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第31話「第三階層」

 アニェスの身体が赤く発光する。


 彼女の”絶死ノ境地”と呼ばれる捨て身の身体強化魔法が発動したようだ。


「はあっ!!」


 直後、小さな身体が大剣を伴って私に肉薄。


 ____速すぎる!


「ぐっ!?」


 僅かに回避が遅れ、剣先が私の肩口を抉る。


 鮮血が舞う中、おぞましいアニェスの笑顔に目を奪われる私。


 ……狂人だ。


 本能レベルで戦いを愉しむ者の顔。


 敵に対する憎しみだとか、ましてや勝利によって得られる利益だとか、そんなもののためではなく、純粋に殺しを愉しむ存在。


 そんな度し難い領域にアニェスはいる。


「____”動くな”!」


 後ろに跳びつつ、私はオルドーノを発動する。


 インキュバス紋が展開し、再びアニェスの動きを封じる事に成功。


「逃げます!」


 マルールに声を掛け、私は血液が噴き出す肩口を押さえて駆け出す。


 ”絶死ノ境地”の副作用により、アニェスはすぐに絶命し、オルドーノの効果が解除された状態で復活するだろう。


 それまでに出来るだけ距離を稼ぎたい。


「お、おい! 待て! 傷は大丈夫なのか!?」


「問題ありません! 【自然治癒】のスキルでこれぐらいすぐに回復します! ただの掠り傷です!」


「ただの掠り傷って……お、お前……」


 マルールは若干引き気味だった。


「なあ、ところで、お嬢様。お前、その力、後何回使えるとかあるのか?」


 私を追い越す際にマルールが尋ねて来る。


 オルドーノの使用回数の事か。


 私は唸り____


「少なくとも、後3回は使えると思います。ただし____アニェスを倒すために、最低でも最後の1回は取っておかないといけません」


 オルドーノはアニェスを倒す決め手となる。


 逃亡のための有力な手段ではあるが、力を使い切る事は出来ない。


 頑張れば3回以上使えるだろうが、余裕は持たせないといけないだろう。


 だから、道中でこの力を使うのは後2回までだ。


 そう決める。


「!? ……来るッ!!」


 しばらくも走らない内に、身の毛もよだつ気配が背後からした。


 後ろを振り返ると、赤い光を纏ったアニェスが尋常ではない速さでこちらに接近中だった。


「う、”動くな”!」


 再度のオルドーノ。


 これでアニェスの動きを再び封じた訳だが____


「……あと1回」


 オルドーノはあと1回しか使えない。


 このままでは第三階層に到着する前に、真正面からアニェスと戦わなければならなくなる。


 以前と比べ大分強くなった私だが、さりとて素の実力は”剣聖”には届かないだろう。


 ……どうにかしなければ。


「こうなったら」


 一つ、時間稼ぎの方法を思い付く私。


 それは____


「マルールさん、魔物を倒さないで下さい!」


 折しも、目前では魔物の一団が道を塞いでいた。


 マルールが剣を手に斬りかかろうとしていたので、私はそれを制止する。


「魔物を倒さないで下さい! 倒さずに、ただ逃げましょう!」


 ポカンとした表情をマルールに向けられたので、私は再度告げた。


「おいおい、逃げても延々と追い掛けられて、逆に厄介な事になるぞ」


「それで良いんです____いえ、それが(、、、)良いんです!」


 強く断言する私。


 第二階層の虫の魔物は、通常であれば、倒しながら進まなければならない存在だ。


 そうでなければ、終わりのない追跡を食らい、仲間にも次々と加勢され、気が付いた頃にはさばき切れない数の敵を相手にする事になるだろう。


 だが、私はそこに活を見出した。


 無論、諸刃の剣ではあるだろうが。


「行きましょう、マルールさん!」


「……分かった。何か考えがあるんだよな?」


「ええ!」


 魔物達の横を素早く通り抜ける私とマルール。


 魔物達は、やはり私達を見逃す気は無いらしく、一斉にこちらを追い掛け始める。


 逃げて、逃げて、逃げて____一匹、また一匹、出会う魔物の全てをやり過ごしている内に、


「……後ろ、ヤバい事になってんな」


 必死に走るマルールが、ふと後ろを振り返り、そう呟く。


 見ると、私達の背後からは大量の虫の魔物達が迫って来ていた。


 その気味の悪い光景に、全身の毛が逆立つ。


 夢に出て来そうな光景だ。


 しかし、しばらく走っていると、その追跡にも変化が訪れた。


 魔物達が次第にその進路を後ろへと、私達とは逆方向に切り替え始めたのだ。


 まるで、私達から逃げるように。


 マルールは目を丸くして、


「……なんだ? アイツら、突然俺達から逃げ始めたぞ」


 否、私達から逃げているのではない。


 別の獲物に標的を変更したのだ。


 そう____


「アニェスですよ。魔物達がアニェスに標的を切り替えたんです」


 魔物達は同じく私達を追跡しているアニェスへと殺到し始めたのだ。


「アニェスは大量の魔物達と戦う羽目になります。これで、時間は十分に稼げるでしょう」


「成る程、そうか! お前、これを狙っていたんだな!」


「はい。化け物には化け物を、です」


 と、私は得意気に告げる。


 敢えて大量の魔物達を引き連れる事で、同じく背後から迫り来るであろうアニェスにその大群をぶつける作戦だ。


 戦闘狂の彼女ならば、律義に魔物達を倒しながら進む筈。


 あの数の魔物を相手にするのはさすがの”剣聖”にも骨だろう。


 時間は十分に稼げる。


 さて、余裕が生まれ、私達は軽い足取りで第三階層へのラストスパート駆け抜け始めた。


 やがて、肌を刺す様な熱気と共に、眼前から光があふれ始める。


 視界が開け____


「……ここが、第三階層」


 その異様な光景に思わず立ち尽くす。


 目の前に広がるのは、灼熱の河____マグマの流れだった。


「第三階層”赤い大河”だ」


 歩調を緩め、マルールはその名前を口にする。


 空気が熱く、重い。


 まるで火山の内部にいるようだ。


 第三階層がどのような場所なのかは、話には聞いていたが、実際に目にすると、新鮮な驚きがあった。


「少し進めば、溶岩獣の生息領域になる。全身に岩石を纏い、口からマグマを噴き出すヤバい魔物だ」


「でも、この辺りは安全なんですよね?」


「ああ、第三階層の入り口付近は奴らのテリトリーじゃない」


「だったら、邪魔の入らないこの場所で決着をつけましょう」


 マグマを背に立つ私。


 じっと、”剣聖”の来訪を待つ。


 呼吸を整えている内に、その時は訪れ____


「おや、もう逃げないんだね」


 不気味な赤い光を纏った騎士が、第二階層へと続く暗闇の中から現れる。


「いやあ、久しぶりに暴れたね! あんな大量の魔物、相手するのは初めてかも! 楽しかったけど、ただ、おかげで全身虫の体液まみれだよ! あー、くっさいくっさい」


 自身の身体をすんすんと嗅ぎながらアニェスが歩み寄って来る。


 少女は笑みを浮かべ、大剣を地面へと突き刺し、


「さあ、ここが君の墓場さ!」


「私の墓場? いや____」


 高らかに宣言するアニェスに私は言い返す。


「ここがお前の墓場だ、アニェス!」


 右手を前へと突き出した私は、


「”動くな”!」


 オルドーノを発動し、アニェスの動きを封じる。


 更に、私は【鉄鎖】のスキルを使用し、虚空から出現させた鎖でアニェスの身体をぐるぐる巻きにした。


「鎖で拘束? へへ、馬鹿だねえ! こんな事しても、私は止められないよ!」


 嘲笑うアニェスに構わず、私は尚も彼女に鎖を巻き付ける。


「まだまだ!」


 【鉄鎖】のスキルを更に発動。


 幾重にも幾重にも、鉄の鎖を出現させてはアニェスに巻き付ける。


 そうしている内に、”剣聖”を包み込む巨大な鉄の繭が完成した。


「それは謂わばお前の棺桶だ!」


 私はアニェスの元へと疾駆し、鉄の繭を両手で掴んだ。


 が____


「……!?」


 その時、丁度アニェスが”絶死ノ境地”の副作用で死亡した気配があった。


 これは不味い。


「う、”動くな”!」


 私は蘇生のタイミングに合わせ、再度オルドーノでアニェスの動きを封じる。


 力を使用した後、軽い頭痛に襲われたが、今はそんなものに構っている暇はない。


「……いくぞッ!」


 最後の最後で軽いトラブルにヒヤッとさせられたが……これで、準備は整った。


 今からアニェスには永遠に(、、、)死んで貰う。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 雄叫びを一つ。


 私は全身全霊の力を以て、鉄の繭を、アニェスを放り投げた。


 繭が宙を舞う。


 熱気の中、綺麗な放物線を描く。


 そして、アニェスを内部に閉じ込めたそれは____マグマの中に強力な落下エネルギーを伴って突っ込んでいった。


 マグマの柱が立ち上がり、私は思わず後ろへと跳躍する。


「高温のマグマにより、お前は溶けて死ぬ」


 柱が消え、そろそろとアニェスが落ちたマグマの方へと近付く私。


「だが、直ぐには溶けない。繭がカプセルとなり、お前が溶け死ぬのは深いマグマの底になる筈だ」


 私はアニェスに語り掛けるように、


「そして、そこがお前の蘇生地点となる。つまりは、蘇生した瞬間に、お前は周囲を包み込む高温のマグマにより溶け死ぬ。瞬時にだ」


 マグマに背を向ける。


 私は墓標の様に取り残されていたアニェスの大剣を掴み、それをマグマの中へと投げ込んだ。


「お前はそこで寿命を迎えるまで、死と再生を繰り返すんだ」


 後には嘘のような静けさのみが残り、再度”剣聖”が姿を現す事はなかった。

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