第13話「執念のアンリエット」
母親の【魔法カウンター】のスキルにより跳ね返された魔法攻撃。
その猛威により、騎士達はほぼ全壊状態になった。
立っている者は、アンリエットを含め、僅か数人。
騎士達を率いていたアンリエットは、頭を抱えて、地面に座り込んでしまう。
「……ああ……もう……何なのよ……」
アンリエットはぷるぷると震え、
「ほんと、使えない無能共ね! これだけの人数がいて、どうして人ひとり、碌に殺せないの!」
騎士達に喚き散らかすアンリエット。
「もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!! クロバァッ! この、アバズレのクソ女ァッ! 貴方はいつもそうよッ! なんで私の思い通りになってくれないのよッ! いつも私の邪魔ばかりしてェッ! 貴方さえいなければ、私は____」
母親に向き直ったアンリエットは、あらん限りの罵りの言葉を口にし出す。
初めの方は何を言っているのか聞き取る事が出来たが、途中から何を言っているのか分からない程口調が乱れ、そのあまりの不快で甲高い声音に私は両耳を塞いだ。
ひとしきり恨み言を吐き終えたアンリエットは、ぜえぜえと喘ぎながら、無言で母親を睨み出す。
母親は溜息を吐いて、
「はいはい、作戦行動中にヒステリーを起こさないの。そう言う所直した方が良いわよ」
「……何ですって!」
母親はアンリエットを指差し、
「ねえ、もう良いんじゃないの? これ以上戦っても、貴方にメリットはないわよ」
母親は言い聞かせるような口調になる。
「貴方、私から副団長の座を奪いたくて、今回の事企てたんでしょ? だったら、それはもう達成されてるわよ。私達、この国を出ることにしたの。もう戻って来ることはないわ。だから、貴方が戦う理由なんて、もう無いのよ。おめでとう、聖日騎士団副団長は明日から貴方になるから」
アンリエットに向けて、拍手をする母親。
「……馬鹿にして!」
激しい怒りの表情を浮かべ、アンリエットは立ち上がる。
「私はね、”英雄”マリーの娘、ダランベール家長女なのよ!」
前のめりになりながらアンリエットは告げる。
「そんな私が、どこの馬の骨とも知れない女に、副団長の座を奪われた____こんな屈辱、あってはならないわ!」
母親は、知らんがなと肩をすくめていた。
「受けた屈辱は倍にして返す! 例え、それで命を落とす事になっても! それが私よ! 貴方をここで殺す! そうじゃなきゃ、私の気は収まらない! ここで貴方を逃がせば、私は己の屈辱を拭い切れぬまま、一生を悶々と過ごす事になるわ!」
アンリエットが懐から何かを取り出した。
それは、フォークだった。食事の時に使う用の、ごくありふれたものだ。
……一体、フォークなど取り出してどうしたと言うのだろうか?
「____絶対に貴方を殺す! 絶対にッ!」
片腕をまくるアンリエット。
露わになる肩口の肌。
驚いたことに、アンリエットは取り出したフォークを、勢いよく自身の二の腕に突き刺した。
さらに____
「ぐうッ!! ぐがッ!! ぐぐ……ぐぐ……ぐぐ……んぐッ!! があッ!! あッ!! ああッ!!」
低いうめき声を発しながら、アンリエットは深々と突き刺したフォークを、二の腕から肘へと移動させる。
フォークの先端は、皮膚の内側に存在する肉を抉りながら、アンリエットの片腕に惨たらしい血の筋を作った。
苦悶の表情を浮かべるアンリエット。
私も思わず顔をしかめてしまった。
フォークで片腕を抉る____相当な痛みを伴う筈だ。
切れ味の良いナイフで傷をつけるのとは違い、筋肉をズタズタに引き裂いている訳だから。
「……はあ……はあ……はあ……ッ!」
肩で息をするアンリエットの頬に玉のような汗が浮かぶ。
フォークでの自傷行為。
何故、彼女はそのような苦行を敢行したのだろうか。
私が目を白黒させ、疑問に思っていると、
「もう、無能共はアテにしないわ……私自ら、クロバを殺す! 私の真の力で!」
アンリエットの身体が黒い光を放ち出す。
「____【自傷の加護】」
黒い光は、やがてアンリエットを包み込むどす黒いオーラと化した。
「自らを傷付けることにより、私は己の身体能力を飛躍的に向上させる事が出来る」
……ヤバい。
直感で理解出来る。
先程までのアンリエットとは明らかに違う。
アンリエットは、規格外の力を手にしていた。
……それは、”剣聖”クロバの力に、見劣りしない程の。
「このスキル、本当は使いたくはなかったんだけど……しょうがないわよね……部下達が無能なばかりに……はあ……全く……本当に、しょうがない……」
母親は異常な力を纏ったアンリエットに身構え、
「これは……舐めた真似は出来そうにないわね」
母親はアンリエットに脅威を感じていた。
それまでの、幾分か余裕が窺えた態度を改め、決死の戦いに挑む覚悟を抱いているようだった。
空気がひりつく____
私がごくりと生唾を飲み込んだと同時に、
「死ねえッ! クロバッ!」
二つの力がぶつかり合う。
同じタイミングで地を蹴り駆け出した母親とアンリエットが、それぞれの手にする武器を打ち合わせる。
「……ッ」
母親がうめいた。
母親が振るう鞘とアンリエットが振るうメイス。
二つが衝突し、鞘の方が破壊された。
「……なんの!」
身体をひねった母親がアンリエットの追撃をかわし、近くに落ちていたメイスを拾い上げる。
そして、再び、アンリエットとの打ち合いになり____
二つのメイスが粉々に砕け散った。
「クロバァッ!」
アンリエットが咆え、母親に殴り掛かる。
対する母親は放たれた拳に、自身のそれをかち合わせた。
拳と拳のぶつかり合いに、空気が震える。
二人の力は____拮抗していた。
「お母さんッ!」
たまらず叫ぶ私。
「負けないで、お母さん!」
私の声援を掻き消すように、母親とアンリエットの素手での格闘が始まり、夜は熱を帯び出す。
殴り、殴り返され____身体を激しくぶつけ合う二人。
その実力は互角だった。
ここにきて、本気の戦いが繰り広げられていた。
【剣の加護】がない状態の母親ではあるが、それでも”剣聖”相手に互角の戦いを繰り広げるアンリエットは、まさに”英雄”の娘に相応しい力の持ち主であると言える。
「やるわね、アンリエット! そんな力があるなら、最初から本気でかかって来なさいよ!」
「この化け物が! 【剣の加護】もなしに【自傷の加護】を得た私と張り合うかッ!」
決着は未だつきそうにない。
そこに力の均衡が生まれていた。
この戦い、どちらかが疲弊するまで続きそうだ。
____と、私は思っていたのだが。
「があッ!?」
突然、背中に衝撃を受け、地面に倒れる私。
「……え、な、何が……?」
周囲に人の姿はない。
しかし、確かに、誰かに背中を押されたような感覚はあった。
手の平の感触を背中に感じたのだ。
私は起き上がろうとするが、
「じっとしていて下さい」
冷徹な声と共に、誰かに背中を踏み付けられ、地面に釘付けにされる。
うめき声を上げながら、どうにか身体を捻って、背中を見遣る私。
声はした。
それに加え、背中には足で踏み付けられている感触がある。
しかし、そこには誰もいない。
「それ以上抵抗すると、殺しますよ」
その言葉と共に、私の背中を踏みつけ、剣の切っ先をこちらに向けるカーラの姿が現れた。
いや、現れたと言うのは正確な表現ではない。
見えるようになった、のだ。
「……な、なんで? どうやって……?」
私は冷たい刃の光に恐怖ですくみ上った。
「【透明化】のスキルです。姿を消して、貴方の背後に忍び寄りました」
種明かしをするカーラ。
一方____
「……!? ……シロメ!」
母親がこちらの異変に気が付く。
しかし、アンリエットの相手に手一杯で、すぐに注意を目前の戦いへと向けた。
そんな母親に、
「止まって下さい、クロバさん。じゃないと、シロメさんを殺しますよ」
「……!」
カーラが言い放つと、母親はアンリエットへと向けた拳をピタリと止め、
「がはッ!?」
アンリエットは硬直状態となった母親に容赦のない殴打を叩き込む。
頬に重い一撃を受け、母親が仰向けに倒れた。
「動くなと言っているでしょう!」
上体を起こそうとする母親にカーラの鋭い一言が飛ぶ。
母親の目がカーラに押さえつけられた状態の私を捉えた。
迷いの色が、母親の顔に浮かぶ。
その迷いに付け込むように、アンリエットは母親の側頭部に蹴りをお見舞いし、彼方へと吹き飛ばした。
母親の身体は地面を転がり、やがてうつ伏せの状態で動かなくなってしまう。
「……お母さん! そんな……!」
絶望の声を発する私は、思わず立ち上がって駆け出そうとするが、カーラに頭部を掴まれ、額を地面へと押し付けられる。
「抵抗したら殺すと言いましたよね? 私は優しいですから、今回まで許して上げます。次はありませんよ」
カーラが私の耳元で脅し文句を囁く。
「カーラ! 剣をこっちに寄越して!」
アンリエットが母親の背中を踏み付けながら、カーラに叫んでいた。
カーラが「分かりました」と頷くと、アンリエットの手元に光の粒子が現れ、やがてそれが剣となる。
カーラの【幻影の剣】のスキルだ。
アンリエットは手にした剣を天に掲げると____
「食らいなさい____クロバッ!!」
母親の名前を叫び、鬼気迫る形相で、その背中に剣を突き刺した。
母親の背中から、鮮血が飛び散る。




