第22話「これからの事」
「さて、これからの事を話すか、シロメ」
薄暗い仮眠室。
私と向き合ったロッドがそう切り出す。
「俺達の目標。それは、まず、このリリウミアから抜け出す事。そして、デントデリオンに向かう事だ」
「……デントデリオン?」
ロッドがその単語を口にする。
恐らくは国の名前だ。
「ここからずっと東にある国だ。実はな、前々から考えてたんだ。13歳になってダンジョンに追放される前に、デントデリオンに亡命しようって」
亡命……そんな事を考えていたのか。
「どんな国なの? その、デントデリオンって」
「一言で言えば、冒険者のための国。そして____半魔にも市民権を与えている国だ」
ロッドの言葉に目を見開く私。
半魔にも市民権を与えている国があるのか。
半魔をヒト族の仲間として認めている国が。
「それ、本当なの?」
「いや、まあ……実際には、ハーフオーガとハーフヴァンパイアにも市民権を与えてるって話で……それ以外の半魔については決まりがない状態みたいだ」
ロッドは少しだけ歯切れが悪くなって、
「でも、あれだろ、法整備って言うのか? それが追い付いていないだけで、実際問題、半魔でも国民として認めるってスタンスには変わりねえんだから、ハーフインキュバスにも市民権は与えられる筈だ」
私は少しだけ驚いていた。
ロッドが色々と事前調査をしていた事に。
彼はあまり調べ事をするようなタイプの人物ではなかった筈だ。
それ程までにロッドは今回の事に真剣なのだ。
「シロメ、俺達はデントデリオンで冒険者になるんだ」
拳を固めて、ロッドが力強く宣言する。
「ダンジョンに追放されて、そんで、暗い地下の世界に閉じ込められて生きるなんてごめんだ。一緒に自由の身になって、思い思い生きようぜ」
強い眼差しで訴えかけてくるロッドに、私は頷く。
きっと、一筋縄ではいかない事が持ち受けていることだろう。
この先、多くの困難と試練を乗り切らなければならない。
だが____
「ロッドが一緒なら、きっと大丈夫」
根拠はないが、私はそう思った。
ロッドは不敵な笑みを浮かべて、
「おうよ! 俺達で名を上げてやろうぜ! デントデリオンからリリウミアに響くぐらい大きな名をな!」
「……うん!」
そう考えると、次第に今の状況が楽しくなって来た。
絶望的なこの状況が。
まるで、暗闇に一筋の光が差し込んだみたいに。
「よし、今後の事も決めた訳だし、今日はもう寝ようぜ」
ロッドはそう言って、ベッドの一つに身を投げた。
「あ、そうだ、窓からの日光を遮らねえとな。シロメ、そこら辺の布で、窓ガラス覆ってから寝ろよ」
ロッドの指摘に私は頷く。
今はまだ暗くて平気だが、朝が来れば、窓から日光が差し込んでくる。
対策しておかなければ、寝ている間にその洗礼を受けることになるだろう。
私はどうにかして窓ガラスを布で覆い、それからベッドに寝転んだ。
就寝の時間が訪れる。
明日からのために、しっかりと休息を取っておかなければならない。
また、大立ち回りを演じる事もあるだろう。
暗い天井を見つめ、それから目を瞑ると____今日一日の記憶が一気に脳内を駆け巡った。
これまでの記憶。
そう……ずっと、心の隅に押し退けていた、記憶が。
母親の死の光景が。
無惨に、容赦なく、散らされた母親の命。
……母親は何故、死ななければならなかったのか。
傷付き、尊厳を踏みにじられ、奪われた高潔な命。
理不尽だ。
あんなことが許されて良いのか。
母親の最期の姿を思い出し……次第に私は啜り泣きを始めた。
私さえ、いなければ、母親は……。
私さえ生まれて来なければ。
「シロメ」
ふと、ロッドが私の名前を呼ぶ。
私は思わず息を殺し、口元を両手で覆った。
啜り泣き……ロッドに聞かれただろうか?
「クロバさんが死んだのは、お前の所為じゃねえよ」
そう告げるロッド。
もしや、知らずの内に、心の声を口に出していたか。
「お前の母親は人の悪意によって、その命を落とした」
ロッドの声には怒りが込められていた。
「お前の母親を恨み、陥れ、殺した奴が居た____ただ、それだけの事だ」
「……でも」
私は、それでも、思わずにはいられない。
「私さえいなければ、お母さんはあんな死に方しなかった」
悔しくて泣き出しそうになるのを堪える。
「お母さんは”剣聖”だった。それが、あんな……誇りも尊厳もない終わり方をするなんて」
私を人質に取られ、手も足も出ず、なぶり殺しにされた母親。
あんな死はあってはならない。
「……あんな、屈辱的な死」
死を迎えるにしても、あれ程、最低なものはない。
仲間に囲まれた温かい最期でも、誇り高く戦った末の華々しい戦死でもない。
ただただ、恥辱に満ちた終わりだった。
「クロバさんは無念の死を迎えた。だけど……それは誇りの無い死じゃなかった筈だ」
ロッドは訴えかけるように、
「一瞬だけだったけど、俺はクロバさんの最期の姿を見た。ボロボロに傷付いてて____だけど、アレは確かに”剣聖”の姿だった。クロバさんは”剣聖”として誇りある最期を迎えたんだ」
「……誇りある?」
「たった一つ、大切な命を、お前を、必死で守り抜いたんだ。どんなに傷付いても、苦しみを与えられても、なぶりものにされても、己の意志を貫いた。アレ以上に誇り高いものはない」
ロッドは力強く、
「生きろ、シロメ。ただ、生きるんだ」
それは母親の最期の言葉だった。
「“剣聖”が命をかけて守ったお前の命だ。お前の存在が、クロバさんの誇りの証明だ。だから、胸を張って生きろ」
____誇りある最期だった。
ロッドは母親の最期の姿を見て、そう思ったのだと言う。
「……誇りある最期」
母親は、もうこの世にはいない。
その事実が覆ることは無い。
だが、ロッドが言う様に、母親が”剣聖”らしく誇りの中で死を迎えたと言うのなら____それは、ほんのわずかだが、私の救いになった。
私は目元を擦り、
「……ありがとう、ロッド」
私はロッドにお礼を告げる。
彼の言葉のおかげで、私は思い出す事が出来た。
母親が私に伝えた事。
母親の命をかけた願い。
____ただ、生きて欲しい。
母親は確かに誇り高く戦い、私という命を守り抜いた。
それは、剣を振る事よりも過酷で、それ故に尊敬すべき戦いだった。
だから、私もその誇りを受け継いで戦わなければ。
絶対に、生き残ってやる。
そう心に決めた。




