第32話「母親からの贈り物」
目が覚める。
そして、凄まじい臭気に思わず顔をしかめる私。
……何だ、この臭いは?
上体を起こすと、そこは下水道だった。
「あ、起きたか、シロメ!」
下水道の暗闇にロッドの声が響く。
「……シロメ!? ああ、良かった、シロメ!」
「わわっ」
メリエが泣き出しそうな笑顔を浮かべ、私に抱きついて来る。
「おい、馬鹿メリエ! シロメは怪我してんだぞ!」
「え、あ、そうね……ご、ごめん、シロメ!」
慌てて私から離れるメリエ。
私はよろよろと立ち上がり、ふと右腕が自然に動いている事に気が付く。
負傷していた筈の右腕が治っている。恐らくは【自然治癒】のスキルによるものだ。
「大丈夫だよ。何か、もう怪我が治っているみたい。【自然治癒】のスキルの効果だと思う」
私がそう言うと、メリエは「それなら良かったわ」と安堵の吐息をつく。
私は伸びしてから、再び座り込み、
「ここって、下水道だよね」
「ああ、ここまで逃げて来たんだ」
「じゃあ……上手く逃げられたんだ、私達」
私は確認する様に、
「生きているんだ、私達」
私の言葉に頷くロッドとメリエに、私は胸の内が熱くなるのを感じる。
……そう、私達は生きている。
生き延びたのだ____あの絶望的な状況から。
勝利したのだ。
ロッドは私の肩を嬉しそうに叩き、
「凄いぞ、シロメ! お前、あのクソババアを、”英雄”を退けたんだぞ! ハハ、ざまあみやがれ、クソババア!」
「う、うん……2人のおかげ、かな」
「おいおい、謙遜すんじゃねえよ! ほとんどお前一人でやっつけたようなもんだろ!」
「そんなことは無いと思うけど……実際、ロッドとメリエがいなかったら、やられていた場面があったし」
「素直に自分を誇りなさいよ、シロメ。フォレストタイタンの攻略方法を発見したのはシロメだし、大ダメージを与えたり、トドメを刺したのもシロメなんだから」
「そうだそうだ、お前ならサシであのクソババアにも勝てると思うぜ!」
その後、やたらと二人に持ち上げられ続けて気恥ずかしくなって来た頃____
「あ、そうだ。これ、シロメに返さなきゃ」
思い出したように、メリエが鞘に納められたダガーを懐から取り出し、私に手渡す。
私はダガーを受け取ると、鞘からおもむろに刃を引き抜いた。
下水道の暗闇の中、僅かな光を反射して、ダガーは煌きを放つ。
改めてみると、その白銀の刃の美しさに見惚れてしまいそうだった。
メリエがふと____
「クロバさんが貴方を守ってくれたのよ、シロメ」
若干涙ぐんで、メリエはそう言う。
……母親が、私を?
私はそこで、フォレストタイタンにトドメを刺した時の事を思い出した。
私は無意識の内にダガーを手に取り、そこから黒い光を迸らせてフォレストタイタンを撃破したのだった。
あれは、私自身の力ではなく、このダガーの力だ。
これは何か特別な力を秘めたダガーなのだろう。
外見では分からなかったが、魔道具の類なのだろうか?
とにかく……母親のお守りが、形見が、私の命を救ったのだ。
「そのダガーも、貴方の”シロメ”と言う名前も、クロバさんが貴方を生かすために与えた贈り物なのよ」
「……名前も?」
メリエの言葉に首を傾げる。
シロメ____私の名前に秘められた意味に、何か心当たりがあるのだろうか?
「そのダガー____黒耀白牙は呪具なのよ」
「呪具?」
「呪具に血を与え、呪具から名を授かりし者はその力を得る」
「……何それ?」
古い言葉遣いで何事か告げるメリエに、私は更に首を傾げる。
メリエは私の疑問を無視する様に、
「ねえ、シロメ。また黒い光とか出せる?」
「……うん、多分」
可能だと思う。
私はダガーを天井へと掲げ、感覚を頼りに淡く黒い光を放出させた。
「やっぱり、そうね。それ、シロメと契約が結ばれた呪具なのよ。試したんだけど、私とロッドじゃ、どうやっても黒い光がでなかったし」
一人納得した様子のメリエ。
……呪具だの、契約だの……しっかりとした説明が欲しいのだが。
「呪具っていうのは、契約する事で使用することが出来るようになる特別な道具なの。で、その契約方法なんだけど、まず初めに呪具に生き血を吸わせる事。そして、その呪具にちなんだ名前を持つ事。この二つを行うことで契約が結ばれるの」
得意げに説明をするメリエ。
私は話を理解して、
「私の名前って、この呪具にちなんで付けられてるって事?」
「そうそう」
と、またしても得意げなメリエ。
メリエは近くに落ちていた小石を拾い上げ、地面に『黒耀白牙』と文字を書いた。
「これ、ここ部分なんだけど」
メリエは『黒耀白牙』の『白牙』の部分を丸で囲った。
「この”ハクガ”って読む部分、ここにちょっと書き足して」
メリエは『白牙』に加筆して、『白芽』と言う文字にした。
「これ、“シロメ”って読むのよ」
「……私の名前って事?」
どうやら、この『白芽』と言う文字、”シロメ”と読むようで……つまりは、私の名前だ。
それにしても……まさか、メリエにこの手の学術的知識があったとは。
「博識なんだね、メリエ」
「ふふん、それほどでも」
褒められてメリエは嬉しそうだった。
「……黒耀白牙……シロメ……」
母親が与えてくれた名前。
元々、自分の名前には愛着があったが、以前にも増して愛おしく感じる。
母親が私を守るために与え、そしてつい先ほど、この名前が____大切な母親からの贈り物が私の命を救った。
ただ生きて欲しいと私に願った母親。
その願いが、この名前とダガーに宿っている……そんな気がした。
「……お母さん」
ダガーをぎゅっと握りしめると、どこか胸が温かく、目頭が熱くなった。
「お前は生きるべきなんだよ、シロメ!」
ロッドが肩を組んでくる。
「きっと、世界がそれを望んでるんだ!」
「……世界が?」
「ああ、そうだ! あんな絶望的な状況に置かれても、お前はこの通り生き延びている! きっと、世界がお前を生かしてるんだ! お前に生きて欲しいと願ってるんだ! 祝福されてるんだよ、お前は!」
ロッドは熱く言い聞かせるように、
「だから、今後二度と迷うんじゃねえぞ。自分は死ぬべきとか……クソッたれの戯言に惑わされるな」
私はザビーネの言葉に従い、自らの命を絶とうとしていた事を思い出す。
あの時、私の目を覚まさせてくれたのはロッドだった。
ロッドがいなければ、彼の言葉がなければ、私は____
「ありがとう、ロッド。メリエも、ありがとう。きっと、二人がいてくれたから、私は生きようって思えたんだ」
そして、それだけじゃない。
「私、やっぱり生きたい。生きていたいんだ、私は。お母さんの願いとか、そう言うのもあるけど、私、ただ生きていたい。ロッドと、メリエと、ずっと一緒にいたい。二人がいるこの世界で生きていたい」
義務感などではない。
ただ、私はそれを欲していた。
ロッドとメリエ。親友がいるこの世界が私は好きだ。
二人と共にずっと生きていたい。
苦痛ではない。私は生きていて、楽しいのだ。
私はそれを強く自覚した。
だから____
「絶対に、3人でここを出よう」
希望を胸に、私は告げた。




