第17話「夜の逃亡」
「よし、取り敢えず、今夜は安全な場所に身を隠すとするか」
両手を打ち合わせ、ロッドが告げる。
「色々と……その、なんだ……クロバさんの事とか、まだ心の整理が付いてないと思うけど……今は、そう言う事全部ぶん投げて、兎に角、生き残るんだ。大丈夫か、シロメ?」
「……うん……そう、だよね」
気遣う様な視線を向けて来たロッドだが……敢えてだろう、いつもの快活な、何も考えていないような笑みを浮かべた。
私にとってもそれが楽だった。
「じゃあ、行くぜ。俺の秘密基地に」
「……秘密基地?」
秘密基地とは何だろう?
「ここからちょっと移動した場所に廃工場があるんだ。誰も使ってないし、誰も寄り付かない建物だ。俺はそこを自分の秘密基地にしているんだ」
「……そうなんだ」
「本当に俺だけの場所だ。シロメにもメリエにも秘密にしてた。まあ、男のロマンって奴だ。お前も付いてんなら分かんだろ? このロマンが」
……むむ。
「そういうデリカシーの無い言い方、私嫌いだな」
「え? あ、ああ……悪い。マジですまん」
「冗談だよ。デリカシーがあったらロッドじゃないでしょ?」
「へ? お、お前なあ……まあ、いいや」
面食らった表情を私に見せるロッド。
おかげで、少しだけ元気が出て来た。
「じゃあ、行くとするか」
私が頷くのを確認すると、ロッドが先行する。
路地裏を抜けて表通りに。
すると____
「……!? げえ、やばっ……おい、シロメ、隠れろ!」
「え? ええ?」
ロッドは慌てて私の手を引いて物陰に隠れる。
「……騎士だ」
ロッドが指差す先、ランタンを手にした騎士がこちらに歩いて来た。
息を潜める私達。
騎士の足音が近付き____そして、遠ざかっていく。
「ふう、行ったみたいだな」
安堵の吐息を漏らすロッド。
「パトロール中の騎士だな。俺達を追っている訳じゃなさそうだ」
「じゃあ、見つかっても問題なかったかな? 下手にこそこそしない方が良かったり」
「いや、これから行方をくらまさないといけねえんだから、あんまり人目に付きたくない。それに、その格好」
ロッドが私を指差す。
「その囚人服、絶対に呼び止められるぜ」
ロッドの指摘はもっともだ。
今、私は囚人服を身につけている。
脱獄囚ですと言っているようなものだ。
事情を知らないパトロール中の騎士にも確実に拘束される。
「……ロッド、服の着替えとか持ってる?」
「さすがに持ってねえなあ」
「だよね」
ならば、騎士に見つからないようにするしかないようだ。
再び、移動を開始する私達。
周囲に注意しながら進む中、ふと、夜空が明るくなった。
「……わ!?」「……何だ!?」
驚いて、上空を見上げる私達。
この異様な明るさの原因を知る。
至る所から夜空に向けて照明弾が放たれていた。
その所為で、街中は昼間の様に明るくなっている。
「そこの二人、止まりなさい」
そして、建物の屋根に複数の人影が。
聖星騎士団の騎士達だ。
私達を目に留め、静止を呼び掛けている。
「我々は脱獄囚とその協力者の捜索を行っています」
私達が動けずにいる中、屋根から騎士達が降りてくる。
「貴方達、何故このような深夜に外出を? それに、そちらの方。貴方、囚人服を身につけているようですが、身元を確認してもよろしいでしょうか?」
形式上の問い掛けだ。
騎士達は、既に私達が捜索のターゲットであると確信している。
その証拠に、彼女達は剣の柄に手を掛けていた。
「どうしよう、ロッド」
ロッドに耳打ちをする。
ロッドは渋い顔をしていた。
「逃げるしかねえが……さっき、思いっ切り【怪力】のスキル使っちまったから、もうほとんど力が残ってねえ」
ロッドは私に目配せをして、
「お前を負ぶって走るのは無理だな。走れるか、シロメ」
「……大丈夫」
「よし、じゃあ行くぞ!」
ロッドが私の背中を叩く。
それが合図となった。
私達は一斉に地を蹴り、走り出す。
「……!? 拘束しろ!」
出し抜かれたような顔をして、リーダー格らしき騎士が叫ぶ。
騎士達が私達を捕えにかかった。
「邪魔だ!」
進路を塞ごうとした騎士をロッドが体当たりで押し退ける。
私も行く手を阻む騎士に体当たりをして、前に進もうとするが、
「じっとしなさい!」
「!?」
目の前の騎士を押し退けた所で、横から別の騎士にタックルを食らい、そのまま地面に押し倒される。
「確保! 確保!」
怒号を発する騎士達。
地面に押し倒された私に、さらに二人の騎士が殺到する。
「……くっ! は、離せ!」
3人の騎士達に身動きを封じられた私は、その拘束を振り解こうと必死にもがく。
しかし、こちらが1人なのに対し、あちらは3人。
力の差は歴然で、私に為す術はなかった。
「いいから、大人しくしなさい!」
「……うぐっ」
それでももがき続ける私を気絶させるべく、騎士の一人がスリーパーホールドをかけようとする。
喉元に回される腕。
その際に、騎士の頬が私の頬に強く押し付けられ、その髪が私の鼻腔を覆い隠した。
激しく息を吸い込むと、騎士の肌、髪、そして、汗のにおいが流れ込んでくる。
「____!」
騎士の____若い女性の、強烈なにおい。
その刺激に、私の中で何かが目覚める感覚があった。
身体中の血潮が沸き立つ。
その昂ぶりが、私の本能に訴えかけた。
____お前はインキュバスなのだ、と。
「……いたっ!」
私がその腕に噛みつき、騎士が声を上げる。
口の中に広がる、女性の肌の味。
突き刺す様な刺激が脳を襲う。
そして、私の唇と騎士の腕の接触部が光を放った。
その瞬間、私は本能で確信する。
本能が教えてくれる。
インキュバスの本能が。
____吸える。




