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第10話「脱獄」

 拷問の日々は続く。


 終わりの見えない地獄も____しかし、出口は現れた。


 その日、いつものように拷問を受け終えた後の居房内での事だ。


 私は母親を寝床に運び込もうとして、シーツの膨らみに気が付く。


 何だろうと思い、シーツをめくると、


「……剣?」


 そこに、鞘に納められた剣が寝かしつけられていた。


 何故、こんな場所に剣が?


 私が剣を取ろうとしたその時、


「シーツを戻して、シロメ」


「わっ」


 逃亡防止用の麻痺薬で動けない筈の母親が私の腕を掴んで、耳元で囁く。


「静かに、シロメ」


 母親が小さな声でそう告げると、私は頷き、そうっとシーツを元に戻し、剣を覆い隠した。


「私を膨らみの上に寝かしつけて」


 続く母親の言葉にも無言で従った。


 ……一体全体、どう言う事だ?


 私が困惑していると、母親は動かない筈の手で小さく手招きをした。


 私は母親の口元に耳を近付ける。


「今夜、脱獄するわよ」


 そう告げる母親。


 私は目を見開いた。


「シロメ、よく聞いて。私達は、リリウミアを抜け出すの。男性の貴方はどの道、ここにはいられない。だから、二人で、こことは違う国でやり直すのよ」


 母親の顔には決意が宿っていた。


「……お母さん、身体動くの?」


 私は極限まで声量を絞って尋ねる。


 先程、手を動かしていたようだが。


 母親はサムズアップをして、


「”剣聖”を舐めないで頂戴。どうやら、麻痺薬に耐性が付いたみたい。もう2、3日前から普通に手足を動かせるわ」


 薬物耐性というやつか。


 こんな早くに耐性を得るとは、”剣聖”の称号は伊達ではない。


「それに、ここに剣があるわ」


 不敵な笑み浮かべる母親。


「私にはね、【剣の加護】って言うスキルがあるの。剣を手にすると飛躍的に身体能力が上昇するスキルね。剣さえあれば、私を止められる者はいないわ」


 私は母親の下敷きになっている剣に視線を向け、


「その剣はどうやって手に入れたの?」


「ノエルが手配してくれたのね」


「……ノエル?」


 ……誰だろうか?


「ほら、2日前、カーラの代わりに、私を拷問してた騎士がいたでしょ?」


 母親の言葉で思い出す。


 確か、2日前の事だ。


 カーラが仕事の都合上、ここに来られないと言う事で、見知らぬ聖星騎士団の騎士が拷問に訪れたのだ。


「ノエルは私の友達でね、こっそりお願いしたのよ。数日後に、牢屋内に剣を忍ばせておいてって」


 ……成る程、さすがは”剣聖”クロバだ。


 絶望の中、ずっと勝機を窺っていたのだ。


 ここを抜け出す算段を既に整えていたとは。


 改めて、格の違いを思い知る。


「兎に角、心の準備をしておいて。一応、何があるか分からないから」


 私は頷き、自分の寝床に移動した。


 今夜、バスティナ監獄を、そして、リリウミアを抜け出す。


 ……この国を出る。


 そして、永遠におさらばする。


 恐らく、それが私に残された唯一の選択肢だ。


 性別の詐称がバレている以上、魔族である事を誤魔化せても、ダンジョンに追放される定めにある。


 分かってはいたのだが……心の何処かで、これからもリリウミアで生きていけるのではないかと期待していた自分がいた。


 そんな都合の良い結末を夢想していた。


 何だかんだ言って、私はここでの生活が好きだったのだ。


 母親がいて、親友がいて……何の変哲もないが、幸せな生活。


 ……そう言えば、ロッドとメリエはどうしているだろうか。


 このまま、挨拶も無しにお別れする事になる訳だが。


 私が魔族であると知って、軽蔑しているだろうか。


 それとも、例え魔族でも、親友だと思ってくれているだろうか。


 それを確かめる術がないのが、口惜しい。


 いや……かえって良かったのかも知れない。


 もし、二人に嫌悪の視線を向けられたら、私は立ち直れなくなる。


 だから、このまま顔も合わせないまま、ここを立ち去るのが正しいのだろう。


 夕食後、私は寝床で休息を取る振りをして、その時を待った。


 そして____


「起きて、シロメ」


 声が掛けられる。


 私が寝床から上体を起こすと、剣を手にした母親がそこに立っていた。


「ここから出るわよ」


 そう告げると、母親の身体は淡く発光し、その手の剣が鉄格子へと向けられた。


 一閃____母親の放った斬撃が、鉄格子を両断する。


 音もなく破壊される鉄格子に、私は”剣聖”の実力を思い知った。


「うん、問題なく身体は動くわね」


 満足気に腰元の鞘に剣を納める母親。


 麻痺薬による身体の鈍りは無い様子だった。


「さあ、行くわよ、シロメ。出来るだけ、音を立てないように注意してね」


 母親の言葉に私は頷く。


 そして、脱獄が始まった。


 まずは裏口を目指し、そこからバスティナ監獄の敷地外へと出る予定だ。


 鍵の類は必要ない。


 母親には(マスターキー)があるからだ。


 進行を阻む障害物は全て斬り伏せれば良い。


 呆気なく、何の苦労も無しに、私達は裏口へと辿り着いた。


 母親が先行して外の様子を確認し、建物内から脱出する。


 久しぶりの夜風が気持ち良い。


 空には月が浮かんでいる。


 その優しい光に、私は解放を実感する。


 今、ようやく私達は自由になったのだ。


 ……いや、まだ気を抜いてはいけない。


 まだ、監獄の敷地を、そしてこの国を抜け出したわけでは無いのだから。


「シロメ、私の背中に掴まって」


 監獄の敷地を囲う、分厚く高い壁の前にやって来た。


 私は母親の指示に従い、その背中に身を預ける。


「飛ぶわよ、シロメ」


 何をするのかと思えば、母親は私を負ぶったまま壁を越えるつもりらしい。


 ……この高さを飛び越えるのか?


「いくわよッ!」


「うわっ!」


 母親が地を蹴り、天へと飛翔する。


 そして、壁の中腹に足を着けたかと思うと、そのまま斜め上方向に疾駆を始めた。


 壁走りだ。


 私は振り落とされないように、しっかりと母親にしがみ付いていた。


 やがて、天辺に辿り着き、母親はそのまま壁を下った。


 浮遊感の後____


 地面に降り立ち、私は母親から離れた。


 これで、監獄の敷地外へと出た事になる。


 母親が私の手を引いて、


「さあ、行きましょう、早くここから____」


 その時だ。


 母親の言葉を遮るように、多数の光の筋が私達に向けられた。


 眩しい。目がくらむ。


 一体、これは何だ?


 事態が把握できないまま____


「お前達は脱獄の罪を犯した」


 それは魔道具によって拡張させられたアンリエットの声だった。


「よって、直ちに拘束し、処罰を与える」


 光が眩しくて、正確に確認できないが、どうやら私達は大勢の騎士達に囲まれているようだった。


「只今より、脱獄犯クロバ、シロメ両名の拘束を執り行う。尚、シロメには脅威大の敵性魔族の嫌疑が掛けられており、その拘束に生死は問わない。また、その脅威の程度から、クロバの拘束も同様のものとする」

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