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第3話「懲りもせず」

 サキュバスは魔族の一種族だ。


 女性の個体しか存在しない単性種族で、その繁殖の方法は、ヒト族の男性との性交による妊娠と出産だ。


 サキュバスの子供は母親であるサキュバス側の遺伝子のみを受け継ぐため、サキュバスの混血児などは存在しないとされている。


 サキュバスは、基本的に非力だが、”魅了”、”催淫”、”吸精”、”擬態”などの厄介な能力を持つことで知られている。


 ヒト族をあまり襲わない、ただ男性との性交を求めてフラフラしているだけの人畜無害な魔族に思えるかも知れないが、そうでもない。


 サキュバスを妊娠させた者は”サキュバスの呪い”にかかってしまう。そして、”サキュバスの呪い”を持つ者は、妊娠させたサキュバスが出産をした時、生命力をその子供に奪われ、身体の機能をいくつか失い、最悪の場合、死に至る。


 サキュバスはヒト族の男性を食い潰すあくどい存在なのだ。


 サキュバスの強さはその子孫の数の多さで決まるらしく、彼女達がヒト族の男性との性交を求めるのは、単に性的欲求を満たそうとするためだけではなく、より強力な個体へと成長するためらしい。


 そして、長い年月を生き、多くの子孫を持ったサキュバスは、その変異種族であるインキュバスへと変異する。


 サキュバスがインキュバスになると、女性器を失って男性器を獲得するほか、高い戦闘能力と”催眠術”、”支配”の能力を得る。


 そして、インキュバスの繁殖に関してなのだが____


 インキュバスはヒト族の女性と性交し、サキュバス(、、、、、)を女性に孕ませる。


 そう、インキュバスはインキュバスを作り出す事が出来ない。


 そして、サキュバスの子供が混血児とはならないように、インキュバスの子供もまた混血児とはならない。


 サキュバスやインキュバスの子供は純粋なサキュバスにしかならないのだ。


 つまり、ハーフサキュバスなど存在しないし、ハーフインキュバスについては言わずもがな____の筈なのだ。


 しかし、ハーフインキュバスは存在する。


 それが、私だ。


 私は男性で、インキュバスのみが持つ”催眠術”の能力が扱えた。その上で、ヒト族と同じくスキルを持つ。


 即ち____


 魔族とヒト族、その両方の力を持つ私は半魔である。


 そして、インキュバス固有の能力を持つので、(ハーフサキュバスではなく)ハーフインキュバスである。


 前例がなくとも、学説上はあり得ないとされていても、私はハーフインキュバスなのだ。





 昨日はアンリエットにひどい目に遭わされた。


 他人の家に押し掛け、その子供に乱暴をするなど、騎士が聞いて呆れる。


 母親に____”剣聖”クロバに、割ときつめの注意を受けたのだ。しばらくはアンリエットも私に接触することはないだろう。


 と、思っていたのだが……。


「おはよう、シロメ。ちょっと、時間いいかしら?」


 日の出前の早朝の通学路、日傘を差して学校へと向かう私の前にアンリエットが立ちはだかる。


 私は渋い顔をして、


「何の用事ですか? 私、これから、学校なんですけど」


「職務質問よ。貴方、いいからこっちに来なさい」


 そう言って、アンリエットは私の腕を掴んで強引に道端へと引きずり込む。私はされるがままだった。


 ……昨日の今日でこれとは。


 恐れ知らずと言うか、面の皮が厚いと言うか。


 私は憮然とした様子でアンリエットと向き合った。


「まどろっこしいのは嫌いだから単刀直入に言うわね」


 アンリエットはそう前置きをして、


「貴方、魔族なんでしょう?」


 そう尋ねて来るアンリエット。


 私は首を横に振り、


「……魔族? 違いますけど」


 動揺せずに告げることが出来たのは、昨日の事があったおかげだ。昨日の時点で、アンリエットがその手の疑心を私に抱いているのは分かっていた。


 アンリエットは私の日傘を指差して、


「貴方、日光を浴びると体調を悪くするらしいわね。それって、貴方が魔族だからなんでしょう?」


「そう勘違いされるのも理解出来ますが、違います。私は身体が弱いだけです。魔族なんかじゃありません」


 私が反論するとアンリエットは「ふーん」といやらしい笑みを浮かべ、懐から一枚の羊皮紙を取り出して私に突き付けた。


「……!」


 途端、私は鋭い頭痛に襲われ、頭を押さえ____かけて、それをぐっとこらえる。


 羊皮紙には太陽の絵が描かれていた。


「あら、随分と苦しそうな顔をするわね」


 私は太陽の絵からアンリエットのいやらしい笑みに視線を移す。


「魔族の弱点は日光だけじゃない。太陽のシンボルもその弱点の一つ。なんの変哲もない太陽の絵を見るだけで、魔族は苦痛を覚える。今の貴方の様に」


 魔族は太陽に弱い。


 日光が害となるのはよく知られている事だが、それ以外にも太陽のシンボルを見るだけで苦痛を覚えるのだ。


 私もその例に漏れず、太陽の絵を見ると、頭痛に襲われる。


 だが、この弱点に関しては、対応策があった。


 私は再び太陽の絵を直視し____自身に”催眠術”の能力を使用する。


 目の前のこの絵は太陽ではない。


 そう念じた途端、私から一切の苦痛が去っていった。


 魔族は太陽のシンボルを弱点とするが、その効果は視認したシンボルを太陽であると認識しない限り発動しない。


 私が“目の前の絵は太陽ではない”と思い込む事で、弱点は克服出来るのだ。


「魔族は太陽のシンボルを弱点とする。確かにそうですね。でも、私は魔族ではないので、この通り全然なんともありませんが」


 羊皮紙に描かれた絵を見つめながら、私は堂々と告げる。


 アンリエットがうめき声を発したのを耳にした。


「……貴方、今、何かしたわね。何かは知らないけど、何かしらの能力で太陽のシンボルを克服した」


 私が平然と羊皮紙と向き合っている様子にアンリエットは不満気な声を漏らす。


「クロバはね、仕事終わりにはいつも、”剣聖”の証である太陽のペンダントを布でぐるぐる巻きにして懐にしまっていたの。騎士って言うのは普通、与えられた勲章については肌身離さず身につけておくものなのよ。ペンダントだったら、例え入浴中でも首から下げておけるでしょ。それなのに、仕事が終わったら、クロバは人の目に付かないように太陽のペンダントを隠している。それは、シロメ、貴方が魔族だから。クロバは太陽のペンダントが貴方に苦痛を与えないように配慮をしている。違うかしら?」


 長々とアンリエットは説明するが、私はそれを否定するようにじっと羊皮紙の絵を直視し続ける。


「誤魔化せないわよ、シロメ。貴方が最初に見せた苦し気な表情は、貴方が魔族であると言う証拠よ」


 アンリエットはイライラとしているようだ。


「答えなさい。貴方の正体は何なの。オーガやハーフオーガだったら頭部か額に角がある筈。ヴァンパイアかハーフヴァンパイアの線を初めに疑ったんだけど、貴方、銀貨に触れても何の反応も示さなかったわよね」


 そう言えば、少し前に、お小遣いと言ってアンリエットが私に大量の銀貨を手渡した事があった。


 アンリエットが私にお小遣いなど、どう言う風の吹き回しなのかとその時は思ったが、それには私がヴァンパイアかどうか確かめる意図があったのだろう。


「ヴァンパイアでもないとすれば、あと考えられるのはサキュバス。だけど、貴方には“サキュバス祓い”が効かなかった」


 やはり、昨日の液体の正体は”サキュバス祓い”だったようだ。


「貴方の容姿はどう見てもヒト族のそれ。だから、ゴブリンやオークみたいな魔族の子供ではない筈なのよ」


 魔族の中にも様々な種族が存在しているが、ヒト族と類似した容姿を持つのは、サキュバス、ヴァンパイア、オーガとその変異種族のみである。


 しばらく、刺す様な視線をアンリエットから向けられ続けていた私だが、


「その辺にしておいて上げたら、お姉様」


 横から、女性の声が割り込んで来た。


 視線を声の方に向けると、そこには白地に青いラインの入った騎士の制服を着込んだ女性が立っていた。


 青いラインの制服、それは聖月騎士団の制服だった。


 赤いラインの入った制服を着ている母親やアンリエットが所属している聖日騎士団とはまた別の騎士団の者だ。


「あら、イライザじゃない。お寝坊さんの貴方がこんな早い時間に起きているなんて。いつもは朝の点呼ギリギリまで寝ているのに」


 幾分か落ち着いた様子でアンリエットはイライザと呼ばれた騎士に向き直る。


 アンリエットの事を”お姉様”と呼んでいたので、恐らく二人は姉妹なのだろう。


 イライザはアンリエットに微笑み、それから私のことを興味深そうに観察し始める。


「この娘がシロメちゃんかしら。へえー、可愛い顔―。私好みの女の子ね。何処となくクロバさんの面影があるわ」


 イライザの手が私の頬に触れる。その瞬間、私は何か本能的な危機感を覚え、思わず身を引いてしまった。


 ……よく分からないけど、この女、ヤバい。


 イライザは私の示した拒絶を気にするようでもなく、


「お姉様がこの娘にご執心なのも理解出来るわ。私、出来る事ならこの娘をペットハーレムに加えたいぐらいよ」


 ……ペットハーレムとは?


「ご執心? ふん、憎たらしいクロバの子供よ。顔を見るだけでイライラとするわ」


「嫌よ嫌よも好きのうちよ、お姉様」


 何やら意味深な言葉を口にするイライザはアンリエットの腕にしがみ付いて、


「でも駄目よ。昨日、クロバさんに口酸っぱく注意されたばかりなんでしょ。早まらないの、お姉様」


「……むー」


 イライザにたしなめられ、アンリエットは気勢をそがれた様子だ。


 今の遣り取りで、二人がどんな姉妹関係にあるのか大方察しが付くと言うもの。


 イライザはアンリエットの腕を引っ張りながら、私の方に妖しい視線を向けている。


「ふふ、本当に綺麗な娘ね」


 うっとりとしたイライザの視線に寒気を覚える。


 身構える私だが、その後、アンリエットとイライザは何も言わずに目の前から立ち去って行った。


 私は大きな溜息を吐き、


「……はあー……しつこいな、あの人……」


 一応乗り切ったが、アンリエットはまだ私の事を魔族であると思っている。


 なので、油断は出来ない。


 今後また、何かしらの行動を起こされる筈だ。


「お母さんには報告だけしとこ」


 今私に出来る事と言えば、母親に先程の遣り取りを報告する事だけだ。


 母親に頼りきりで、力の無い自分が情けない。

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