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第30話「アニェスの倒し方」

「くっ!!」


 間一髪、私はアニェスの大剣を回避する。


「お! やるねえ!」


 そのままバックステップで退避した私に称賛と笑顔を向けるアニェス。


「驚いたね! 前会った時よりも動きが良くなってる!」


 ”剣聖”は余裕の表情で大剣を肩に担ぐ。


 私は片手を前へと突き出し、


「____”動くな”!」


 オルドーノを発動させる。


 インキュバス紋がアニェスを包み込み、その動きをピタリと止めた。


「”動くな”! ”動くな”! ”動くな”!」


 更に命令を重ね掛け。


 インキュバス紋が幾重にもアニェスを包囲する。


 対峙する私とアニェスの間に静寂が訪れ、


「お、おい。何をしたんだ?」


「私の力で彼女の動きを止めました。恐らく、これで半時は行動が出来ない筈」


 棒立ちになっていたマルールが尋ねて来たので早口で答える。


「動きを止めただと? ……と言う事は今が奴をやるチャンスか」


「駄目です!!」


 マルールがアニェスに立ち向かおうとしたのですぐに制止する。


「殺しては駄目です! 彼女はピクシー。死んでもすぐに再生します。なので、殺せば逆に彼女を自由にしてしまいます!」


「そ、そうか」


 身を引くマルール。


 アニェスを殺す事は出来ない。今ここで彼女に手を出しても、オルドーノから解放するだけになってしまう。


「いや……でも、だったらどうするんだ? 死んでも再生するって事は、倒す術がねえじゃねえか」


「……」


 マルールの言葉に私は黙り込んでしまう。


 殺す事が出来ないアニェスに勝つ術はない。


 逃亡こそが唯一の生存方法だ。


 だが、以前の撤退のための戦いとは違い、今回は逃亡が許されない防衛のための戦い。


 つまりはどん詰まりの状況。


 いっそ、全てを投げ出して地獄の底まで追って来るアニェスから逃げ続ける選択もあるが____


「……方法はあるかも知れません」


 私の脳は瞬間的にその術を見出す。


アレ(、、)を葬るための方法がここにある……かも知れない」


 それはあくまでも可能性の話だが……試してみる価値はあるだろう。


「協力して下さい、マルールさん」


 マルールに向き直り、真っ直ぐな視線と共に頼み込む。


 マルールは私とアニェスを交互に見遣り、


「よし、分かった!」


 と、即答し、


「俺は何をすればいい?」


 すぐさま行動に移ろうとする。


 決断が早くて助かる。


 私はマルールに目配せをして、


「____ダンジョンの奥へ!」


「ダンジョンの奥?」


「第三階層まで私を案内して下さい!」


 そう言うと、アニェスに背を向け、私は駆け出した。


 マルールもワンテンポ遅れて駆け出し、私と並走する。


「第三階層までの案内をお願いします。マルールさんなら、詳しい道のりをご存知ですよね?」


 隣で走るマルールに再度頼み込む。


「第三階層までだな! 構わないが、どうして____」


 言い掛け、私の意図に気が付くマルール。


「成る程、お前の考えは分かった。……だが、本当にそれで奴を葬れるのか?」


「分かりません。ですが、試す価値はあると思います」


 ダンジョン街をひた進む私達はやがて、人工の光の届かない薄闇の中に入る。


 ダンジョンの奥地。


 ここからは魔物達の生息領域となる。


「第一階層”モグラの巣穴”だ」


 少しだけ走る速度を緩め、マルールがその名前を口にする。


 ダンジョンはその深度によって区分けがされており、階層ごとに通称が与えられていた。


「ほら、見ろ。名前の通り、モグラのような魔物がたくさん生息している」


 目を凝らすと、確かに巨大なモグラのような生き物が周囲に見受けられた。


「おい、武器を仕舞え。アイツらは敵対しない限り、襲ってくることは無い」


 いつでも反撃できるようにダガーを抜き放とうとする私をたしなめ、説明するマルール。


 彼は懐から鈴を取り出し、それを鳴らし始める。


「そして、音を鳴らしてこっちの接近を知らせる事で、無駄な接触を回避する事が出来るんだ」


 マルールの知恵のおかげで、私達は第一階層を難なく突破する事に成功する。


 そして、第二階層”蟲の岩屋”に到着。


 マルールは走るのを止め、剣を抜き放つ。


「第二階層”蟲の岩屋”だ。ここからは、慎重に行く」


 周囲の環境に変化があった。


 第一階層に比べ道幅が広くなっており、岩肌に混じり植物が散見されるようになる。


「ここからの魔物は問答無用でこっちに襲い掛かって来る。出遭わないのが一番だが、出くわしたら戦うしかない。いつでも戦える用意をしておけ」


 私がダガーを抜き放つ横でマルールは目を閉じ、耳を澄ませていた。


 私が「何をしているんですか?」と尋ねると、


「音で魔物の気配を探っているんだ」


 そうマルールは返答する。


 それならば____


「私、【気配察知】のスキルを持っているので、それで魔物達の居場所は探れますよ」


 そう伝えると、


「何だと? おいおい、そう言う事は先に言ってくれよ!」


 文句を言われてしまう。


「ところで、あの”剣聖”は今どの辺にいのるか【気配察知】のスキルで分かったりするか? と言うか、ちゃんとこっちに来ているのか?」


「____そうですね」


 マルールに言われて、私は【気配察知】のスキルを使用する。


 すると____


「!?」


 反応があった。


 後方に明らかに魔物ではない、人の気配がする。


 迷いなくこちらに向かって来ており、恐らくはアニェスのそれと考えて間違いない。


「こっちに来ています。多分、第一階層の半ばを過ぎたぐらいです」


 すぐに追いつかれると言う心配はないが、直に掴まる事は必定。


 急がなければ、第三階層に到達する前に会敵する事だろう。


「そうか。だったら、こっちも急がねえとな」


 マルールは焦りを抑えるように敢えて平静な口調を努めているようだった。


「魔物の気配を教えろ。道は俺が選ぶ」


「分かりました」


 私の【気配察知】のスキルとマルールの持つ地理情報を合わせ、ダンジョンを進む事に。


 第一階層を難なく進んだ私達。


 しかし、第二階層はそう上手くは行かず____


「両方の道から魔物の気配がします」


 しばらく進み、二又に分れた道の中央に立つ私達。


 その両サイドに魔物の気配を感じ取り、マルールに伝える。


「なら、右の道を行く。どうせ魔物と遭遇するなら、近道を行くぞ」


 即決即断で進路を選び、進んだ先、巨大な蟻の様な魔物達が道を塞いでいた。


 魔物達は私達の存在に気が付くと、一目散にこちらに殺到してくる。


「こいつらは第一階層の魔物に比べれば弱い。だが、その恐ろしさは数の力____」


 剣を振り回し、一度に数匹の魔物達を蹴散らしていくマルール。


 私もダガーで加勢する。


 だが、敵の数は多く、息を吐く暇を与えてくれない。


「おい、2匹逃げたぞ! 追え! 逃がすな!」


 マルールが怒号を飛ばす。


 見ると、後方の蟻に退散を始める個体がいた。


「絶対に逃がすな! 俺達の位置情報が伝達されて、仲間を呼ばれる! この階層にいる間、ずっと奴らの仲間から追跡される羽目になるぞ!」


「分かりました!」


 私はダガーから黒い光を放ち、一気に魔物達を蹴散らす。


 マルールが隣で「うわっ」とその威力にど肝を抜かれていた。


「お、お前……相変わらず……マジで何なんだよ」


 魔物の残党を駆逐しつつ、マルールが何とも言えない表情をこちらに向けた。


 さて、魔物の一団を退けた私達だが、


「!? マルールさん、大勢の魔物達がこっちに向かって来ています!」


 【気配察知】のスキルにより、各方位から魔物の群れがこちらに殺到している事を知る。


 私達の位置情報が伝達されないように、敵は一匹残らず殲滅した筈なのだが。


「いや、お前……あんだけ派手な音立てれば、そうなるだろうが」


 と、マルールに呆れた顔をされる。


 全くその通りだ。


 これはやらかしてしまったようだ。


「こうなったら、最短距離で第三階層まで突っ走るぞ!」


 そう言って、マルールが駆け出す。


 私もダガーを手にそれに続いた。


「おら! 邪魔だ邪魔だッ!」


 蟻や羽虫など、様々な種類の虫の魔物達と交戦しつつ、第二階層を猛進する。


 虫の青臭い体液を被り、幾度も吐き気に襲われた。


 走っては戦い、走っては戦う。


 体力が削られ、呼吸も乱れて来る。


 そして____背後からは不気味な影がすぐそこまで迫って来ていた。


「ははっ! ようやく追いついた!」


「!?」


 背後の暗闇から少女の声が響く。


 恐る恐る声の方に振り返る私とマルール。


 大剣を肩に担ぎ、まるで幽霊の様に薄闇の中に立つその姿は、”剣聖”と呼ぶには奇怪に過ぎる。


 血塗れの顔は薄笑いを浮かべており、両目は惚けたように据わっていた。


「____さあ、死んで貰うよ、シロメ」


 ”剣聖”アニェス____恐るべき不死身の騎士にとうとう追い付かれてしまったようだ。

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