第35話「未来の希望、不安」
水浴びを終えた私は、新たな衣服に着替える事に。
動きやすいショートパンツとノースリーブの上にフード付きのぶかぶかの外套を羽織る。
これらの衣服は……店から盗んだものなので、身につける事に結構な罪悪感を覚えてしまう。
水分を含んだ髪をまとめ、私はロッドとメリエの元に向かった。
2人は相も変わらず喧嘩中のようで、茂みの中で小声で何事か言い争っている。
私が声を掛けると、ロッドは無言で小川の方に向かった。
「また、喧嘩してたの?」
「ふん、ロッドが悪いんだから!」
私は苦笑いを浮かべ、
「今度は何を言われたのさ」
「髪をすきながら、”髪は女の命なのよねー”って呟いたら、”女アピールするんじゃねえ、気持ち悪い”って言われて……ねえ、ひどくない!?」
ひどいがいつも通り過ぎて、微笑ましくすらある。
メリエは溜息を吐いてから、気持ちを切り替えるように、
「折角だし、ちょっと散歩しない?」
「散歩?」
「ほら、夜の公園って何だかワクワクするでしょ」
呑気な事をと思ったが____
「じゃあ、ちょっとの間ね」
気分転換として必要かも知れない。
心の健康も大事にしなければ。
「じゃあ、行きましょうか」
私達は立ち上がり、自然公園の中を歩く事にした。
「そう言えば、前に一度、3人で夜の街を歩き回った事があったわね」
「ああ、去年の事ね」
「勝手に家を抜け出したせいで、お母さんに怒られたのよねえ」
懐かしそうにメリエは呟く。
外で思い切り遊びたいと言う事で、太陽の光の無い夜中に皆で外出したことがあった。
勝手に家を抜け出したせいで、私は母親に叱られた訳だが、それはメリエも同じだったようだ。
「日中はろくに外を歩き回る事が出来ない私のために、2人が言い出してくれたんだよね。夜中に街を散策しようって」
私は何か込み上げてくるものがあり、
「本当に2人には感謝してるよ。あの時の事と言い……今回の事と言い」
「やめてよ、照れるじゃない」
頬を掻くメリエに、
「きっと、2人がいなかったら……私、今頃生きていないと思う。ううん、生きたいとすら思っていなかったんじゃないかな」
それは心のからの言葉だった。
絶望の淵から私を救ってくれたのは、2人なのだから。
「……ねえ、シロメ」
ふと、メリエが立ち止まる。
どうしたのだろう。
メリエは何か言い辛そうな表情を浮かべていた。
……メリエ?
「……ん-……何だろう……嬉しい事なんだけどね……シロメ、私とロッドに感謝し過ぎじゃない?」
「……? だって、私が今こうして生きているのって、2人のおかげだから」
だからこそ、何度も素直な感謝を伝えているのだ。
何もおかしなことは無い。
メリエは唸り、やはり言い辛そうに、
「嬉しい事なんだけどね……なんか、不安になっちゃうのよ」
「……不安?」
「シロメ、少しだけ私達に依存的になっていると言うか」
「……それは……まあ、そうだよね。だって、今の私にとって、2人が唯一の拠り所な訳だし」
少しぐらい依存的になっていてもおかしくはない。
それだけ、2人の事は信頼しているのだ。
メリエは思い切ったように____
「あのさ……この先、何が起きるのか分からない訳じゃない?」
唐突にそんな事をメリエは言い出す。
「私かロッドに何かあっても、シロメは変わらないでいてね。例え、私達がいなくなったとしても」
「……メリエ」
深刻そうにそう告げるメリエの表情に、私はぎょっとしてしまう。
どうしてそんな事を?
ぶんぶんと首を横に振り、私はメリエの手を握った。
「大丈夫だよ、きっと何もかも上手くいくよ」
私は励ますように笑顔を浮かべる。
「ここから逃げ出して、3人で新しい人生を始めるんだ」
「……うん、分かってる」
「上手く行くかどうか不安なんだよね、メリエは。だから、そんな後ろ向きな事ばっか口にしちゃうんだよ」
そうだ……普段通りに振舞ってはいるが、メリエは内心で大きな不安を抱えているのだ。
ならば、私が支えて上げるべきだろう。
2人が私の事を支えてくれているように。
「私達は強い。これまで、騎士達との戦闘では決して引けを取らなかったし、あの”英雄”のフォレストタイタンも倒したんだよ。だから、何も心配なんて要らない。絶対に私達3人とも無事にリリウミアから出られるよ」
口に出すにつれて、それは私自身への励みにもなった。
もう何度か死の淵を経験し、その度に生還を果たしてきた。
だから、この先何があろうとも、きっと全てが上手く行く。
これは、根拠のある自信だ。
今までの事で、私達3人の強さは十分に証明されているのだから。
「……」
メリエはじっと私の事を無言で見つめていた。
その瞳がとても不安げだ。
メリエの口が何か言いたげに開閉を繰り返した後、
「あのベンチの辺りで元の場所に引き返しましょう」
話を逸らすように、メリエが少し先のベンチを指差す。
それから、いつものような快活な笑みを浮かべ、
「ねえ、もしかして私、人生で初めて男の子とデートしてる事になるのかな?」
「デ、デート……? うーん……一応、そうなのかなあ?」
「憧れだったのよね、そういうの。私、これでロマンス小説とか大好きだから」
にこやかなメリエ。
デート……相手が私で良いものなのか?
「ねえ、手とか繋いでみる」
と、メリエが手を差し伸べて来たので、私は思わず自身のそれを重ねてみる。
メリエの反応は____
「んー……なんだろう、デートと言うよりはピクニックって感じがするわ」
微妙な様子。
確かに、私とメリエが手を繋いでも、恋人のような雰囲気にはならなかった。
「こう言うのは、もっと大人にならないとムードが出ないと思うよ」
と、苦笑する私。
「リリウミアを抜け出せば、恋愛もし放題で、結婚も自由だから、その時までお預けだね」
リリウミアでは出来ない異性との自由恋愛も結婚も、余所の国では可能だ。
メリエの憧れはその時に叶う事だろう。
「メリエ、美人で明るいから絶対にモテると思うよ」
「えー、そうかしら?」
メリエはまんざらでもない様子だ。
「シロメは恋愛とかどうする? きっと、男の子にも女の子にもモテると思うわよ。それこそ、より取り見取りなんじゃないかしら?」
「うーん、私の恋愛かあ」
考えた事もなかった。
リリウミアでずっと暮らしていくつもりだったので、恋愛など、全く縁のない話だったのだ。
「ちなみに、シロメは男の子と女の子、どっちが恋愛対象になるのかしら? ちょっと、興味があるんだけど」
「……うーん」
それも考えた事がなかった。
どちらかと言えば____どちらもその対象として見なした事がなかった。
例えば、ロッドを恋愛の対象として見た事は無かったし、メリエを恋愛の対象として見た事もなかった。
そもそも、私は自身の性別について、男女のどちらでもないと思っている節があるので、恋愛対象についても、どっち付かずの状態なのだろう。
「自分でも分かんないや。きっと、そう言う気付きも、未来のお楽しみの一つになるんじゃないのかな」
そんなことを言ってみる。
私達は未来を掴むために、闘っている最中だ。
闘いの先、色々な楽しみが私達を待っている。
恋愛もその内の1つ。
私達の未来は、想像以上に明るい希望に溢れているのかも知れない。
「……そうだ、未来は楽しみで溢れているんだ」
そう呟きながら、私とメリエは元の場所まで戻っていくのであった。




