第34話「夜中の水浴び」
ザビーネとの対峙から既に4日が経過していた。
昼間は下水道に寝床を設けて睡眠を取り、夜間は地上に出て活動をする。
それが私達のルーティンになっていた。
それで、夜間の活動と言うのは……まあ、主に盗みだったりする。
盗みなど、褒められた行為でない事は理解しているのだが、それでも生きるためには食料が必要だったりするので、仕方なくと言った感じである。
月明かりの下、私、ロッド、メリエの3人はリリウミアのとある自然公園にいた。
中央を小川が流れる、緑豊かな自然公園。
私達がそこで何をしているのかと言うと____
「ロッド、絶対に覗くんじゃないわよ!」
「覗かねえよ、バカが!」
「絶対に絶対よ!」
「うるせえ! 大声出したら、誰かに気付かれるだろうが!」
相変わらずの喧嘩を始めるロッドとメリエ。
「つーか、誰がお前の裸なんか見たがるんだよ」
「は? ロッド、アンタねえ____」
「ねえ、2人とも、その辺にしておいたら? これ以上騒がない方が良いよ」
私が止めに入ると、2人は無言で睨み合った後、
「……じゃあ、身体洗ってくるわね」
メリエが私達に背を向け、小川の方へと歩いていく。
「……シロメも覗かないでね」
「う、うん……分かってる」
「……覗いたら絶交だからね」
そんなメリエの言葉を受け、私とロッドは反対側の茂みへと移動した。
ここ数日、私達は一度もお風呂に入っていなかった。
そこで、お風呂は無理だとしても、流水で身体の汚れを洗い流そうと思い、自然公園の小川で水浴びをする事にしたのだ。
身体を清める際、当然裸にならなければいけないので、私達は順番に小川に浸かる事にした。
「ったくよお……自意識過剰だよなあ、メリエの奴は」
「……うーん……ロッドはもう少し、言葉を選んだ方が良いと思うけどね」
「なんだよ、お前はメリエの味方か」
茂みの中でロッドとこそこそ話をする。
「そう言えば、俺達の捜索に聖日騎士団が本格的に動き出したらしいな。新聞で読んだぜ」
「うん、私の事、Aランク魔族だって書いてあったね」
「Aランクかあ……まあ、あのクソババアの切り札を倒したからなあ」
「でもさすがにAランクは過大評価だと思う」
Aランクと言えば、魔王に相当する強さを持つ魔族として見なされていると言う事になる。
私にそこまでの力はないと思うのだが……。
ロッドは夜空を見上げ、
「あと3日間、無事に逃げ回れっかなあ」
やや不安気に呟く。
私もロッドと同じ様に夜空を見上げ、
「何だかんだで4日間やり過ごして来たんだから、大丈夫じゃない? もう折り返し地点だよ」
と、楽観的な事を言ってみる。
リリウミアを脱出するため、私達はあと3日間、国内に潜伏する必要があった。
関所は例の一悶着があったその翌日から、騎士団の精鋭達により固められているようで、突破はほぼ不可能。
そのため、別の脱出ルートを考える事にした。
それが、”地下水道”を利用した脱出だ。
リリウミア北部の地下には”地下水道”と呼ばれる巨大な河川が広がっている。
この”地下水道”は、リリウミアのみならず周辺各国をまたがる広大な水路であり、船舶による貿易に利用されていた。
そして、3日後の早朝、リリウミアの”地下水道”から貿易船が出航する予定だ。
私達はこの貿易船に紛れ込んでリリウミアを脱出することに決める。
なので、それまでの間、リリウミア内を隠れ回らなければいけない。
「そろそろ、昼間は下水道に潜伏している事がバレても良い頃だよな。何か他に良い隠れ場所とかねえかなあ」
「……うーん……でも、それを加味したとしても、下水道が潜伏場所としては最適だと思うな。あの臭さのおかげで、犬に匂いを追跡される心配もないし。入り組んでいるおかげで、いざと言う時に騎士達を巻きやすいし」
下水道の臭気は潜伏者である私達にとって、大きなアドバンテージだ。
廃工場に身を潜めた時、騎士団に潜伏場所を見抜かれて包囲されたのは、彼らが軍用犬の鼻を借りたからだろう。
だが、下水道のあの臭さの前では、犬の嗅覚も鈍ると言うものだ。
その上、下水道の複雑な構造は、私達のいざと言う時の逃亡の助けとなる。
結論から言えば、潜伏場所を下水道から変更するのはもったいない事だった。
「と言うか、どうしたの、ロッド? 今日は、何だかやけに不安気だね」
「……ん……まあ……こんな日もあるだろ」
ロッドはしんみりとした様子で、
「色々と順調だからさ。何て言ったら良いんだろうなあ……その分、嫌な事が起きるのが怖くなってるのかもな。このまま何事もなく、万事順調に行って欲しいと言うか」
ロッドの気持ちは分からなくもない。
ここ数日、あまり危ない橋を渡っていない所為か、次何事かが起きて、今の順調過ぎる流れが途絶えてしまうのが怖かったりする。
「このまま何も失う事なく、ここを出られたら良いよな____って思ってたらさ」
ロッドはやや言いにくそうに、
「もしも、何か失うような事があったらって……そんな事考えちまってよ。例えばさ、俺かメリエ、どっちかが死ぬような事があったら……シロメ、お前、どうする?」
ロッドの問い掛けに、私は思わずぎょっとした表情を浮かべる。
……ロッドかメリエが死ぬ?
もし、そんな事があったら____
私の当惑を察してか、ロッドは慌てて、
「悪い、今のは忘れてくれ」
「う、うん」
しどろもどろになる私。
ロッドはバツが悪そうに唸ってから、独り言を呟くように、
「何があっても、お前のままでいてくれよ」
そんな言葉が、風に運ばれて私の耳元まで届けられた。
その時____
「水浴び、終わったわよ」
メリエの声。
次いで、濡れた髪をまとめた少女が姿を現した。
「次、シロメ行って来いよ」
「え……うん」
ロッドに促され、私は立ちあがる。
「シロメの水浴び、覗くんじゃないわよ、ロッド」
「は? 馬鹿か、覗かねえよ。つーか、別に覗いても問題ないだろうが」
「いや、問題あるわよ、変態ロッド」
「俺は変態じゃねえよ! 変態はテメーだバーカ!」
「変態も馬鹿もアンタの方でしょうが!」
さっそく喧嘩を始める二人。
さっきまでの、不安気で、どこかに消えてしまいそうなロッドの姿はもうどこにもなかった。
「二人とも、静かにね」
私はそう言って、水浴びに向かう事に。
小川の前で一人きりになる。
流れる水の音を耳に、ふと考えてしまう。
……もしも、何か失うようなことがあったら。
そんな事を尋ねる、不安気なロッドの表情が脳裏に焼き付いている。
いや……。
ロッドがかつてない程深刻な表情を浮かべているように見えたのは、私の心理がそうさせているのかも知れない。
もう、これ以上何も失いなくない。
そんな強い思いが、私の視界を歪めてしまっているのかも。
「……怖がっているんだ、私は」
2人の事が大切で、だからこそ……もしもの事があったらと不安になる。
ロッドかメリエを失った時、私は____今度こそ壊れてしまうかも知れない。
二人は私にとって、この世ですがる事の出来る最後の支えなのだから。
……駄目だ、嫌な事を考えてしまう。
こういうことは不吉の前兆となるので、あまりよろしくないだろうに。
私は衣服を脱ぎ、胸の奥の不安を洗い流すように、小川に浸かった。




