第26話「ダンジョンへ」
久しぶりの月と星空を車窓から見上げながら、馬車で夜道を移動する。
バイコーンではなく本物の馬で牽かれた車体は一定のリズムで小刻みに揺れ、僅かに眠気を誘った。
無事夜明け前に目的地に到着する事を祈りつつ、星座をなぞる遊びをしていた私。
やがて、馬車は巨大な竪穴へと入り、夜空が視界から消失する。
緩やかな下り坂が続き、しばらく進んで巨大な地下空間へと出た時、馬車は聖星騎士団の騎士達に囲まれた。
私は思わず腰元のダガーへと伸びそうになる手を抑え、じっと座席で待機する。
騎士達に開かれる馬車の扉。
それと同時に、私の隣に腰を据えていたシシがにこやかな笑みを浮かべ、
「毎度、お世話になっています。クローバー・ハウスです」
シシが明るい口調で告げると、騎士達は車内をざっと見回してから私の方に視線を向けた。
「その娘は新入りか?」
「ええ、その通りです。若くて綺麗な娘でしょ? きっと、冒険者の皆様もお気に召すものかと思いますよ」
「……ふん」
愛嬌のあるシシの受け答えに対し、騎士からは不愛想な反応が返って来る。
「通れ」
短く告げた後、騎士達はすぐさま馬車から離れて行く。
去り際、彼女達は私達に侮蔑の視線を送っていた。
それは魔族に対する侮蔑の視線ではない。
そもそも、彼女達はこちらが魔族である事を知らない筈だ。
娼婦に対する侮蔑の感情____騎士達の視線には、そんなものが込められていた。
「嫌な目付きでしたね」
と、思わずこぼしてしまう私。
シシは「ははっ」と笑い、
「まあ、こんなもんですよ。やっぱ我々の仕事を不潔だって思ってる人は多いですから。特にリリウミア人は」
軽く気分を害したが、私達はその後、無事に目的地に到着した。
リリウミアのダンジョン____馬車はそのダンジョン街へと入って行く。
”地下水道”の魔族の街に雰囲気は似ているが、それよりも断然華やかで騒々しい場所だ。
辺りを人工の光が覆い尽くし、普通であるならば人々が眠りについている時間だと言うのに、通りは人の往来が絶えない。
「……凄い場所ですね」
聞いていた以上の煌びやかさに、知らず感嘆の声を漏らしてしまう。
「それはそうですよ。ここにはこの世全ての愉悦が集められていますから。享楽を冒険者達に与え、決して逃がさないようにするために」
と、何故か誇らし気に語るシシは馬車の扉を開け、
「ここから少しだけ歩きますよ」
それから、私達は馬車を降り、ダンジョン内に存在するというクローバー・ハウスの支店へと向かう。
さて____
ダンジョン内で冒険者達の反乱を起こすと言う目的のために、現地に赴いた私達。
売春宿であるクローバー・ハウスの従業員としてダンジョンに足を踏み入れる事に成功し、取り敢えずは休息を取る予定だ。
「あの建物です、シロメ様」
シシが指差す先には一際目に付く派手な建物が存在した。
クローバー・ハウスのダンジョン内の支店だ。
私達は裏口から建物内に入り、従業員の生活スペースに存在する空き部屋を借りて睡眠を取る事にした。
時刻は既に夜明け前。
ベッドで横になると死んだように眠りにつき、起きた時には夕方前だった。
夕方前、丁度良い時間だ。
食事や身支度を済ませると、私はシシの案内を受け、とある宿の一室へと向かう。
そこで一人の男と対面する事に。
「マルールだ」
と、その冒険者は名乗った。
「聞いているとは思うが、反乱軍のリーダーをやってる。……で、お嬢さん、アンタは何者だ? シシの姉ちゃんが直々に会わせたい相手がいるからって身構えてみりゃ____ただの可愛いお子様にしか見えない娘が現れて、ちいとばかし面食らってるんだが」
私に胡散臭い視線を向けるマルール。
もう慣れた事だが、やはり私は見た目でなめられることが多いようだ。
「シロ・クローバーと申します。クローバー・ハウスの社長の娘で、この度、新しく副社長に就任した者です」
と、私はマルールに偽りの名前と肩書を告げる。
マルールは頭の後ろで両手を組み、
「ふーん……社長の娘、ね。で、本当は何者なんだ、シロさんよ」
訝し気な視線を強める冒険者。
ダンジョンの冒険者達には、クローバー・ハウス、そしてその従業員であるサキュバス達の正体は伏せられていた。
ただ、中には従業員達の正体に勘付いている者も結構いるらしい。
とは言っても、サキュバス達も冒険者達も、互いの利益のために、クローバー・ハウスはヒト族によって経営されていると言う振りをし合っているのだ。
私も一応、ヒト族としてマルールの前にいる。
「マルールさんって、不思議な名前ですよね。それ、本名なんですか?」
話を逸らすため、そんな事をふと尋ねてみる。
すると、マルールは待ってましたとばかりに口の端を吊り上げて、
「ふっ、こいつは俺が自分自身に付けた名前だ。元の名前は捨てた」
「……へえ、そうなんですか」
「この俺にピッタリな名前だろ」
と、妙にキザな口調と仕草でそう告げるマルール。
もしかしたら、この人、結構痛い人なのかも知れない。
不幸と名乗る辺り、自分に酔っている感じが否めないのだが。
「で、自己紹介も終わった所で、早速本題へと移りたいのですが」
面倒な遣り取りを避けるため、話を進める事にする。
「単刀直入に申し上げます。マルールさんには、今すぐにでもダンジョン内で反乱を起こして頂きたいのです。お願いできますか?」
私がストレートに頼み込むと、
「おいおい、簡単に言ってくれるな。こう言うのにはタイミングってもんがあるだろうが」
「タイミングですか」
何か、ヴォルコフ卿も同じような事を言っていたような。
「皆の気の高まりって言うのか? そう言うのが無いと反乱を起こす気にはならねえし。それに、ローズの支援がなけりゃ、俺達は動かないつもりだ」
「……ローズ連邦共和国の支援がないと動かないって」
「要はローズの先制攻撃待ちな訳だ」
私は思わずシシの方を見た。
「実を言うと、ローズ連邦共和国側も冒険者側も先にもう一方が仕掛けるのを待っている状況でして。その調整を行うための橋渡しになっていたのが我々なのです」
説明するシシに私は「ああ、そう言う事ですか」と頷いた。
マルールは鼻を鳴らして、
「こっちは命懸けなんだ。成功が確約された状況じゃないと、反乱なんて起こせねえよ。もし仮に、先に俺達が反乱を起こして、それでローズが支援を渋るような事でもあったらどうしてくれるよ。それに、先に行動を起こせば、こっちの犠牲も大きくなるだろうが」
それはお互い様なのだが……まあ、言い分自体は正しい。
私は少しだけ前屈みになり、
「へえー……マルールさん、案外小心者なんですね。冒険者で、それに反乱軍のリーダーもやってるぐらいだから、もっと気の大きな人なのかと思いましたよ」
「……なんだと」
私の分かりやすい挑発に、マルールはぴくりと眉を動かした。
「おい、お嬢様。言っておくが、俺達は協力者様なんだよ。ローズが俺達に協力してるんじゃなくて、俺達がローズに協力してやってる立場なんだ」
足を組み、露骨に苛々とした態度を見せるマルール。
「ぶっちゃけて言わせて貰えば、俺達は別にここでの生活に不満はねえ。ダンジョンは弱者にとって過酷な場所だ。だが、今ここで生き残っている俺達は弱者じゃない。強者なんだ。そして、ダンジョンは強者にとっての天国でもある。大金を稼げて、その大金を存分に使う事が出来る多くの娯楽で満ちている。だが、気に入らない事は勿論ある。ダンジョン外に出られないほんの僅かな窮屈さと、偉ぶった騎士達の態度だ。そいつらにはかなりイラつかされている」
マルールは威嚇する様に私を睨み、
「だが、それだけだ。俺が、俺達が感じている不満はそれだけだ。たったそれっぽっちの理由で俺達は反乱を起こしたがっている訳だ。つまり、ぶっちゃけ、どうでも良いんだよ。ローズが欲しがってる利権に比べれば____どっちがどっちに頭を下げないといけない立場なのか、分かるだろ?」
と、己の見解を明かす。
「はあー、全く……そこんとこ、はき違えるんじゃねえぞ。散々、ローズにもそう伝えて来た筈なんだけどなあ」
と、橋渡し役を担って来たシシに舌打ちをするマルール。
シシは何も言い返さずにぺこりとお辞儀をした。
マルールは溜息を吐き、それから傍らから酒瓶を取り出して、
「悪いが今日はもう帰ってくれ。気分を悪くした」
そう言って、マルールは私達に背を向け、酒を飲み始めた。
顔を見合わせる私とシシ。
どうやら、怒らせてしまったようだ。
「帰りましょうか」
「……そうですね」
下手に留まらない方が良いだろう。
私達はマルールに別れの言葉を告げ、その場を立ち去る事に。
部屋を抜け出すと、
「ちょっと子供っぽい所がありますけど、あれで凄腕の冒険者なんですよ、彼」
シシがそんな微妙なフォローをする。
私は肩をすくめ、
「まあ、短気な所は冒険者っぽいと言えば冒険者っぽいですよね」
「確かに。性格に少し難がある方が冒険者としては大成しやすいんですよね、実際」
長年の経験からの言葉だろうか。
憎まれっ子世に憚るとも言うし。
「で、これからどうします、シロメ様。呆気なく押し返されちゃいましたけど。大丈夫ですか?」
「はい、問題ありません。おおよそ想定通りです」
首を傾げるシシを人目の付かない場所へと連れ込む私。
「明日にでも反乱を起こさせたいと思います」
そう告げると、シシは目を丸くして、
「え……明日にでも? 何か策でもあるんですか?」
「はい、そのための準備を今からします。シシさんや他の皆さんにも協力して貰おうと思います」
「……一体、どうやって?」
戸惑いの表情を浮かべるシシに私は、
「____酒宴を開きます」




