第14話「母親の最期」
母親の背中に突き刺された剣。
飛び散る鮮血。
「……がはっ」
それまで気絶状態にあった母親は、痛みに目を覚まし、口から血を吐いた。
まばたきを数回した後、母親が私を見つけ出し、
「……シ、ロメ……」
虚ろな目と、弱々しい手の平がこちらに向けられた。
「……がはっ……ごほっ……ごほっ……!」
喉元に溜まった血に咳き込み、再び吐血する母親。
「お母さん!」
私は涙声で叫んだ。
「……大丈夫よ、シロメ……お母さん、身体が丈夫だから……」
痛みに耐え、母親は優しい笑みを無理矢理私に向けていた。
そんな笑顔を踏みにじるように、
「ほら、もう一本ッ!」
「がはっ!?」
アンリエットが剣をもう一本、母親の背中に突き刺した。
「カーラ! もう3本くらい、剣を作って頂戴! 早く!」
アンリエットの言葉に応じ、その周囲に、地面に突き刺さった状態で剣が新たに3本出現した。
「ほら、3本目行くわよ!」
返り血を浴びながら、アンリエットが3本目となる剣を母親に突き刺す。
新たな剣を突き刺され、母親は苦し気なうめき声を発し____
「____このッ!」
「あら? シロメがどうなっても良いの?」
「……ッ」
立ち上がろうと己を奮い立たせる母親だが、アンリエットの言葉にすぐさま地面に崩れ落ちる。
「アハハ! それで良いのよ! 私に逆らったら、シロメを殺すから!」
愉快気な声を発し____アンリエットは4本目の剣を母親に突き刺す。
「があッ!」
「ざまあないわね、クロバ! シロメを人質に取られ、貴方は反撃出来ない! 私にいいようにされて、気分はどうかしら! ねえ、悔しい? 私に一方的にズタズタにされて悔しいかしら? 何とか言ってみなさいよ!」
アンリエットの感情のタガは完全に外れていた。
もはや、狂人のそれだ。
「……メ」
母親の流血の量は尋常ではない。
その口からは、か細い声が漏れるのみとなった。
「……シ……ロ……メ……!」
「あらあら、凄いわね! まだ生きてる! 貴方、本当に人間? 今の一刺しで心臓を潰したんだけど! アハハ! さすがね、クロバ!」
アンリエットは狂ったような歓喜の表情を浮かべ、5本目の剣を掴み____
「じゃあ、ここはどうかしら!」
無慈悲な刺突。
アンリエットは母親の首筋に剣を突き刺した。
母親の口から血潮と共に不格好な音が漏れる。
壊れた笛の音のような掠れた音だ。
「……お母さん!」
私は叫ぶ事しか出来ない。
「死なないで、お母さん!」
母親はまだ死んではいない。
その瞳が、虚ろではあるが、私を捉えていた。
そして、僅かだが、口元が動いている。
意識があるのだ。
まだ、死んでいない。
まだ、助かる余地はある。
「ほら、シロメが呼んでるわよ。答えて上げたらどうかしら?」
挑発する様に、嘲笑う様に、アンリエットが母親に語り掛ける。
私は____
「お母さんを助けて下さい!」
涙声で懇願した。
「お願いです! 私はどうなっても良いです! だから、お母さんだけは助けて下さい!」
何故、母親はこんな目に遭っているのだろうか。
何もかも____悪いのは、私ではないか。
私こそが全ての過ちの原因なのだ。
私さえ生まれて来なければ、母親は何一つ隠し事する事もなく、清廉潔白に生きていられた。
”剣聖”の名誉に浸りながら、幸せな人生をリリウミアで送れたはずなのだ。
それを____その未来を、私は壊した。
私が”剣聖”クロバの名を汚した。
その栄光を貶めた。
私は存在するべきではない。
私は生まれてくるべきではなかった。
「何もかも、私が悪いんです! お母さんは悪くありません! 認めます! 私は魔族です! そんな悪い魔族の私にお母さんは騙されていただけなんです! 私に操られていただけなんです! だから、どうか、お母さんだけは助けて下さい! お母さん____いえ、その人には何の罪もありません!」
罰を受けるのは私だけで良い。
この世に生まれた罰を受けるのは。
「その人を解放して上げて下さい!」
私の悲痛な願いは____
「アハハ! バーカ! 駄目に決まってるじゃない!」
高笑いと共に、アンリエットは母親の身体を蹴り上げる。
母親の身体は高く宙を舞い、そのまま地面に激突した。
「……そんな……!」
絶望に支配される私。
地面に落ちた母親は、そのまま動かなくなった。
アンリエットは肩をすくめ、
「あらら、力加減、間違えちゃったみたいね。……はあ……今ので、さすがにクロバも死んだわよね」
「もう、アンリエットお姉様」
カーラが非難するような口調で、
「駄目じゃないですか。あまりにも早く殺し過ぎですよ。もっと、急所以外を痛めつけてなぶりものにするとか、命乞いをさせるとか、色々と楽しみ方はあったでしょうに」
「いや、でも、相手は”剣聖”だし、さすがに、早い所、致命傷だけ与えておいた方が良かったでしょ」
「分かってないですね。”剣聖”だからこそ、ですよ。強者であるからこそ、じっくりと苦痛を与えて、その尊厳を奪っていきたいとは思いませんか?」
「もう十分拷問して楽しんだ後じゃない。なぶり殺して楽しむより、さっさと息の根を止めて、この胸の内の屈辱を晴らしたかったのよ」
言い合うアンリエットとカーラ。
私は地面に倒れ伏した母親を見遣る。
血塗れのその身体には、5本の剣が突き刺さっていた。
もう、助かる余地はないだろう。
先程の落下で、頭部を打ち付けていた。
あれで生きている訳がない。
「こんなのって……あんまりだ……!」
啜り泣きを始める私。
すると____
「……シ、ロ……メ……」
「……!」
喉をやられてまともに喋る事が出来ない、いや、それどころか、生きている事自体が不思議な状態にある母親が、私の名前を呼んだ。
「あら……本当にびっくり……まだ息があるわ」
母親が生きている事に気が付いたアンリエットが目を丸くする。
「いや、凄いわね……これ、おちょくってるとかじゃなくて、素直に感心したわ」
母親は私に手を伸ばし、
「……貴方が、生まれてきた事は……決して……間違いなんかじゃ、ない……!」
必死に訴えかける母親。
私は生まれるべきではなかった____その思惑に対する反論だ。
私の存在を肯定するように……それだけのために、母親は力を振り絞り、
「だから……生きて、シロメ……!」
「……お母さん!」
母親は笑顔を浮かべる。
いつも、私に向ける優しい笑みを。
私が大好きなその顔を。
「私の可愛いシロメ____ただ、生きて……!」
はっきりと、力強く、母親はそう告げた。
笑顔を浮かべ____その願いを。
「……」
「____お母さん!」
そして、それが全てだったと言わんばかりに____
それで、全てを伝えきったと言わんばかりに____
まるで、何一つ、悔いなどないと言わんばかりに____
母親は今度こそ、動かなくなった。
”剣聖”クロバは____私の最愛の母親は、死んだ。




