第1話「不思議の国、シロメの秘密」
序盤は「復讐なんて……」みたいな雰囲気で話が進みますが、それは闇堕ちの前振りで、以降は容赦のない展開になる予定です。
女性だらけの不思議な国がある。
その国の名をリリウミアと言う。
リリウミアの男子は13歳の誕生日を迎えると市民権を失い、ダンジョンと呼ばれる場所に追放されるのだ。
そのため、国には一人として成人男性の国民がいない。
私はそんな国に生まれた子供の一人だった。
私の名前はシロメ。学校の卒業と13歳の誕生日を間近に控えた12歳の学童だ。
私の母は、その名を国外にまで轟かす聖日騎士団の若き副団長____”剣聖”のクロバ。
強くて優しい母親に育てられ、私はとある秘密を抱えつつも今日まで平穏無事に生きて来られた。
しかし、平穏とは突然に、不意打ちの様に、崩れ去るもの。
この時の私はまだ知らない。
自分が如何に危うい場所に立っていたのかを。
〇
休み時間、学校の廊下、私は二人の友人に挟まれ談笑をしていた。
「俺達ももうすぐ卒業かー」
そんな呟きを漏らすのは茶髪の少年のロッド。
彼の呟きに私の隣で少女が身を乗り出す。
「いきなりどうしたのよ。しんみりとしちゃって、ロッドらしくもない」
呆れた様な、からかう様な口調でロッドにそう告げるのはメリエ。金色の長い髪を持つ、気の強そうな顔立ちの少女だ。
ロッドは「いやー、だってさあ」と珍しく意気消沈とした様子で、
「あとひと月で卒業、その半年後には俺は13歳になって、ダンジョンに追放される訳じゃん。そしたら、シロメにもメリエにももう会えなくなるんだなって。こうやって普通に会話が出来るのもあと何回あるのかって思ってな」
「まだ半年以上も先の話でしょ」
「半年なんてあっという間だぞ。だよなあ、シロメ」
「え、う、うん……そ、そうだよね」
突然話を振られたので、私はどもりながら適当にロッドに同意した。
「はあー、どうして俺は男に生まれちまったんだろうなあ。いいよなあ、お前らは。女に生まれて。来年の今頃、俺は太陽の光も届かぬ暗い地の底だぜ」
「ロッドさあ、ちょっと前までは『俺はダンジョンで凄腕冒険者として名を上げてやるんだぜ!』っていきり立ってたじゃない」
「それはそれ。これはこれ」
私はロッドとメリエの遣り取りに苦笑いを浮かべ、
「でも、ロッドに会えなくなるのは私も嫌だなあ」
「お、嬉しい事言ってくれるねえ。さすが俺達の天使シロメちゃん。あ、そうだ、良い事思い付いた!」
得意げな顔をするロッド。
何やら名案が浮かんだようだ。
「お前らもダンジョンに来いよ!」
「え?」
「一緒に冒険者になろうぜ!」
ロッドの提案に私とメリエは顔を見合わせる。
メリエは両目を吊り上げて、
「私達に市民権を放棄して危険なダンジョンまで付いて来いって言ってるの? このか弱き乙女のメリエとシロメに?」
「おいおい、シロメはともかく、誰が”か弱き乙女”なんだ? ん? もういっぺん言ってみな」
「アンタねえ!」
「や、やめなよ、メリエ」
メリエがロッドに掴み掛かりそうになるのを私は慌てて押さえる。
ロッドのデリカシーの無さは今に始まった事ではない。メリエも長い付き合いなのだからスルーすれば良いのに。
「真面目な話」
と、ロッドは少しだけ声を低くして、
「お前らならダンジョンでも上手くやっていけると俺は思うぜ」
ロッドはじっと観察するような瞳でメリエを見つめ、
「メリエには【剣術】のスキルがあるだろ」
「【剣術】のスキル? ああ、前にアンタが教えてくれたわね。でも私、剣なんて握った事も無いし、上手く扱える自信なんてこれっぽっちもないわよ」
「【剣術】のスキルを持っている以上、剣を握れば、全くの未経験者でも達人並みに剣を振るう事が出来るんだよ。スキルっつーのはそういうもんだ」
ヒト族の中には、スキルと呼ばれる生まれつきの特別な力を持つ者がいる。
【剣術】のスキルを持っていれば、例え剣を握った事が無くても、達人のように剣を扱う事が出来るらしい。
ちなみに、ロッドは【怪力】、【爆炎】、【スキル鑑定】の3つのスキルを持っていて、私には____
「で、シロメにはもっとヤバいスキルがある」
私に向き直るロッド。
恐らく、彼は今、【スキル鑑定】のスキルを使用しているのだろう。
瞳がこちらを向いているにも関わらず、その焦点が私自身に合っていない。私やメリエには見えない何かを見ているような様子だった。
メリエは首を傾げ、
「そのヤバいスキルって何なの?」
「それが良く分かんねえんだよな」
メリエの問いに肩をすくめるロッド。
「シロメには何かしらのスキルが1つある。だが、俺の【スキル鑑定】のレベルじゃ、その中身を見通す事が出来ない。つまり、それ程強力なスキルなんだ」
メリエは「ふーん」と目を細めて、
「スキルがどうのとか熱弁してくれてる訳だけど、私もシロメもダンジョンになんて行かないからね。嫌よ、薄暗い地下で魔物達と戦うなんて」
「薄情な奴だな。親友の力になりたいとか思わない訳? じゃあ、いいよお前は。その代わり、シロメは貰っていくから」
ロッドの言葉にメリエは「駄目よ!」と声を荒げて、庇う様に私に抱きついて来る。横からの突然の締め付けに私は目を白黒させた。
「シロメは絶対に渡さないんだから! この子は私のものなの!」
「……いや、メリエのものになった覚えなんてないんだけど」
メリエは私のツッコミを無視して、
「シロメが病弱なのはロッドだって知ってるでしょ? ろくに運動も出来ないし、日の光に数十秒当たるだけで眩暈を起こすのよ。どんなに強いスキルを持っていても、戦う事すら出来ないわ。そんな子をダンジョンに連れて行くとか、アンタ、シロメを殺す気なの? この子、純粋で優しいんだから、冗談でもその気にさせるような事は言わないで」
メリエの剣幕にロッドは「ま、まあ落ち着けよ」と後退りをする。私も口早にまくし立てるメリエが怖かった。
「そうだよな。困らせるような事言って悪かったわ。俺だってお前達を危険な目に遭わせたいとは思わねえよ。ほんのちょっと、叶いもしない願望を口にしただけと言うか」
「……まあ、ロッドの気持ちも分からないでもないわよ。私だって、ロッドと離ればなれになるのは嫌だし……出来る事なら力にだってなりたいし」
メリエがロッドにそんな言葉を投げ掛けるとは珍しい。
素っ気なく冷たい振りをしていても、心の中では親友をとても大切に想っているのだろう。
「やめだやめだ、こんなじめったい話は。葬式会場か、ここは?」
ロッドはその場の空気を変えるように両手を打ち合わせ、別の話題を口にし出す。
9歳の入学当初からどういう訳か仲が良かった私達3人。
しかし、悲しい事に、今の様にとりとめのない話をする機会はもう残りわずかなのだ。
あとひと月で、私達は学校を卒業し、顔を合わせる頻度も激減する。
その上、ロッドに関してはその半年後に13歳の誕生日を迎え、リリウミアからダンジョンへと追放される。
ダンジョンがどのような場所なのか、詳しく知っている訳では無いが、魔物が生息するとても危険な場所であるのだと聞く。不帰の地とも呼ばれており、実際、ダンジョンに追放されたリリウミアの男子はその後、ほとんどが消息不明となっている。
恐らく、ロッドも……。
……。
……いや。
駄目だ。
そんな滅多な事、考えるものではない。
ロッドは大丈夫だ。誰よりも喧嘩が強いし、人一倍行動力があって頼りになる。きっと、ダンジョンでも上手く生き残って、その内ひょっこり私とメリエの前に姿を現すのだ。
そう信じるしかない。
そんな事しか私には出来ないのだから。
談笑の最中、私は溜息が出るのを堪える。
ロッドの事を考えるたびに私の心は痛む。
それは、憐みよりも、むしろ罪悪感から来る心の痛みだった。
私はメリエにも、ロッドにも、他の皆にも、とある嘘を吐いていた。
私は本来であれば、ここには居られない存在なのだ。
ここに居てはいけない存在なのだ。
それにも関わらず、私はのうのうとリリウミアで暮らしている。ロッドはもうすぐダンジョンへと追放されると言うのに。
だから、ロッドには申し訳ない気分になる。
……母親を除いて、私の正体を知る者はいない。
正体が明らかになれば、私は追放どころの話では済まないのかも知れない。
何故なら、私はハーフインキュバスで____女子でも、人間でもないのだから。
”剣聖”クロバの子シロメは、男子であり、半魔なのであった。




