているのだ。


「どうしたの、シロメ?」


 荒い息を吐いて、周りを見ると、メリエが驚きの目を私に向けていた。


 ……メリエが起きている。


 今はメリエの見張りの時間らしい。


 と言う事は、既に3時間以上が経過しているのか。


 それにしても……身体が熱い。


 風邪____とは違う感覚。


 どちらかと言うと、身体中に活力がみなぎっている状態だ。


「船はもう出ているんだね」


 私は静かに座り込んで、そう呟く。


 メリエが頷き、


「私が起こされたのとほぼ同時に船が動き出したの」


「メリエが起こされたのとほぼ同時に?」


 ……それは少しだけ妙な話だ。


 メリエが起こされた時間となれば、それは午前10時を指す。


 船の出航時間は早朝だと聞かされていた。


 何かトラブルでもあったのだろうか?


「ねえ、それよりも、それ(、、)、どうしたの?」


「……それ(、、)って」


 メリエが手鏡を私に寄越して来たので、鏡に映った自身と向き合う事に。


 そこに映っていたのは____


「……目が」


 思わずぎょっとする。


 母親譲りの青い目が、血のように紅い色に変色していたのだ。


 他にも、口の端の八重歯が鋭くなっていたり____


「シロメ、何か、良い匂いしない?」


「良い匂いって?」


「シロメから良い匂いがするんだけど」


 そう言うメリエの顔は、どことなくうっとりとしているようだった。


 思わず自身の体臭を嗅ぐが……よく分からなかった。


 だが、確実に言えるのが、私の身に何かしらの変化が起きていると言う事。


 と____


「……? ど、どうしたの、メリエ?」


 メリエがいきなり身体を寄せ、手を握って来た。


 しかも、握り方が……何というか、情熱的と言うか、指に指を絡ませるようなやり方だったので、少しだけ困惑してしまう。


 メリエはとろんとした瞳を私に向けていたが、


「は!」


 我に返ったように、私から距離を取った。


「ど、どうしちゃったのかしら……私……」


 私に背を向けるメリエ。


「いけないわ……何でかしら……シロメを見ていると……なんか、ドキドキすると言うか……私、変だわ……!」


 その背中から大きな戸惑いが感じられた。


 一体全体何がどうなって____


「……そうか」


 と、私は何か勘付くものがあった。


 リリウミアを離れた船。私の身に起きた変化。メリエの私に対する態度。


「____大結界アマテラスを抜けたんだ」


 私は一つの推測をする。


「大結界アマテラスを抜けた事で、抑えられていた私のインキュバスとしての性質が解放されたんだ」


 魔族を排除する力を持つ大結界アマテラス。


 私はその影響を受け、今まで魔族としての性質を抑え付けられていたのだ。


 しかし、船と共に結界を抜けた今、その影響から解放され、私は本来の姿を取り戻した。


 メリエに起きている異変は、恐らく私のインキュバスとしての性質によるもの。


 女性を発情させるインキュバスとしての。


「インキュバスとしての性質……? ねえ、もしかして、私……シロメに発情しているのかしら?」


「……多分」


「多分、じゃないわよ! どうにかして、シロメ!」


 非難がましい視線をこちらに向けてくるメリエ。


「どうにかしてって言われても」


「いいからどうにかして! こっちは……その……結構キツいのよ!」


 メリエは涙目だった。そして、頬が紅潮している。


「……どうにかって」


 こればかりはどうにも出来ないのでは?


 だって、私はそういう種族なのだから。


 いや、待て。


 淫魔は元来、ヒト族に紛れる魔族。


 魔族としての正体を隠す能力を有している種族なのだ。


 少し考えれば分かる事だが、淫魔が周囲の者達を無差別に発情させてしまっていては、すぐに正体を見破られ、討伐されてしまうではないか。


 ならば、今の状態をどうにかする方法はある筈。


「”擬態”の能力でどうにかならないかな」


 容姿と同様に、淫魔としての性質を隠蔽する事が出来るかも知れない。


 私は意識を集中させ、”擬態”の能力を発動させる。


 イメージするのは、元の自分(、、、、)____人間として生きていたシロメの姿。


「……戻った」


 “擬態”の能力を発動させた直後、手鏡に映る私の姿は元のそれに戻っていた。


 紅い瞳は青色に戻り、八重歯が元の長さに縮まっている。


 だが____


「いや……全然変化ないんだけど」


「え?」


 メリエが口を尖らせる。


「身体、熱いの……全然……収まらないんだけど」


「ええー?」


 どうやら、問題の解決には至っていないらしい。


 何が駄目なのか。


「他には……あ、そうか!」


 思い当たる節があった。


 全身にみなぎる力。


 抑えられていたものが一気に解放され、私はそれを上手く制御出来ていないのだろう。


「これは”魅了”と”催淫”の能力なんだ!」


 インキュバスが有するとされる能力____


 その中で、私は”魅了”と”催淫”の能力を使用した事がなかった。


 いや、発動のさせ方が分からなかったと言った方が良い。


 インキュバスとして本来の姿を取り戻した私は、その能力にようやく目覚め、そして、無意識に暴走させているのだろう。


 ならば、これらの能力を上手く制御する事が出来れば____


「……”魅了”……”催淫”……」


 能力の名を呟き、強く意識する。


 力を認識する事で、本能的にその制御の仕方を理解し____


「どう、メリエ?」


「……あ」


 メリエの表情が通常の状態に戻っていく。


「楽になったかも」


 と、溜息を吐くメリエ。


「どうやら、上手く行ったみたいだね」


 一時はどうなる事かと思ったが。


「全く……勘弁してよね、シロメ」


「……ごめん」


 メリエに頬をつねられる。


 痛くはない……それよりも、つねり方が少しだけいやらしいのが気になる。


 それに加え、私を見つめる目付きが、やはり熱っぽかった。


 ……まだ、能力の効果が消えていないのだろうか。


 あるいは、能力とは関係なしに、インキュバスとしての本来の姿を取り戻した私は、メリエにとって魅力的な異性として認識されているのかも知れない。


 と、その時、


<只今、本船は魔族のコロニーの近辺を通行中。移動結界アポロンを展開します>


 船内アナウンスが響く。


<装置稼働につき、しばらく船内が揺れるのでご注意下さい>


 数十秒後、室内は小刻みな揺れに襲われる。


 それと同時に、


「……あ」


 身体中にみなぎっていた力の消失を感じ、私は思わず声を漏らす。


「魔族除けの結界が張られたみたい」


 移動結界アポロン____大結界アマテラスと同じく、魔族を排除するための結界だ。


 その効果により、私は再びインキュバスとしての性質を失ったようだ。


「近くに魔族のコロニーがあるらしいわね」


「そうみたいだね。だから、結界を張ったんだ」


 魔族のコロニー____あるいは単にコロニーとも言うが、これは魔族達の生息領域を指す言葉だ。


 ここは”地下水道”。


 地下に広がる広大な空間で、確かに、魔族が集団で生活を営むのには最適な場所だ。


「……取り敢えず、もう一眠りするね」


 そう言えば、仮眠の途中だった。


 私はメリエに一声掛け、床に横になる。


 しかし、目を閉じた所で____


「……!」


 多くの足音が貨物室内に響き、私は上体を起こす。


 何者かが、それも大勢、この室内に入って来たのだ。


 思わず、メリエと見つめ合う。


 ……積荷の確認だろうか?


 とにかく、私とメリエは息を殺した。


 気配を消して、やり過ごすしかない。


「……!?」


 その時だ。


 何か(、、)がこちらに駆けて来る気配があった。


 ヒト族の足音ではない。


 これは____


「来るよ、メリエ!」


 私が注意を促したのと同時に、木箱の山を吹き飛ばして、大型の犬がこちらに突っ込んで来た。


「……犬!?」


 筋骨隆々とした犬の登場に私とメリエは身構える。


 犬は唸り声を上げながら、私達を敵意の瞳で睨みつけていた。


 普通の犬ではない。これは軍用犬だ。


「そこに隠れていましたか」


 貨物室内に女性の声が響く。


 聞き覚えのある声だ。


 いや……忘れもしない……この声の主は……!


「……カーラ!」


 視線を上げた私は、コンテナの上、大勢の騎士達を引き連れたカーラの姿を発見する。


 聖星騎士団所属騎士であり、アンリエットの妹であり____私の母親を死に追いやった者の一人。

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