第33話「イストワールの叱責」
リリウミア騎士団総本部____
白い壁に囲まれた廊下を歩いている私に、
「少し良いかな、アンリエット」
ふと背後から声が掛けられる。
振り向くと、そこにいたのは聖日騎士団の新たな副団長であるイストワールだった。
思わず舌打ちするのを堪え、
「何か?」
と、短く問う。
イストワールは私に歩み寄ると、涼しい眼差しをしばらくこちらに向けていた。
気に入らない。
彼女の種族、エルフ特有の賢しい視線だ。イストワールは厳密にはハーフエルフだが。
イストワールはゆっくりと口を開き、
「例の脱獄囚の捜索及び拘束の一件で」
「ああ、シロメの」
2日前の話だ。
関所を通り抜けようと試みた脱獄囚シロメとその協力者たちは、聖月騎士団副団長である”英雄”ザビーネと対峙した。
ザビーネはフォレストタイタン____単騎で一軍を相手取れる事の出来る彼女の切り札だ____を使い、シロメを抹殺しようとした。
しかし、これは失敗に終わる。
なんと、シロメはフォレストタイタンを退けてしまったのだ。
その後、シロメは逃亡し、リリウミアのどこかに潜伏してしまう。
この一大事は翌朝、騎士団を騒然とさせるのであった。
ザビーネが直接相手取っていないとは言え、その切り札をシロメは打ち破ったのだ。
この事実により、シロメに対する評価が激変する。
その戦闘能力は、Aランク魔族に相当するとの結論が出た。
そのため、シロメの捜索及び拘束は聖日騎士団が主体となって行う事になった。
魔族を討伐する事に特化した、我々が。
「君は今回の任務からは外れて貰う」
「は?」
イストワールに告げられた言葉に、思わず私は威圧的な声を発してしまう。
……任務からは外れて貰う?
私は苛立ちを抑え、
「何故なのか、聞いても良いかしら?」
「簡単な話で、君が今回の任務に不適切だからだよ」
「……不適切!」
金切り声を発してしまう。
あまりにも遠慮のない言葉。
不適切とは何事か!?
私が睨むと、イストワールは肩をすくめて、
「今回の任務は捜索及び拘束。つまり、何が言いたいのかと言うと、我々は件の脱獄囚を生け捕りにしたい訳だ」
イストワールは責めるように、
「君が関わると、ホシを殺しかねないからね____クロバを殺したように」
一瞬、イストワールの目に激しい憎しみの感情が宿った。
私に対する憎しみだ。
イストワールはクロバの事を随分と気に入っていた。
クロバを殺した私をイストワールは憎んでいるのだ。
私はイストワールの怒りを可笑しく思い、
「生け捕りって……どうせ殺すのに無駄な事を。それよりも、早く殺して、親子仲良くあの世に送って上げるのが優しさでしょうに。クロバも寂しくて泣いてるわよ、きっと」
「クロバの事は愚弄しない方が良いよ。じゃないと、君は痛い目をみる事になる」
イストワールはそれから、やや落ち着いた様子で、
「あのハーフインキュバスの事は調べる必要がある。アレはただのインキュバスでは無いのかも知れない」
「ただのインキュバスでは無い? ハーフインキュバスなんでしょ?」
「……その通りなんだけど……それとは別に……そうだね……」
イストワールは何か言いたげだ。
「君はアレのインキュバス紋を見たか? 書き写しを見させて貰ったが、あれは普通のインキュバス紋では無かった」
「……ハーフインキュバスだからなんじゃないの?」
「そうかも知れないけど、アレは……いや、あまりこのような不敬な事は口にするべきではないね。充分な確証が得られるまでは。まずは我らが天子の目覚めを待たないと」
独り言のように何事か言うイストワール。
「とにかく、君はもうこの件には関わらないでくれ。余計な事をしかねないからね」
一方的にそう言い渡し、イストワールは去っていった。
……失礼な奴。
イストワール____邪魔なハーフエルフだ。
クロバが消え、私が聖日騎士団副団長に就任するのかと思いきや、その座に居座ったのはイストワールだった。
私こそが副団長に相応しい筈なのに。
「……今に見てなさいよ」
去り行くイストワールの背中に、小さく呟く。
副団長の座は渡さない。
必ず、私のものにしてみせる。
「……はあ……任務から外れて貰う、ね」
クロバを亡き者にした時点で私の目的は果たされたので、正直任務から外される事自体はどうでも良かったりする。
イストワールに一方的に命じられるのが気に食わないだけで。
……それにしても、シロメには驚かされた。
まさか、フォレストタイタンを退けるとは。
それ以外にも、もう何度か騎士達を返り討ちにしていると聞く。
その戦闘能力、明らかに並みの騎士以上のものだ。
「……やっぱり、クロバの子供ってことかしら」
先程、イストワールがシロメについて何か引っかかる様な事を言っていたが、あれは一体何だったのだろうか?
普通のインキュバスではないとは?
インキュバス紋についても何か言及していたが。
そもそも、ハーフインキュバスと言う存在自体がイレギュラーなのだから、例外的な事などいくらでも起きるだろうに……何故あそこまで神経質になっているのだ。
「まあ、私には関係の無い事ね」
私の今の関心事、それはいかにイストワールを失脚させるかだ。
イストワールを失脚させ、今度こそ私が副団長となるのだ。




