第16話「ロッドの覚悟」
「ふー、何とか、振り切ったか」
私とロッドの姿は路地裏にあった。
かろうじて空の月が見える、狭い通路だ。
「あんなに派手に【爆炎】のスキルを使ったのは、これが初めてだ。ちょっと気持ち良かったぜ」
木箱の上に腰掛け、ロッドが笑う。
「つーか、シロメ、お前、無茶苦茶軽いな。体重いくつだよ……って、こんなこと聞くと、メリエの奴にどやされるか。女子に体重の話を振るなって」
いつもと変わらない、明るいロッドの口調。
私は顔を伏せ____
「……私……女子じゃ、ないんだけどね」
「ん? アハハ、そうらしいな。じゃあ、聞いても問題ねえのか。いやあ、びっくりしたぜ。シロメ、お前、男なんだよな」
やはり、いつもと変わらないロッドの口調。
「やっぱ、報道は本当なんだな。お前、インキュバスなんだって」
「……うん」
私は小さく頷き、
「私、ハーフインキュバス、なんだ」
震える声で、私はそう告げる。
ロッドは私をじっと見つめて、
「身体は平気か?」
「え?」
「怪我とかないか? ああ、それと、牢屋に長い時間入れられてたんだろ? 体調不良とか起こしてないか?」
ロッドは私の事を気遣っているようだった。
「……うん、全然平気……私、身体は頑丈だから」
私の答えに、ロッドは「そりゃ良かった」と満足気に頷く。
やはり、いつもと、以前までと変わらない、ロッドの態度。
それが、私には耐え切れなくなり____
「……私は、魔族なんだよ!」
思わず叫んでしまう。
胸の内側が苦しくて仕方がない。
親友への罪悪感に押しつぶされそうだ。
「ロッドの目の前にいるのは、魔族なんだよ! 貴方の事を、騙して、それでずっと一緒にいた、魔族なんだ! 私が人間だってのは嘘だし! 女の子だってのは嘘だし! 病弱だってのは嘘だし! 何もかも、噓偽りで……!」
感情のままに伝える私に、ロッドは困ったような表情を浮かべ、
「……ま、まあ、落ち着けよ……あんま大声出さないでくれ。せっかく巻いたのに、見つかっちまうだろ」
ロッドの忠告に私は黙り込んでしまう。
ロッドは溜息を吐いて、
「辛かったんだな、シロメ」
ロッドは申し訳なさそうな口調で、
「俺、お前がインキュバスだって耳にした時、何つーか……すげえ情けない気持ちになったんだよな。お前さ、時々、苦し気な顔してた時があっただろ。その表情の理由が、今になってようやく理解出来てさ。俺とメリエに隠し事して、それで罪悪感に苦しんでたんだよな。それなのに、友達として何も出来なくて……悪かったな、シロメ。ずっと苦しい思いをさせちまって、本当に情けねえ」
ロッドは本心でそう口にしているようだった。
「……ロッド、怒ってないの? 私が騙してた事」
恐る恐る尋ねる私に、
「怒ってねえよ。だって、仕方がなかった事だろ? 言えねえだろ、自分がインキュバスだなんて。それがバレちまったから投獄させられた訳で」
私はロッドに迫り、
「私が怖くないの? 私、魔族だよ? ヒト族に悪さをする、邪悪な存在だよ?」
ロッドは首を横に振って、
「お前がどんな奴なのか、俺は知っている。お前は確かに魔族かも知れない。だが、悪い奴じゃない。お前が色々と俺達に嘘を吐いていたのは理解している。だけど、全部が嘘偽りじゃなかった筈だ。俺は確かに、”本物のシロメ”と同じ時間を過ごしていた。隠し事はあったかも知れねえが……俺は、”本物のシロメ”を知っている。お前は俺の親友だ」
断言するロッド。
私の事を信じているようだ。
その曇りないロッドの心が、私を苦しめた。
「ロッドは馬鹿だよ。インキュバスってどんな魔族なのか知ってる? 人の心を支配したり、洗脳したりする魔族なんだよ? ロッド、自分がいいように心を操られているとか考えないの?」
「ん、まあ、確かになあ」
「確かになあ、じゃなくて! ロッド、騎士団に思いっ切り危害加えてたし、もう立派なお尋ね者だよ?」
「知ってるよ。それは、覚悟の上だ」
「ロッド! これは悪戯とか、そんなレベルの話で済む様な____」
私がさらに何か言い掛けたところで、
「舐めんじゃねえよ、シロメ」
「いたっ」
ロッドにデコピンを食らった。
「こっちはとっくに覚悟を決めてんだよ。お前が捕まって、俺はずっとお前の事考えてた。何が本当で何が嘘で、俺はこれからどうするべきか。お前にどう向き合えば良いのか。悩んで、悩んで、悩んで、悩み抜いたすえに、俺はこの結論に達した」
ロッドが力強く私の肩を掴む。
「思い付きの行動じゃねえよ。馬鹿なりに一生懸命考えて出した答えだ。それを軽く見るんじゃねえよ、シロメ」
強く訴えかけてくるロッドに私は言葉を失う。
決して、軽はずみな行動ではない。
ロッドは、既に悩み、覚悟を決めていた。
牢獄の中でただ恐怖していただけの私よりも、ずっと真剣に私の事を考えてくれていたようだ。
だからこそ、ロッドは平然としているのだ。
迷いと闘い、既に決着を付けた後だから。
「よっしゃ! これで言いたい事は全部言えたな!」
ロッドはにかっと笑い、私に手を差し出す。
「俺達は変わらず親友だ。それで良いんだよな?」
差し出された手を私はじっと見つめる。
少しの躊躇があった。
私はロッドの親友たる資格があるのか?
このまま親友を続けて良いのか?
ロッドを巻き込むべきではない。
そう、思ってしまう。
だが____私は、恐る恐る、小刻みに震える手で、
「……うん」
私はロッドの握手を受け入れた。




