第十話― 体育祭シリーズ⑤ ど根性を見せつけろ!棒倒し合戦(2)
校内アナウンスが棒倒し第一回戦の開始を告げる。
拳悟と勝はお手並み拝見とばかりに、第一回戦を先に闘うことになる一組と二組、そして三組と四組それぞれの合同チームの対決をのんびり観戦することにした。
「はてさて、どっちの合同チームが決勝進出するかね」
「考えてみれば、勝った方のチームが俺たちと闘うわけだな」
椅子に座って腕組みしている拳悟と勝の二人は、すでに決勝進出したかのような余裕な笑みを浮かべていた。
彼らが見据えるグラウンドには数メートルはあろう背の高い棒が二本突っ立っており、そのてっぺんにはチームカラーを示す赤色と白色の旗がたなびいている。
アナウンスに指示されるがままに、校歌斉唱が怒鳴り声のようにこだますると、いよいよ男子の団体競技である棒倒しの第一回戦が幕を開ける。
スターターピストルの破裂音が弾けるや否や、グラウンド上の男子たちが一斉に走り出した。彼らの目的はただ一つ、棒の先で揺らめくフラッグを奪い取ることだけである。
それはまさに、拳と拳がぶつかり合う男の中の男にしか味わえない熱き闘い。両陣営は目的を達成するがために、まるで喧嘩のような取っ組み合いを展開していた。
一歩も譲らない意地と誇りをかけた肉弾戦。それを高みの見物のように傍観している拳悟と勝の二人。
「なー、スグル。おまえ、どっちが勝つと思う?」
「そうだな。パワーじゃ三組四組チームだろうが、戦法の巧みさでは一組二組の方が上手だろう」
勝が冷静に分析して出した結論、それは一組と二組の合同チームの勝利と予想したが果たして結果はいかに――?
棒倒し第一回戦で壮絶な闘いに臨む両チーム。その中で一際目立っていたのは、三組と四組の合同チームを指揮する四組の男子でただ一人、ストーリー上名前が紹介されているサン坊であった。
彼は守備陣の一人として敵チームの攻撃を迎え撃ちつつも、周囲の状況に目を配りながら他のメンバーに的確な指示を出していた。
自軍の攻撃陣も破竹の勢いで攻め込んでおり、このタイミングを勝機と見込んだ彼は、三組の守備陣も攻撃に参加させて一気に畳み掛ける作戦へと切り替えることにした。
「おーし、どんどん進軍しろー! フラッグ奪うまで突っ込めー!」
サン坊から命令を受けた三組の守備陣が気合を入れながら攻撃陣へと加わっていく。これにより攻撃の層は倍になるが、その反面防御が疎かになってしまうのは否めない。
――この時、彼はまだ気付いてはいなかった。敵チームの技巧派の騎士が兵隊を引き連れて手薄になった守備陣を掻い潜っていたことを。
「おい、サン坊、大変だぞ! ウチの棒が傾いている!」
「な、何だと!? そんなバカな――!」
慌てふためいて顔を振り向かせるサン坊。彼の見開いた目に、斜め四十五度ほどに傾斜した自軍の棒が飛び込んだ。しかも死守すべき白い旗が敵チームの手に落ちようとしている、まさに危機的状況であった。
この攻撃こそ、わざと敵に容易に攻め込ませておいて油断したところを反撃に出るという、一組と二組の合同チームのずるがしこい作戦だったのだ。
「おいおい、ヤバイじゃないかっ! 三組の兵隊を全員戻せ!」
サン坊の怒鳴るような咆哮も空しく後悔は先に立たず。指示系統が混乱した三組と四組の合同チームは、攻守ともども支離滅裂となり機能も動作も鈍くなってしまった。
こうなってしまうと結果は火を見るより明らか。棒の先端から白いフラッグがもぎ取られて、この瞬間、サン坊が率いる三組と四組の合同チームの敗退が決まった。
「ヒュ~。おまえの予想通りじゃん。将来、棒倒しの予想屋にでもなったらどうだ?」
「アホ、勝手に人の将来決めんな。それよりも一組と二組の連携プレーはなかなかなもんだぜ」
闘いの一部始終を観戦していた拳悟と勝は予想通りの展開にクスリと微笑んだが、それと同時に決勝戦で対決する敵チームの巧みさに少しばかり警戒感を強めていた。
集合を告げるアナウンスがこだまし、続いての対決は、決勝進出を目論む五組と六組の合同チームと決勝進出を確信している七組と八組の合同チームとの闘いだ。
意気揚々と気を吐く七組を代表するハチャメチャトリオ。彼らが率いる男子生徒全員に、女子生徒からの黄色い声援が浴びせられる。
「皆さん、怪我に気をつけてがんばってくださいね」
「あんたたち。言っておくけど、負けて帰ってきたら、お尻叩きじゃ済まないからね~」
由美と麻未の応援メッセージを背中に受けて、七組と八組の合同チームはガッツポーズでそれに応えながら主戦場となるグラウンド中央へと配置に付いていく。
「よし、それじゃあ、予定通りパターンBで行くぞ。いいな?」
攻撃陣の騎士である拳悟は、同じく騎士である拓郎と地苦夫、そして中羅欧に声を掛けて最終的な戦略を打ち合わせた。
その一方で、守備陣の騎士である須太郎は、守備の要となる芯を任された八組の生徒に脅しのような激と発破を飛ばして気合を注入していた。
「……いいな。意地を見せろ。もし、棒が倒れるようなことがあってみろ。俺の考えた地獄の拷問を受けてもらうからな」
「ご、拷問――。死ぬ気で踏ん張ってみる」
棒の先端でたなびく赤白の旗を見上げながら、両チームが気勢を上げて戦闘準備を整えると校歌斉唱による競技開始の合図が始まった。
『――パン!』
空気を切り裂かんばかりの音が鳴り響き、両チームの騎士を筆頭にして兵隊である生徒たちが怒涛のごとく駆け出した。もちろん、それは修羅場を示すかのごとく拳と脚が交錯する乱闘騒ぎである。
「おっしゃあ、行くぜ、チクオ!」
「おうよ、サイドから一気に攻め込むぜ!」
拓郎と地苦夫の二人は目配せすると、兵隊を連れ立って両サイドに分かれていく。突入させてなるものかと、それぞれのサイドに引っ張られていく敵チームの守備陣たち。
サイドに流れていく守備陣の動きを見計らい、薄くなった中央のガードを突破しようと試みる拳悟と中羅欧。
彼ら二人はどういうわけか、同じグループの兵隊たちに四つん這いになるよう指示を出した。すると、兵隊はまるで階段を築くように背を高くして順序よく並んでいった。
「おし、チュン、それじゃあ行くか」
「準備万端、アルよ」
階段となった兵隊の背中を駆け上がっていく二人。そして一番高くなった背中から大きなジャンプを披露すると、驚いたことに、彼らは敵の守備陣の頭上を軽々と飛び越えてしまった。
華麗なまでに着地した拳悟と中羅欧は、ニヤッとふてぶてしく笑いながら敵陣が守る棒に向かって走り出した。
その予想だにしない作戦に敵チームの守備陣たちは唖然とするしかなかったが、騎士二人にガードを破られたまま指をくわえてじっとしているわけにもいかない。
敵チームは棒を支える守備の層を薄くしてまで、迫り来る拳悟たちの足を止めようとする。それほどまでに精鋭二人の襲来を恐れている証しであろう。
スピードを上げて突入してくる拳悟と中羅欧、それを迎撃しようとする敵チームの生徒たち。しかし、棒倒しという名のバトルでは両チームの実力の差は歴然であった。
「そんな少人数で俺たちを止められると思ってんのか!?」
「ハッハッハ、俺たちも、甘く見られたもの、アルよ!」
拳悟が放つハイパワーブローと中羅欧が繰り出す中国拳法が炸裂し、敵チームの生徒たちはことごとく粉砕されていった。
グラウンド中央でバトルが繰り広げられる中、サイドアタックを仕掛けていた拓郎と地苦夫の二人も敵チームを蹴散らしながら敵陣の棒まであと一歩というところまで迫ってきていた。
「おい、ケンゴ! 先に行くぞ。おまえらも早くしろ!」
「オーライ! このしつこい雑魚を片付けてから合流するわ」
拳悟と中羅欧は小ざかしい敵を一掃し、先を走る拓郎と地苦夫の後ろを追い掛けていった。勝利をその手に掴むべく、七組と八組の騎士四人がここに顔を揃えた。
この窮地を知るや否や、五組と六組の合同チームの指揮官は焦りに焦った。グラウンドの中央でたった一人動揺し、攻守を交互に見ながらひたすらわめき散らしていた。
「おい、やばいぞ! 早く旗を奪い取れっ! ああ、何してやがる、しっかり棒を支えろ、バカヤロウどもがっ!」
やかましい指揮官の背後に忍び寄る、馬鹿でかい図体を模した不穏な影。
突如、後ろ襟を摘まれた指揮官はあっという間にその身を持ち上げられてしまう。びっくりして顔だけ振り向かせると、そこには鬼軍曹の名を欲しいままにしている鋭い目をギラギラさせた須太郎の顔があった。
「……そんなに偉いんなら、おまえも攻めるか守るかしたらどうだ?」
「えっ? あ、いや、そ、そうだよね~。ははは、今からそうしようと思ってたんだけどさ~」
ヘラヘラしている態度が癪に障ったのか、次の瞬間、須太郎の目が野獣のごとく不気味に光った。
「……おまえみたいな口先だけの男など、この戦場から消えてしまえ」
須太郎は筋肉隆々の両腕に力を込めると、柔道の背負い投げのようなポーズで指揮官のことを思い切り投げ飛ばしてしまった。
悲鳴を上げた指揮官がどうなったかというと、何一つリーダーらしいこともできないまま、同胞の生徒たちを巻き添えにしながら戦線離脱とばかりに場外へ追い出されてしまった。
指揮官を失ったとはいえ、白色のフラッグを守るべく闘志までは失ってはいない敵チームの守備陣。彼らは攻撃の手を止めてまで守勢に徹しようと、攻め込んでくる騎士四人の前に立ちはだかる。
「いいか、あの四人を絶対に棒に上らせるんじゃねーぞ! わかったな!」
敵チームの守備陣は声を揃えて待ち構えるも、ガード面の層の希薄さは誰が見ても明らかであった。
いくら守りが手薄とはいえ、強行突破するのはあまりにも無謀であり勢いやペースを乱されるリスクもある。咄嗟にそう判断したリーダー役の拳悟は、この守備の山を踏破するための新たなる作戦を宣言する。
「よし、ここからパターンCに切り替えるぞ。みんな一列に並べ!」
最後列にいる拳悟の号令とともに、先頭を走る拓郎、二番手の地苦夫、さらに三番手の中羅欧が一列にきちんと整列し敵チームの守備陣に向かって突進していく。
その行動が理解できず戸惑いを隠しきれない敵チームの生徒たち。警戒を怠るなと言い聞かせる彼らだったが、まさに数秒後、とんでもない光景を目の当たりにする。
二番目を走っていた地苦夫が先頭の拓郎の肩に手を突いて馬跳びみたいに飛び上がると、そのタイミングを見計らっていたかのように、最後列の拳悟が三番目の中羅欧の背中を駆け上がって高々とジャンプした。
空中へと舞い上がった拳悟は地苦夫の背中へいったん着地し、すぐさまそれを踏み台にしてこれまで以上のハイジャンプをお披露目した。
二段ジャンプの形となって跳躍力を倍増させた彼は、飛距離十分と大声で叫びながら棒を支えている敵陣の人ごみの中へ潜り込むことに成功した。
「うそぉ! こ、こんなことってあるわけぇっ!?」
アクロバティックな作戦に、敵チームの誰もが開いた口が塞がらないといった表情だ。こんな奇想天外な行動を実現させた背景こそ、七組と八組の息の合った連携プレーの賜物といっても過言ではないだろう。
この隙に乗じて、拓郎や地苦夫にも中央突破されてしまった五組と六組の合同チームに弱体化した守備面を立て直すことなどできるはずもない。
青空に真っ直ぐ掲げられた棒にしがみつく拳悟。両手足を器用に動かして、先端ではためく白い旗を目指していく。
引きずり下ろせといった敵チームの生徒たちの大きな声も空しく、自軍の真っ白な旗は拳悟の手に落ちてしまう運命であった。
これにより、決勝進出は主人公の特権もあって七組と八組の合同チームに決定したのである。
* ◇ *
男子団体種目である棒倒しの決勝戦は、秀逸なる策略を企む一組と二組、そして底知れぬ実力を持つ七組と八組の合同チームで雌雄を決することになった。
拳悟が率いる七組と八組のメンバーは、ほんの少しばかりのインターバルの合間に最終決戦に臨むべく作戦などを綿密に打ち合わせていた。
第一回戦のようにそう簡単には勝たせてはくれないだろう。リーダーを務める彼は表情を険しくする。だが、それに構うことなく一人息巻くのは攻撃参加したくてうずうずしている勝であった。
「おい、ケンゴ! 決勝戦だけは俺も攻撃に回るぞ。誰にも文句は言わせねーからな」
怪我の具合なら心配ないと、彼は地団駄を踏むように左足を大地に打ち付ける。眉を吊り上げて憤怒するほど守備陣に回されたことが気に入らなかったようだ。
一度言い出したら聞かない頑固者、そんな彼を説得できる者などチームの中には一人もいないだろう。誰よりもそう感じている拳悟は溜め息一つ零して了解の意思を示したのだった。
「ああ、もう好きにしろ。その代わり俺が守備に回ってやるよ」
指の骨をポキポキ鳴らして、それこそ戦場に向かう兵士のごとく闘志を燃やす勝。同じ攻撃陣である拓郎や地苦夫と気合注入とばかりにハイタッチを交わしていく。
困惑気味に頭をポリポリと掻いている拳悟の傍に、守備陣の要衝とも言うべき須太郎がふらっと近寄ってくる。
「……ケンゴ。おまえほどのプライドの高い男が、あっさりスグルに譲るとはどういう理由だ?」
ライバルの性格を知り尽くしているだけに、須太郎は腑に落ちなかったのかそれが気になったようだ。すると拳悟は照れくさそうに苦笑する。これが猛獣を監視する飼育員の役割なのだと。
笑いながら冗談を漏らす彼だったが、本当のところ、決勝戦での闘いを警戒するがゆえ、この交代にはもう一つの狙いがあったのだ。
「あのさ、スタロウ。すんなりいかなかった場合の話なんだけどよ……」
拳悟が須太郎に話しかけた途端、それを遮る怒鳴り声が二人の耳をつんざいた。その怒鳴り声の主とは自軍の棒を支える守備陣の生徒たちだった。
どことなく不安を感じさせる怒声に、つい会話が止まってしまった二人。彼らは顔を見合わせるなり、緊迫感が漂う守備陣たちのもとへと足を向けた。
「……おい、どうした? 何かトラブルでもあったのか?」
落ち着き払った声で問い掛ける須太郎に、守備陣を担う八組の生徒の一人が焦りの混じった声を張り上げる。
「あ、スタロウさん、大変ですよ! 芯がヤバイことになってしまって」
「……何だと? それはどういうことだ」
第一回戦で踏ん張りを見せてくれた、芯を任されていた八組の生徒。おしくらまんじゅうのような劣悪な環境のせいで、彼は汗だくとなって完全にへばってしまっていた。
根性と精神を授けた自らの部下に向かって須太郎は意地を見せるよう叱り付けてしまうが、その生徒の方もさすがにもう無理ですと頭をぶんぶん振って交代を要求するのだった。
「……どうする、ケンゴ。ウチの芯が使い物にならなくなった」
「おいおい、今更、どうするって言われてもよ~」
競技開始目前でのこの緊急事態――。拳悟や須太郎のみならず、守備陣全員に視界不良な暗雲が垂れ込める。誰かがやらなければならないが、誰もがやりたくないのもまた現実なのである。
拳悟は合同チームを指揮するだけに、腕組みしながらひたすら困惑するしかない。名乗り出る者もおらず、こうなったら自分が踏ん張ってやるか!とそう言い出そうとした瞬間だった。
「それなら、俺がやってやろう」
貫禄を感じさせる渋みも混じったドスの利いた声。その声の正体に気付いた拳悟は、ハッと背後の方へ顔を振り向かせる。
「ダ、ダン先輩――!」
拳悟たちの前に姿を現したのは、派茶目茶高校を影で牛耳る誇り高き番長組のリーダー碇屋弾その人であった。彼も在籍するクラスは七組であり、このチームに所属している一人でもあるのだ。
学内ではいろいろな意味で有名な番長、神格化された彼が君臨したせいもあってか、あの須太郎も含めて周囲の生徒たちは萎縮するように身を縮こまらせてしまった。
弾は澄ました顔のままで着ていた革ジャンを格好よく脱ぎ捨てる。とはいえ、それを拾っておいてねと配下のノルオとコウタにお願いしていたのは彼の愛嬌だと思ってほしい。
「ダン先輩。芯は過酷な役柄ですけど大丈夫ですか?」
「当たりめーだろ。この俺はな、昔はおふくろの足にしがみついて、お菓子買ってくれってよく駄々をこねたもんだ」
根性だったら誰にも負けないと自信を覗かせて、それをたっぷりと見せ付けてやると豪語した弾。拳悟に根性なしと思われたくない悔しさが彼の衝動をより駆り立てたのかも知れない。
予期もしない番長の飛び入り参加により、七組と八組の合同チームにようやく役者が出揃った。守備陣は棒をガッチリと支えて、攻撃陣は作戦パターンに沿ってそれぞれのポジションへと散っていく。
さて、どちらのチームに勝利の女神が微笑むのか。スターターピストルの破裂音が轟き、いよいよ男同士の熱い闘いの火蓋が切られた。
「おっし、まずはパターンDからスタートだ、いいな!」
攻撃陣でまず先陣を切ったのは、負傷した左足など気にせず疾走していく勝だった。血気盛んな彼に続いて拓郎に地苦夫、そして中羅欧が兵隊を従えて駆け出していった。
その一方、対戦相手の一組と二組の合同チームも精鋭揃いの騎士を先頭にして拳悟や須太郎たち守備陣を崩そうと攻め込んでくる。
両サイドを巧みに使い分けて切り込んでくる敵チーム。それに翻弄されまいと、須太郎は冷静なままに守備陣一人一人に迎撃の命令を下していた。もちろん、その迎撃部隊の一人に拳悟の勇敢な姿もあった。
「棒まで行かせるわけにはいかねーぞ!」
津波のように押し寄せてくる敵チームの生徒を拳悟はパンチやキックを駆使して打ち崩していく。それこそ、喧嘩ならお手の物と言わんばかりに。
そうはいっても、これは喧嘩ではなくあくまでも棒倒し。どんなにバトルに強くても自軍のフラッグを完璧に守り切れるものでもない。
それを証明するように、敵チームは攻撃人数こそ減らされてもずるがしこさと素早い身のこなしを駆使して拳悟たちの迎撃をわずかならもすり抜けていった。
「くそっ、すばしっこいヤツらだな!」
悔しがる拳悟をよそに、迎撃の網を掻い潜った敵チームの生徒たちは棒を支えている守備陣を切り崩していく作戦に出た。
守備陣一人一人が誘い出されたり引っこ抜かれたりして棒を支える人数が減少させられると、当然のことながら、直立不動だった棒がぐらつき始めて不安定となってしまうのは必然。
旗がはためく棒の先っちょが傾斜していく――。それはすなわち、棒を真下から支える芯の役割に大きな負担が掛かるということだ。
「うぐおぉぉ~、いきなりキツクなったじゃねーか!」
棒が左右にグラグラ揺れ出して、腕に半端のない重圧が掛かりうめき声を上げてしまう弾。倒してなるものかと、バランスを取りながら棒の安定維持に努めようとする。
敵チームの想定外の猛撃により支える棒が最大のピンチを迎えたことで、須太郎は守備陣の要として中羅欧を呼び戻したりしながら攻守の配置転換などの指示伝達に追われていた。
同じく守備につく拳悟もチームの士気だけは失わせまいと、張り裂けんばかりの大声を上げて仲間たちの気持ちを鼓舞しようと躍起になっていた。
「おい、おまえら、絶対に棒を倒させるな! 死ぬ気で棒を支えろぉ!」
拳悟の雄たけびのような発破が届いたのか、棒の真下で芯にしがみつく弾は敵の攻撃で揺れ動く振動と必死に闘っていた。
「ぬおおおお~、絶対に、絶対にこの棒を倒させんぞぉぉぉ~!」
目を血走らせて血が滲むほど唇を噛み締める彼は、それこそ駄々っ子と言わんばかりに母親の足よりも太い棒に無我夢中に食らい付いていた。
「よく見てろよ、これが男の中の男、今世紀最強の番長、碇屋弾さまのど根性じゃああ!」
派茶目茶高校の番長の底力ここに見たり――。彼の死ぬ物狂いの踏ん張りにより、一度傾きかけた棒がみるみる元の位置へと戻っていく。
この度肝を抜くほどの圧巻ぶりに、須太郎も拳悟も驚愕のあまり絶句するしかなかった。攻撃を仕掛けていた敵チームすらも動揺と戸惑いをごまかせない様子だった。
まさに一進一退の攻防が展開されている中、勝を筆頭とした攻撃陣はどうしていたかというと、パターンDを継続しながらもフラッグを奪うべく新しいパターンへ移行する段階であった。
「よし、拓郎と地苦夫! そろそろパターンを切り替えるぞ」
「わかった、俺たちが先導するぞ!」
勝の号令に従い、拓郎と地苦夫は兵隊を引き連れて両サイドに散ってトライアングルを形成しようとする。これは、鉄壁の守りを誇る敵チームの守備陣を三方向から切り崩していく作戦だ。
順調に配置に付いていく彼ら騎士たち。パターンが無事に構築されるかに見えたその時、トライアングルの一角を担う勝にアクシデントが発生してしまった。
「な、何だとぉ!?」
これこそが、一筋縄にはいかない敵チームの戦略というやつか。
敵チームが仕掛けてきた作戦とは、左足に負担を掛けられない勝に焦点を絞り集中的に迎撃するという抜け目のないものだった。トライアングルの一角を崩せば、攻撃力そのものを半減できる狙いもあったのだろう。
敵チームから束になって襲われた勝は、もみくちゃにされて地べたへと倒されてしまった。これにより、彼の兵隊もバラバラに乱れて攻撃パターンの機能も停止する羽目となった。
「俺に構わず攻め続けろ! 止まった時点で俺たちの敗北につながる。迷わずに突き進め!」
攻撃メンバーから離脱を余儀なくされても、他の騎士たちに怯むことなく進軍を指示した勝。拓郎と地苦夫は冷静さを欠くも堅守な敵チームの群れの中へ突入していった。――しかし。
自軍の砦を死守すべく守備陣は、それこそ難攻不落の様相。何層にも重なった壁はあまりにも高くて厚く、拓郎と地苦夫の早足をピタリと止めてしまうほどだ。
「ダメだ。このまま突っ込んだら無駄死にするだけだ!」
「おいおい、そんなこと言っても、今更引き下がることもできねーぞ!」
拓郎と地苦夫は敵陣の真ん前で右往左往するしかなかった。自軍の棒が追い込まれている状況、しかも勝という指揮者を失った今、この一刻を争う事態に危機感を募らせる。
彼ら攻撃陣が二の足を踏んでいる頃、須太郎や拳悟が率いる守備陣も棒を倒そうとする敵チームの猛攻に苦戦を強いられていた。
ど根性が自慢である番長の弾とて、これ以上の持久戦となってしまうと体力が尽きてしまうだろう。そのせいだろうか、棒の傾斜が少なからず大きくなってきているのがわかる。
自らのチームのピンチに冷や汗を滲ませる拳悟。その視線の先には、今にも倒れ落ちてしまうかも知れない自軍の棒。そして、身動きが取れなくなってしまって慌てふためく攻撃陣の光景があった。
あれをやるしかない――。彼は須太郎を呼び寄せると、七組と八組の合同チームを引っ張る一人として、使命と責任を果たすべく危険な賭けに出ることをここに決意した。
「……ケンゴ。おまえ、冗談ではなく本気で言っているのか?」
「あたりめーだろ? 勝つにはやるしかねーよ。あの禁断のパターンを」
拳悟は端から覚悟を決めていたのである。攻守ともども煮詰まったら、一発逆転を狙って禁忌なる攻撃パターンAを仕掛けようと。
「……なるほど。だからスグルに攻撃を譲って、俺と同じ守備に回ったというわけか」
須太郎は思わせぶりにニヤリと苦笑する。それはなぜかというと、この禁断のパターンAは彼ら二人でなければ実現できない、言わば七組と八組の合同チームの秘密兵器だったからだ。
チームメイトの決死の覚悟を受け入れた彼は、極秘裏に隠してきた禁断のパターンの決行を容認した。己のチームが危機に瀕している現状を考えれば、それも仕方のない選択と言わざるを得ない。
「……よし、ケンゴ。思い切りやってやる。もし怪我しても俺は責任を取らないからな」
「おうよ。お手柔らかに……って言いたいところだが、そうも言ってられないしな」
その一方で、拓郎たち攻撃陣は前進も後退もできず敵のチームの守備陣に取り囲まれてしまっていた。
リーダーシップを発揮していた勝も敵チームの生徒たちに手足を拘束されてしまい、合流するどころか仲間たちに的確なアドバイスを送ることすら叶わない。
攻撃パターンを形成できない危機的状況、このままでは彼らのチームに優勝という栄誉を掴むことは困難であろう。
忸怩たる思いで唇を噛み締める拓郎。そんな彼の耳に、戦車が走ってくるかのような足音が聞こえてきた。その正体を目の当たりにした途端、彼の口がだらしなく開けっ放しになってしまう。
「――おい、チクオ。あれ、見てみろよ」
地苦夫も思いもしなかったのか、目をパチクリさせて唖然としていた。
彼らが驚くのも無理はない。守備の要であった須太郎がこちらへ駆けてくるばかりか、同じく守備に回っていたはずの拳悟が彼の強靭な両手の上に乗っかっているではないか。
「おいおい、あれってまさか最終兵器のパターンAじゃねーか!?」
それこそ一心不乱、猪突猛進に砂煙を巻き上げながら突っ込んでくる須太郎。目を疑うようなその光景におののき、敵チームの生徒たちはまごまごしながらざわつき出した。
「……行くぞ、ケンゴ!」
「おお! 狙うは、あのたなびく白い旗だ!」
須太郎と拳悟の目にはもう、敵チームが死守している白い旗しか見えていなかった。
守備陣の壁の目の前まで辿り着くなり、須太郎は野獣のような咆哮を発し砂埃が舞う大地を力強く踏みしめる。そして、大きく振りかぶった反動を利用して抱え上げていた拳悟を思い切り投げ飛ばした。
それはまさに弾丸のごとく、直線を描きながら敵陣が支える棒のてっぺんまですっ飛んでいく拳悟。
この瞬間ばかりは味方である拓郎たちも、敵である一組と二組の面々も、もちろん、観戦していた他の生徒や教師たちすらも固唾を飲んで……いや、呆然とした顔でそれを見つめるしかなかった。
「……む、強過ぎたか」
当初のパターンAでは拳悟が敵チームの棒の先っちょ付近にしがみつく予定だったが、須太郎のパワーがあまりにも偉大だったおかげで彼はその勢いのままに棒を通り越してしまいそうになった。
「うおりゃあぁぁ~!」
――それは想像を絶する驚愕の一瞬であった。
拳悟は磨き上げた運動神経を発揮して片手で棒を掴んでスピードを殺すと、体を巧みに捻りながらもう片方の手で白い旗をちゃっかりゲットしたのだ。
「やったぜぃ……と思いきや!?」
――そこまでは良かったが、その代償はあまりにも大きかった。
勝利のフラッグを掴み取ったのはいいが、棒から手がツルッと滑ってしまった拳悟は、またしても体が宙に浮いてしまいそのまま自然落下する運命であった。
彼は敵チームの守備陣の背中を転々とした挙句、痛々しくもグラウンドの上にお尻を強打する形で着地してしまうのだった。
七組と八組の合同チームの奇抜で奇策な作戦による逆転勝利。これには、すべての応援席からどよめきと拍手喝采が巻き起こった。
当然ながら、勝や拓郎、須太郎に地苦夫といったメンバーたちも例外ではない。敵チームの生徒たちが絶句している中、彼らは輪を作って喜びを分かち合っていた。たった一人、英雄とも言うべき戦友をほったらかしたままで。
「ちくしょー、スタロウのやろう。ホントに遠慮なくぶん投げやがって。あー、お尻がいてぇ~」
拳悟の名誉ある負傷こそあったものの、七組と八組それぞれに優勝ポイントが加算されたことにより、二組が総合順位の首位から陥落し七組と八組が一位と二位へと躍り出た。
まさに白熱する派茶目茶高校の体育祭。栄えある総合優勝の行方は、最終種目となる男女混合リレーへと委ねられるのであった。




