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第28話「生きるべきか、死ぬべきか」

「それを証明するためにも、シロメ、貴方はここで自害しなさい」


 ザビーネの言葉。


 我が耳を疑った私は思わず固まり、ダガーを地面に落としてしまう。


 ……ザビーネは今、何と言った?


「……自害、ですか?」


「ええ、ここで自害し、貴方は証明するのです____己がヒト族である事を」


 何を言っているんだ?


 どう言う理屈だ、それは。


 自ら命を絶って、ヒト族である事を証明しろとは。


「その母親の形見で、己の首を切るのです、シロメ。貴方がヒト族である事を証明すれば、クロバを陥れた者達に裁きを下す事が出来るでしょう。それで、クロバの無念も晴れます」


「え……は……ちょっ……ど、どう言う事ですか!? 全く、貴方の話が理解出来ません! 何故、自害する事でヒト族である事の証明になるのですか!?」


 私の理解が足りていないだけなのだろうか。


 ザビーネの表情も声も、真剣そのもので、私をからかっている風には見えない。


「ヒト族として在ること。それは、ヒト族の平和に貢献することです」


 ザビーネは私を指差し、


「世界の平和のため、淫魔は根絶しなければなりません。特に、インキュバス。この最強最悪の魔族の抹消はヒト族にとっての最優先事項です」


 私はおぼろげながらザビーネの話を理解し、


「私が死ぬことが、ヒト族にとっての平和であると……そう言いたいのですか」


 震える声で投げ掛けた私の言葉をザビーネは、


「ええ、その通りです」


 残酷に肯定する。


 ザビーネの理屈はこうだ。


 私が自害すると言う事は、一匹の淫魔の存在をこの世から消すと言う事であり、それは世界の平和への貢献となる。


 その貢献を以て、私はヒト族として認められる。


 自害がヒト族である事の証明となるとはそう言う事だろう。


「貴方はヒト族です。さあ、潔く自害なさい。私がそれを見届け____」


「ふざけるな!」


 怒りのままに叫ぶ私。


 そんな私を見つめるザビーネは、一点の曇りもない表情を浮かべている。


 それは、己の言葉が、己の考えが、何一つ間違っていないと確信している者の顔。


 ザビーネは私の死を正しいものであると、強く確信しているのだ。


「私は……私はヒト族の敵じゃない! 私はヒト族を決して傷付けない! どうして分かってくれないのですか!?」


 必死になって伝える私にザビーネは小さく唸ってから、


「どうやら、いまいち理解して貰えていないようですね。私は貴方自身の話をしている訳ではないのです」


「……?」


「貴方が持つ淫魔の遺伝子の話をしているのです」


 再び、ザビーネは説明するような口調になる。


「仮に貴方がヒト族の味方として生きるとします。しかし、貴方の子孫はどうですか。貴方の血を受け継ぐ者達が、淫魔の遺伝子を持つ者達が、ヒト族の敵とならない保証は?」


「……それは」


「貴方が強い意志を持って、ヒト族として在る事を選択したとしても、その子孫が貴方と同じ道を選択するとは限らない。いや、むしろ、敵対する可能性の方が高いと思います」


 ザビーネは追い詰めるような視線を私に与える。


「私は貴方達とは見ているもの、見えているものが違うのですよ。個人ではなく、種という規模の話を私はしているのです。淫魔の血はこの世から根絶しなければなりません____それは、貴方の中にあるそれ(、、)も含めて」


 私は反論の言葉を考えたが____


「……私が子供を作らなければ良いだけの話です」


「それを信じろと? 色欲の化身たるインキュバスが子供を作らない? この先、ずっと?」


 到底、ザビーネを納得させられるものではなかった。


 私が何も言い返せずにじっとザビーネを見つめていると、


「辛いのは分かります。ですが、どうかお願いします。我が友クロバの名誉の回復のため。彼女に塗りたくられた汚名を拭うため____その手で、淫魔の血を絶って下さい」


 ザビーネが突然膝をついて、私に頭を下げた。


「貴方が自害する事で、クロバの魂は救われるのです」


「……私が自害する事で?」


 頷くザビーネの顔には、一切の悪意がなかった。


 曇りのない、純粋で真っ直ぐなザビーネの表情。


 それが……私に絶望を与えた。


 だって、それは____


「私は……生きるべき存在ではない……そうなのですか?」


 私の問い掛けにザビーネは重々しく頷いた。


「貴方が生まれてきたことは間違いでした。その間違いを自らの手で正すのです」


「……」


 私の視線が地面に落ちたダガーへと向く。


 おもむろにダガーを拾い上げる私。


 その刃の冷たい光が、自害を勧めているような気がした。


 ダガーを握る私の手が震え出し、呼吸が荒くなるのを感じる。


 ぎゅっと目を瞑り、私は整理の付かない自身の感情と格闘した。


「クロバの死の責任は貴方にもあるのですよ」


「……!」


 突然、今度は強く責めるような口調でザビーネは言い放つ。


「貴方が生まれて来なければ、クロバが死ぬことはなかった。それは事実です」


「……そ、それは……」


 ____それは、確かにその通りだ。


 母親を殺したのはアンリエット。


 アンリエットは母親を陥れようとしていた。


 その意思に私の存在自体は関係ないが……。


 しかし、アンリエットに母親を殺す隙を与えてしまったのは私だ。


「目を背けないで下さい。貴方が生まれたせいで、クロバは殺されたのです」


 再び、責めるようにザビーネは言い放つ。


 ……そうだ。


 決して誤魔化すことは出来ない。


 私の所為で、私が生まれた所為で、母親は死んだのだ。


「責任を取りなさい、シロメ。過ちについて責任を取るのがヒト族であり、責任を放棄し、手前勝手に生きるのは魔族の所業です。貴方がヒト族であるのならば____それ(、、)が出来る筈です」


 気が付けば、私は自身の首にダガーの刃をあてがっていた。


 ザビーネの言う通りだ。


 私は母親の死について責任を取るべきだろう。


 母親が死んで、その死の原因となった私がのうのうと生きているなど、あってはならない。


 ザビーネは言った____私が自害し、ヒト族である事を証明すれば、母親の名誉の回復になると。


 そして、母親を陥れた者達に裁きを下すことが出来ると。


 ならば、私が取るべき行動は____


「ふざけんじゃねえぞ、クソババア!」


 ロッドの叫び声に、はっとなる私。


「小難しい理屈ばっか並べやがって! テメエごときにシロメの命の価値を決める権利はねえよ!」


 いばらの拘束を受けながら、ロッドが必死に叫んでいた。


「シロメ、お前もクソ真面目にババアの話なんか聞いてんじゃねえよ! いいから、その首元からダガーを離せ!」


 訴えかけるように、ロッドは私を叱責する。


 私は涙ぐみながら、


「……でも……ロッド……私のせいで……お母さんは____」


「うるせえッ! じゃあ聞くが、クロバさんはそれ(、、)を望んでいるのか? 責任だが何だが知らねえが、お前が死ぬことを」


 ロッドは燃えるような目で私を見つめて、


「何のためにクロバさんは苦痛に耐えたんだ! お前を守るためだろうが! お前の命を! お前自身がそれを投げ出してどうするんだよ! シロメ、お前の母親の望みは何だ? 言ってみろ!」


「……お母さんの望み」


 私の脳内で、最後の母親の言葉が蘇る。


 私の可愛いシロメ____ただ、生きて……!


 ボロボロになりながらも、ただ一言、それだけを言うために、母親は全ての力を振り絞った。


 ただ、それだけを伝えるために。


「死んじゃ駄目よ、シロメ! そんな事したら、私大泣きするわよ!」


「……メリエ」


「絶対、駄目なんだから! 駄目駄目駄目駄目____」


 それまでずっと黙っていたメリエが、突然、騒ぎ始める。


 あまりにもうるさく甲高いメリエの大声に、ザビーネは耳を押さえていた。


 メリエが大きく取り乱してくれたおかげで、その分、私の頭は冷える。


 私は深呼吸をして、ダガーを首から離した。


「……お母さんは、私に生きて欲しいと、そう言いました」


 ザビーネをしっかりと見据え、私は告げる。


「なので、私は死にません」


 私の出した答えに、ザビーネは眉根を寄せた。


「……愚かな。貴方の選択肢は2つ。ヒト族として自害するか、魔族として私に殺されるか」


 ザビーネが殺気立つのが分かる。


 私は怯むことなく、


「いいえ、私はヒト族として生きます。それが、お母さんの願いなので」


 ザビーネは溜息を吐き、杖を振り、呪文の詠唱を始める。


「……やはり、面影がありますね、クロバの」


 悲し気に呟くザビーネの遥か頭上に光の玉が出現する。


 大地が震え、森の地面が抉れたかと思うと、一帯の土塊(つちくれ)と枯れ枝が光の玉へと集結し、やがて巨大な人の形を生み出した。


「およそ1000年前、当時リリウミアの敵国であったパンジア王国の首都を一晩で壊滅させ、私の二つ名ともなったフォレストタイタンです」


 重厚な音を立て、空中で生み出された土塊の巨人が地面に降り立つ。


「フォレストタイタンよ、目前の半魔を滅しなさい」


 声高にザビーネは命令する。


 それに応じるように、フォレストタイタンが淡い光に包まれた。


 フォレストタイタン____その大きさ、リリウミアのどの建造物よりも巨大だった。


 巨人の威容に呆然とする私に、


「では、私はこれにて」


 と、ザビーネが背中を見せる。


「クロバの子供が殺される光景など、見るに堪えませんからね」


 ザビーネはさらに意味深に、


「あるいは世界が貴方の生存を許すのか、試すことにしましょう」


 それだけ言い残し、ザビーネは関所の方へと消えていった。


「……あのクソババア、好き放題言うだけ言って、バックレやがって」


 ロッドは憎々し気に呟くと、


「オラあッ!!」


 【怪力】のスキルを発動させ、いばらの拘束を破る。


「ロッド、こっちのいばらもどうにかしなさいよ!」


「うるせえな! それが人にものを頼む態度かよ!」


 (わめ)くメリエの元に不満を漏らしながらもロッドは駆けて行く。


 メリエの拘束も解け、私の元に2人が集まり____


「何馬鹿な事考えてんだ、シロメ!」


「そうよ、自害なんて許さないんだから!」


「いたっ」


 ロッドとメリエ、二人に頭を叩かれた。


 私は叩かれた頭をさすりながら、


「……ごめん」


 と、謝罪する。


 二人は安堵の表情を浮かべていたが、それも束の間____


「おい、来るぞ!」


 ロッドが叫ぶのと同時に、フォレストタイタンの巨大な拳が空から迫って来た。


「掴まってろ、お前ら!」


「うわっ!?」「ちょっと!?」


 【怪力】のスキルを発動させ、赤い光を纏ったロッドが、私とメリエを抱えて地面を蹴る。


 フォレストタイタンの拳が地面にクレーターを作った。


 危機一髪、一撃を逃れた私は冷や汗をかき、


「……凄いパワー」


 フォレストタイタンの破壊の跡に戦々恐々とした。


 あれを食らえば、一瞬であの世行きだろう。


「このまま逃げるぞ! さすがにあんなのは相手に出来ねえ!」


 フォレストタイタンの拳を逃れた勢いのまま、ロッドが私とメリエを抱えて森を駆けて行く。


「え、逃げるの、ロッド? リリウミアの脱出はどうするのよ!?」


「今は退くんだよ、馬鹿メリエ!」


 それが賢明な判断だろう。


 関所にはザビーネが控えているだろうし、今のままでは突破は難しいと思われる。


 フォレストタイタンが私達を追って来たが、【怪力】を発動させたロッドの方が足は速い。


 追い付かれることはないと思われたが____


「うわっ!?」


 突然、視界に光の壁が現れ、ロッドの進路を阻んだ。


「……なんだ、こりゃ」


 立ち止まるロッド。


 ロッドから解放された私は、光の壁に触れ、


「ここ、通れないみたいだね。他の場所は____」


 周囲を見回すと、光の壁は森全体を包囲しているようで……つまりは、私達は光の壁に閉じ込められている状態だった。


「離れてろ、二人とも! 俺がぶっ壊してやる!」


 ロッドが意気込み、光の壁に拳を叩き込む。


 光の破片が飛び散り、壁には穴が開いたが____直ぐにまた閉じてしまう。


「クソッ!」


 何度も何度も光の壁を破壊するロッドだが、その度に壁は再生した。


 どうやら、ロッドではどうにも出来ないようだ。


 メリエもロッドにならって剣で光の壁を破壊していたが、結果は同じ。


「……【魔法干渉】でどうにか出来ないかな」


 光の壁に両手で触れ、意識を集中させる私。


 光の壁は魔法によって生み出されているものだ。


 であれば、【魔法干渉】のスキルが有効に思えるが____


「……駄目だ」


 【魔法干渉】のスキルにより、僅かに光の壁にひずみを生じさせることは出来たが、焼け石に水のような状態だった。


 光の壁に注がれている魔力の量が尋常ではない。


 これでは、やはりどうにも……。


 そんな折____


「おい! あのデカブツ、もう来やがるぞ!」


 地響きが近付いて来る。


 まるで恐怖そのものがにじり寄って来ているようだ。


 フォレストタイタンがすぐそこまで迫っていた。

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