第十話― 体育祭シリーズ⑤ ど根性を見せつけろ!棒倒し合戦(1)
体育祭の中休みとなる、それはそれは楽しいお昼の時間。
それぞれの生徒たちがそれぞれの好きな場所に集まり、それぞれが持ち寄ったおいしいお弁当を楽しむ賑やかな時間だ。
二年七組の教室内においても、お腹を空かせた生徒たちがワイワイと集合し談笑しながらの楽しいひと時を満喫していた。その集団の中には、お互いの机を向け合う由美と麻未の二人もいた。
手作りのお弁当を広げる由美、そして学校周辺の弁当屋で買ってきたお弁当を広げる麻未。おかずを取り替えっこしながら二人はガールズトークに花を咲かせていた。
「へー、あたしがトイレにこもってる間に、あの二人仲直りしちゃったんだ」
「うん。例えは失礼だけど、雨降って地固まるって感じ」
彼女たちのもっぱらの話題といったら、体育祭の前半を盛り上げてくれた男同士の熱気溢れる真剣勝負のことであった。
ちなみに、麻未がよくトイレにこもると思われるだろうが、その理由についてはお年頃のレディーなのであえて触れないでおく。
勝が対決を制したことをここで初めて知った麻未は、キョトンとした顔で意外そうな声を漏らした。
「そっかぁ、ケンちゃんが負けたのか。あの人なら意地汚い手を使ってでも勝ちにこだわるかと思ったけどね」
「もう、アサミさん、それはひどいよー。ケンゴさん、最後までとってもがんばったんだよ」
拳悟ばかりを褒め称える由美に、もしかして恋かな?と麻未は口元を緩めて冷やかした。それを真っ向から否定した由美だったが、顔色だけは正直のようで、男性に憧れる乙女を象徴せんばかりに真っ赤に染まっていた。
「それはそれとして、そのヒーロー二人はどこに行ったの?」
キョロキョロと教室内を見渡している麻未。彼女のおぼろげな記憶では休み時間にここへ入った時、拳悟と勝の二人が大盛り弁当をがっつく姿を見掛けていたのだ。
麻未の目線につられて由美も教室の隅々を見渡してみたが、そこには二人の姿はどこにも見当たらなかった。
一度気になってしまうと、わからないままでは気が済まない性格の麻未は、すぐ後ろで握り飯を頬張っている拓郎や勘造といった身近な仲間たちに尋ねてみた。
それについて迷ったりする様子もなく即答する拓郎。どうやら、彼らの所在を把握していたらしい。
「ああ、ヤツらなら、さっさとメシ食って保健室に行ったぞ。何でも、午後の大仕事のためにぐっすり寝てくるんだと」
「ふ~ん、あの人たちらしいね」
呆れ顔で溜め息を零す麻未とクスクスと苦笑してしまう由美。お目当ての当人たちはというと、しっかりと仮眠を取って午後からの競技に向けて英気を養っている最中であった。
* ◇ *
それから数十分ほど経過し、お昼休憩も残りわずかという時刻。ここは喧騒から隔離された校舎一階にある保健室。
先程まで、備え付けのベッドの上でぐっすりと眠っていた拳悟と勝の二人。体力を回復させた彼らは、保健師のご厚意により芳しい香りを醸すブラックコーヒーをご馳走になっていた。
暖かい陽光が差し込むベッドに腰を下ろしたまま、ここにいる三人はちょっぴり大人な雰囲気で優雅なコーヒーブレイクを過ごしていた。
「それにしても、あなた。よくあの左足でがんばったわね。保健の先生としてはちょっと複雑な心境だったわ」
薄化粧の顔で苦笑しながら呆れたような溜め息をつく保健師。それにすぐさま反応してしまった勝は、恥ずかしそうに顔をポリポリと掻いていた。
「何だ、見てたのかよ」
「ええ、もちろん。何せ、急患の生徒がいないと、ほら、おもしろいことがないでしょ?」
やることもなく憂慮な気分だった時、グラウンドの方から割れんばかりの大歓声が轟いたので興味本位でつい見学に行ってしまったと、保健師は悪びれる様子もなくそう打ち明けた。
怪我人がいない方が良い事なのに、それにガッカリしてしまう特異な人物を見て拳悟と勝の二人は顔を向け合い眉根を寄せてしまうのだった。
「まあ、とにかく二人ともよくがんばったわね。わたしも久しぶりに昔ながらの青春ドラマを見させてもらった感じよ」
左足の捻挫や著しい体力の消耗というハンデを背負い、最後まで走り抜いたその度胸、そして男の誇りを賞賛していた保健師。生徒の怪我を治癒する立場ながらも、彼らの諦めない不屈の精神に舌を巻いていたようだ。
激戦を繰り広げたこの男子二人。対決が終わればクラスメイトの親友同士に戻るわけだが、如何せんそれを素直に表現できないところが彼らの思考がまだまだ子供ということであろう。
「まー、今回はおまえに譲ってやったけどさ。あんまり調子に乗るなよ。真の実力じゃ、おまえは俺に到底及ばねーんだからな」
「おめーな、その負け犬の遠吠えは止めろ。素直に負けを認められないのか? 実力じゃ、俺の足元にも及ばないくせしやがって」
静かな保健室の中でポカポカと頭や体を叩き合う彼ら二人に、保健師は穏やかに目を細めてニッコリと微笑むのだった。
コーヒータイムも終わり一息ついた頃、勝は保健師に声を掛けるなり真っ白な包帯を装着した左足を指し示した。
「ところでさ、俺の左足、やっぱり午後の競技にきついかな?」
勝の懸念材料といったらそれしかない。彼はこの後も団体競技のメインとなる棒倒しが控えており、リーダー的支柱として意地でも参加しようと意欲を燃やしているのだ。
負傷した左足にきついぐらいテーピングされてもなお困惑気味な表情を浮かべている彼に、保健師はクスリとさりげなく笑いのらりくらりと曖昧な返答をする。
「痛みは引かないだろうけど、まあ、あなたなら何とかなるんじゃない?」
「いや、あのさ。保健の先生だったら、もう少し明確な解答とかしてくれてもよくね?」
保健師と同様に勝の底知れぬガッツを見抜いている拳悟は、彼の肩をポンポンと叩いて励ますような仕草を見せる。
「そう心配すんなって。棒倒しなんてそれほど全力で走ったりしないんだから。おまえは総合指揮にでも回ってくれよ」
男子全員参加の団体種目である棒倒し。全八組のチームで二組ずつパートナーを組んで、合計四チームによる勝ち抜き戦で行われる。ちなみに七組とコンビを結成するのは、あの須太郎や地苦夫が君臨する八組だ。
もう一つ付け加えるが、この棒倒しの直前に行われる女子全員参加の騎馬戦も、お隣の八組とコンビを組んで挑むことになる。
そんな会話が囁かれていた矢先、室内のドアを小さくノックする音が聞こえてきた。席を立った保健師がドアを開けてみると、入室してきたのは彼らのクラスメイトである由美であった。
「あら、あなたはあの子たちの……」
「すみません、先生。あの、ケンゴさんとスグルくん、来てますか?」
由美は落ち着きのない目線をベッドの方に飛ばしている。すると、彼女の慣れ親しんだ声に気付いた男子たちが白いカーテンからひょっこり顔を覗かせた。
突然の来訪に驚いたのか、目を真ん丸くしている拳悟と勝の二人。それに気付いてホッとしたのも束の間、彼女はここへやってきた理由を大声で知らせる。
「二人とも何してるんですか。もう午後の競技が始まってますよ!」
またまたびっくりしてしまう男子二人。室内の壁掛け時計を見てみると、短針は正午の数字を優に過ぎており午後のプログラムが進行している時刻を告げていた。
それでも彼らは慌てる素振りすら見せない。なぜなら、棒倒しの開始まではまだ余裕だからだ。というわけで、カーテンから首を引っ込めてもう一眠りしちゃおうと口にする彼ら。
「もう、何を言っているですか! ケンゴさんは個人種目があと一つ残ってますよ!」
「個人種目?」
もう一度カーテンから顔を覗かせた拳悟。そんなのあったっけ?と一人不思議そうに首を捻っている。
由美が説明するところ、残る一つの個人種目とは”ここほれワンワン”という悪ふざけのようなネーミングの競技だという。
まず五十メートル地点にある砂場から埋められているカードを掘り出し、そのカードに書かれた番号と一致するアイテムを担いで、さらに五十メートル先のゴールを目指すという、ルールも一風変わった内容とのことだ。
それが頭の中からすっかり抜けていたらしく、彼は鳩が豆鉄砲を食らったように絶句していた。そんな彼を哀れんだ目で見据えるのは、個人種目がすべて終わってホッとしている勝だ。
「いったい何種目出るんだよ。そんな下らん種目、よく選んだもんだな」
「おまえが言うな! みんなの乗る気じゃない種目は、おまえが適当に俺に割り振ったんだろうが」
ここで御託を並べたところで、今となっては後の祭りなわけで……。
由美に急かされた拳悟は、内心渋りながらも保健室を出ていく。お世話になった保健師に暖かく見送られながら。
「せいぜい、がんばってらっしゃい。あ、怪我したら、いつでもここへいらっしゃいね~」
* ◇ *
丁度その頃グラウンドでは、午後の競技開始前の余興と言えなくもない男性教員全員参加による綱引きが行われていた。
若さ溢れる清々しさもなく、苦々しい顔つきのオジサンばかりが唸り声を上げる綱引き。それは見ているだけで暑苦しくて、嫌悪感と不快感ばかりを抱かせてしまいがち。
『おもしろくねー、とっとと終わらせろー!』
あまりのつまらなさに、とうとう各チームの応援席から罵声のごとく野次が飛び始めた。生徒たちにしたら午前中が盛り上がっていただけに、これが余計に不甲斐なく思えたに違いない。
その罵倒を少なからず耳に挟んだのは、綱を引っ張るのに夢中になっているはずの強面でヤクザっぽい顔立ちの反之宮であった。タンクトップの体を汗だらけにした彼は、憤慨するかのごとく怒鳴り声を撒き散らすのだった。
「やかましい、このガキども! 文句言ったヤツは、あとで俺様の鉄拳をお見舞いしてやるから覚悟しておけ!」
反之宮のドスの利いた怒号により、応援席の野次が瞬時に消え去ってしまった。あのヤクザ顔で脅されてしまっては、いくらハチャメチャな生徒たちでも身が竦み上がってしまうといったところか。
そんなことがあろうがなかろうが、オヤジたちの熱戦に目も暮れずに雑談に勤しむ七組チームの応援席。拓郎や勘造といった面々も世間話などで暇潰しをしている最中だった。
「今の順位なら団体競技次第では一位も狙えなくないな。これもみんなアイツらのおかげだな」
「そうッスよね。これもみんな、ケンゴさんとスグルさんの奮闘の成果ってヤツですかね」
拓郎と勘造の二人が感慨深く言ったように、七組チームの大躍進の足がかりとなったのは紛れもなく拳悟と勝のプライドをかけた真剣勝負があってこそのものだろう。
彼らの踏ん張りに刺激されたチームメイトの健闘、さらに努力があったからこそ、ここまでの順位浮上という嬉しい結果に実を結んだと言えなくもなかった。
「それはそうと、張本人たちはまさか、まだ保健室でフケてるのか?」
「みたいッスね。でもさっき、ユミちゃんが探しに行くって……」
そんな話題を話し合っているうちに、校舎の方角から勝と由美の二人が応援席に向かってくる姿が見えてきた。
思ったより顔色もよく痛そうに足を引きずっていない様子の彼を見て、拓郎や勘造たちクラスメイトはホッとしたような安堵の吐息を漏らした。
「おお、スグル。やっとお出ましかよ。ところでケンゴはどうした?」
「アイツなら、次の競技のために集合場所へ行ったぞ」
「おお、そうか。アイツ、これが最後の個人種目だったな」
* ◇ *
クラスメイトたちの話題の渦中だった拳悟はというと、集合場所へ向かう前にトイレに立ち寄りグラウンドへ続く廊下を歩いているところだった。
そこへ彼の背中を呼び止める男性のくぐもった声。それは嫌っていうほど聞き覚えのある、あまり出会いたくない人物の声であった。
拳悟が恐る恐る振り返ってみると、そこには不安的中とばかりに、この学校の悪行の根源と噂される番長組のメンバーたちが堂々と腕組みをしながら立っていた。
「よう、ケンゴ。午前中の活躍、ちょっぴり見させてもらったぜ」
番長組のリーダーである弾は、不敵に笑いながら拳悟の活躍ぶりを賞賛した。彼はお昼休憩までの時間潰しに、血湧き肉踊る生徒たちの奮闘ぶりを観賞していたようだ。
実をいうと、番長たちは三年七組に所属しており拳悟とは同じチームなのであった。
そこでチームの成績に貢献した同志をもてなそうと、拳悟を楽しいお遊び(?)に招待しようとする。しかし、まだ競技が残っている彼はそのご厚意に感謝するも頭を下げて丁重に断るのだった。
「おいおい、待てよ。前半であれだけ気張って後半もまだやるつもりか? どんだけ青春野郎なんだ、おまえってヤツはよ」
呆れるというよりも小バカにするような言い草をする弾に、さすがに後輩といえど、拳悟は少しばかりむかっ腹が立ってしまった。
それでも番長という校内一の猛者を相手に暴言など吐けるわけもなく、できるだけオブラードに包んで彼は思いつくままに嫌味を浴びせてしまう。
「こーみえても俺、体力と根性だけは人一倍ですからね。競技に参加しないでフラフラしてる、どこかの先輩方とは違いますから」
ほくそ笑んだ拳悟を目にした途端、番長たち三人は一様に表情を険しくする。眉をピクリと動かし、威圧するように鋭くした目で彼のことを睨み付けた。
その中でも番長の弾に至っては表情の厳しさが半端ではなく、まさに鬼気迫る形相を呈していた。彼の凄んだ口から漏れてきた言葉とは、少なくともここにいる連中が想定できないものだった。
「ケンゴ。……そのどうしようもないチキン野郎どもの名前を教えろ。この俺様がとっちめてやるからよ」
まったく自分のことと気付かない天然ボケに、足をツルっと滑らせてしまう拳悟、そして仲間のノルオとコウタの二人。
そんなおバカな番長のことはさておき、憤りを露にしたノルオとコウタは涼しい顔をした拳悟のもとへズカズカと詰め寄っていった。
「おい、ケンゴ。てめえ、さっきの台詞、あれはどういう意味だ? どーみても俺らのことだろ?」
「いくら二年で幅利かせているおまえでも、さっきのは、俺ら先輩に対する口の利き方じゃねーな」
拳悟の胸倉に掴み掛かり般若のような顔を近づけるノルオ、さらに拳悟の背後にすかさず回り込んだコウタ。生意気な後輩をこのまま逃がすまいと、不良独自のリンチにも似た包囲網を張った。
一方の拳悟はというと、いくつもの修羅場を乗り越えてきたのか依然と澄ました顔のままだ。先輩方からの謝罪の要求にも、彼は鍛え抜かれた度胸を示さんばかりにそれを拒んだ。
「ほう、謝らない気なんだな。おめぇ、余程覚悟ができてるみてーだな?」
「悪いんですけど、その手を離してもらえませんか? 俺、これから次の種目の集合場所に行かなくちゃいけないから」
聞く耳持たずの拳悟に怒りを覚えて、ノルオは彼のことを思い切り突き飛ばした。すると彼はよろめきながら、背後で待ち構えていたコウタに羽交い絞めにされてしまった。
ノルオはニヤリと口角を吊り上げて、握り締めた拳の骨をポキポキと鳴らし始める。それこそ逆らうヤツへのお仕置き、そう鉄拳制裁をお見舞いしようと言わんばかりに。
こんな危機的状況に陥っても、拳悟は恐れを知らない冷静な顔つきをしていた。それが反対に、番長組二人の逆鱗に触れて苛立ちをより募らせてしまったようだ。
「どうやらおまえは、この派茶高の上下関係ってもんがまだわからねーようだな」
拳を固めたノルオはついに凶行へと走る。身動きができない拳悟の顔面目掛けて、空を切るような渾身のパンチを振りかざした。
――ところがその直後、この緊迫感の最中に、風のごとく突入してくる一つの人影があった。
『ガスッ――!』
校舎の渡り廊下に、顔面直撃の鈍い打撃音が鳴り響いた。
殴られる覚悟で歯を食いしばり、反射的に目を閉じていた拳悟。しかし、彼は痛いはずの頬が痛くないことに気付く。
彼がゆっくりと目を開けてみると、そこには何と、自分自身の身代わりに痛打を受けた、茶色い髪の毛を揺らし渋い革ジャンを着こなした番長の背中があった。
「く~、今のパンチは効いたぜぇ~」
弾は頬を赤く腫らして、ノックダウンするかのように足から崩れていった。
彼が割って入ってきた理由がわからず、口をあんぐり開けて呆然としてしまう拳悟。さらに、意図せずパンチを食らわせたノルオの方も何が何だかさっぱりわからず振り抜いた拳も表情も硬直させるしかなかった。
「……ケンゴ。おめーはさっさと集合場所へ行け」
「え? はい、それじゃあスンマセン、先輩方」
拳悟は頭がちんぷんかんぷんのまま、番長組の包囲網を潜り抜けるとグラウンド方面へ一目散に走り去っていった。
鉄拳制裁を邪魔するどころか、生意気な後輩をみすみす逃がした弾のことが納得できないノルオとコウタの二人。蔑視されたことに腹を立てる彼らは、表情を険しくしながらその真意を問いただした。
「おまえ、どうして逃がしたんだ? とうとう、取り返しが付かないぐらい頭がおかしくなっちまったのか、おい?」
おまえらほどじゃない!と口を尖らせて、ダウンから起き上がるボクサーのようにふら~っとスローモーな動作で立ち上がった弾。廊下の窓を開放するなり、彼は口の中にあった鉄の味がする唾を吐き捨てる。
「バカヤロウ。ここでアイツを殴ったところで、俺らの印象なんて何も変わりゃしねーだろうが」
暴力だけで存在感を誇示することがすべてではない。弾が叱り付けるようにそう諭してもノルオとコウタはやはり釈然としない様子だ。後輩に見下されたままでは黙ってはいられないといったところか。
それならば番長組の底知れぬ実力を形に示したらいいと、弾はたった一人不敵に微笑んだ。
「見せてやろうじゃねーか。いくつもの苦難を乗り越えてきた俺たちのど根性ってヤツをよ」
* ◇ *
ここは次なる競技種目”ここほれワンワン”の集合場所だ。
番長たちの恐るべき制裁から運良く逃れることができた拳悟。背中に冷や汗を滲ませながら、出場選手が集まるこの場所まで何とか辿り着いた。
そこで彼のことを出迎えてくれたのは、一緒に出走する他のチームのライバルたちであった。
「よぉ、傷だらけのヒーローのご登場かよ。相変わらず気張ってるね~」
「ははは、お疲れさまです、ケンゴさん。お手柔らかに」
拳悟に対し気さくに声を掛けてきた生徒、それは運動神経抜群の韋駄天スターこと八組チームの地苦夫、そして流子の腰巾着に甘んじている四組チームのサン坊の二人だった。
「おう、おまえらと一緒かぁ。まあ、よろしくな」
これは今から勝負が楽しみだと、拳悟は余裕の笑みを零してライバル二人と軽やかにハイタッチしていく。
前半戦最後のあのグロッキーさから一変、すっかり生気を取り戻していた彼を前にして地苦夫は半ば呆れたような嘆息を漏らした。
「しかし、おまえの体力は底なしだな。本当に俺たちと同じ人間か?」
「失礼な。人間離れした身体能力を持つおまえに言われたくねーよ」
いつもの嫌味合戦を繰り広げるも、競技というさわやかな闘いに胸を躍らせて心の底から笑いあう仲間たち。これこそが、若者たちの青春が詰まった体育祭の光景というやつだろう。
前半戦を盛り上げたヒーローの登場で、応援席のあちらこちらから歓声が沸き上がる。すっかり優越感に浸っている拳悟は、恥じらいながらも手を振ってそれに応えていた。
それぞれのチームの優勝達成のために、拳悟たち選手はスタートラインに立つ。それから数秒後、スターターピストルの発射とともに意気盛んに駆け出していった。
この競技の最初のポイントは、砂場に隠されたカードを逸早く探し出すこと。まさに宝探しとばかりに、砂場に到着した選手たちが両手をスコップのようにして砂を掘り返していく。
がむしゃらになって砂場でモグラになる選手たち。四方八方に砂が舞い散る中、一番最初にカードを掘り当てたのはトンガリ頭を振り乱している地苦夫だ。それを追従するようにサン坊もしっかりカードをゲットしていた。
宿敵の二人に遅れを取ってしまった拳悟。まだ砂をかく他のチームの選手たちに混じって、彼は焦りと苛立ちの表情で砂遊びに没頭するしかなかった。
さて、この競技の次なるポイントは引き当てたカードの番号に一致するアイテムを担いでゴールすること。地苦夫とサン坊の二人は、カードにある数字とアイテムに貼り付けてる番号を見比べるようににらめっこする。
地苦夫のカードにある”六”という数字、そしてサン坊のカードにある”十二”という数字。それぞれに一致するアイテムを発見した二人はびっくり仰天で思わず声を上擦らせてしまう。
「おいおい、何じゃこりゃあ!? ただのゴミ袋じゃねーの!」
「うそぉ~、こんなでかいドラム缶担げっていうのかよ!?」
アイテムナンバー六番は、空き缶がはち切れんばかりに詰まったゴミ袋、そしてアイテムナンバー十二番は、中身は空っぽだが重量感たっぷりのドラム缶だ。
地苦夫はしかめっ面ながら、ゴミ袋をサンタクロースみたいに背中に背負う。人一倍見た目にこだわる彼にしたら、見栄えの悪いゴミ袋を担がされることは何とも不本意であっただろう。
一方のサン坊はというと、ドラム缶が思いのほか大きくしかも幅もあるためか、どのように持ち上げららいいのかわからずその場で逡巡とするばかりであった。
また、もう一人の拳悟はどうしているかというと、砂場を血眼になって掘り返した末ようやく十五番のカードを手に入れたばかりだった。喜び勇んでアイテムが何かと目を凝らしてみると……?
「……は」
拳悟はカードをはらりと手から零し、自らが担ぐべきアイテムの前で絶句してしまった。
アイテムナンバー十五番とは、時代の流れで風化し色褪せてしまった、派茶目茶高校の創設者の銅像だったのだ。しかもこれ、学校の前庭に普段飾ってあるものだったりする。
「いくら何でも、これシャレにならんだろ? この学校作ったオッサンも面目丸潰れじゃん」
見た目も佇まいも風格すら感じさせる銅像だが、アイテムナンバーをぶら下げていると何だかオークション出品アイテムのように見えなくもない。
銅像の前で頭を悩ましている拳悟に、七組チームの応援席からせっつくような怒号が轟いてきた。その声の主は言うまでもなく、彼に堂々と発破をかけることができる面子であった。
「おい、ケンゴ、何してやがる! さっさとそれを運ばんかい! 意地でもチクオのアホに追いつけ!」
「そうだよ、ケンゴく~ん! そんなんだからスグルくんに負けちゃうんだよ~!」
他人事とばかりに、言いたいことを平気で言ってのける勝とさやかのカップル。しかも、どこかカチンと来る声援も耳に飛び込んで拳悟は憮然とした顔つきを浮かべるしかない。
こんなところで呆然としていても仕方がないのもまた事実。銅像の前でしゃがみ込んだ彼は、血管が浮き出るほど渾身の力を込めて大木を引き抜くようにそれを持ち上げた。
創設者の銅像を抱っこしたまま、彼は一歩一歩大地をへこませつつ地苦夫が先へ行くゴールの方へ歩き出す。存在感以上の重量感のおかげで、走るなんてとんでもない話であった。
彼がゴールへ向かう途中、ドラム缶を背中に乗せたまま、しゃがみ込んだ姿勢を起こすことができない哀れなサン坊とすれ違った。
「よう、サン坊、どうした? ここでギブアップか? 男らしくねーぞ」
「こんな重たいもん、持ち上げろってムチャクチャだも~ん!」
「ドラム缶なんざ、どーってことねーだろ? ガッツ出せよ」
四組の軟弱者など置き去りにして、拳悟はのそのそと重たい足つきで先頭を歩く八組のナルシストの背中を追い掛けていく。
並々ならぬ根性と底力を見せ付ける七組の青春野郎。どんどん歩くペースを上げていき、一位との距離もわずかながらに詰まっていった。
「やばっ、ケンゴのやろう、もう追い付いてきやがった」
空き缶のゴミ袋を背負って逃げる地苦夫。創設者の銅像を抱きかかえて追う拳悟。残りわずかの距離を争ったこの二人だが、さすがにアイテムの重量の差だろうか、その順位は最後まで入れ替わることはなかった。
ゴールに辿り着いた拳悟と地苦夫はお互いの健闘を称え合うものの、こんなバカげた競技を真剣に争ったことに息を切らせながら愚痴を零すしかなかった。
「はぁ~、創設者の銅像なんか持ち出して何考えてやがるんだよ、ここの学校関係者どもは」
「まったくだぜ……。いくら自由奔放とはいえ、この学校の未来が不安になっちまうよな」
この結果、一位を手に入れた八組チームが総合三位まで上昇し、二位に甘んじた七組チームは総合二位という順位。これにより、首位の二組チームを二位の七組チームと三位の八組チームが追い掛ける構図となった。
このような総合順位となり、体育祭はいよいよ後半戦最大の見せ場となる団体戦の女子全員参加の騎馬戦、そして男子全員参加の棒倒しへと続いていくのだった。
* ◇ *
派茶目茶高校の体育祭の後半戦、どの種目も前半戦に負けず劣らず若さ溢れる熱き闘いが繰り広げられていた。
応援席から割れんばかりの声援がこだまする中、ただいま団体種目の火蓋を切るべく女子が参加する騎馬戦が行われようとしていた。
騎馬戦について今更解説するまでもないが、念のため。
女子が全員参加する騎馬戦は、二組ずつがチームを組んで計四グループの勝ち抜き戦で争うことになる。
この騎馬戦の主なルールだが、同じチームの四人が一つの騎馬を組んで騎乗するリーダーが赤白帽子をかぶる。その帽子を奪われるか、もしくは騎馬を崩されたら脱落というお馴染みのものである。
一般的には奪い合うものは鉢巻が多いらしいが、この学校では女子の髪の毛の長さを考慮し比較的ダメージの少ない帽子を選択したとのこと。
赤色の帽子を深々とかぶり、不安げな表情を浮かべている女子が一人。その女の子こそ、ヒロインという立場柄、半ば強引にリーダーにさせられてしまった七組チームの麗しきマドンナである由美だった。
いくら全員参加とはいえ、弱肉強食を絵に描いたような争奪戦が苦手な彼女にしたら、騎馬戦みたいな種目はできる限り遠慮したいところだろう。
生き延びる知恵を得ようとする彼女は、同じく騎馬の上で得意げな顔をしているクラスメイトの麻未に藁にもすがる思いでアドバイスなどを相談していたわけだが……。
「ああ、そんなの簡単よ。やられる前にやっちゃえばいいのよ」
「……あの、アサミさん。それ間違ってないとは思うんだけど、ちょっとニュアンスが違うような気が」
どうか狙われませんようにと、両手を合わせてそう切願する由美のことなどお構いなしに、対決の開始を告げるスターターピストルが青空に向けて発射される。
まず第一回戦、彼女が属する七組と八組の合同チームは三組と四組の合同チームと雌雄を決することになった。
両チームの騎馬が思いのままに散らばっていく。怪我も恐れずに帽子を奪い合う者、激しくぶつかり合い騎馬を崩そうとする者、男勝りの彼女たちの行動はとても壮絶で圧巻だ。
そんな争奪戦についていくことができず、由美を乗せた騎馬は戸惑うばかりで右往左往してしまう。それでも動かなければ狙われてしまう危険性もあり、彼女たちは極力目立たないように足を動かしていた。
そうしている最中、彼女の騎馬に狙いを定めて獣のように目を光らせる敵チームの女子がいた。騎馬に堂々とまたがり、白色の帽子を頭に乗せた四組の要注意人物と噂される流子であった。
「ユミ、覚悟しなさい!」
「――えっ!?」
ウサギに襲い掛かるオオカミのごとく、由美が騎乗する騎馬へ攻め込んできた流子。その怒涛なる勢いからして、帽子を奪うのではなく騎馬破壊を目論んでいるようにも見える。
流子のカンフーで鍛えた魔の手が振り掛かろうとした、その瞬間――!
『キャァァ~~!!』
騎馬役のチームメイトすら耳を塞ぎたくなるような、由美の甲高い悲鳴が周囲を駆け巡った。それに度肝を抜かれて、流子を乗せた騎馬は慌てて急ブレーキを掛けてしまう。
この隙に乗じて、由美は騎馬を走らせてそこからドロンと逃げ失せることに成功した。そしてそこには、悔しがる流子のわめき声だけが響くのだった。
「ユミ! あんた、ズルイわよぉ~!」
こんな感じで由美は自分なりの処世術を生かして、競技終了のピストルの音をその耳にするまで敵チームのしつこい猛追から逃げ切ることができた。
騎馬の残数を集計した結果、決勝戦に駒を進めたのは彼女が属する七組と八組の合同チームであった。
勝ち上がったのも束の間、彼女たちは休む間もなくそのまま決勝戦へと突入する。決勝戦の相手とは、すでに先勝していた一組と二組の合同チームだ。
同じチームの女子たちの活躍を、気分を高揚させながら応援していた七組の男子たち。決勝戦進出の功績を心から称えるも、彼らの表情にはにわかに不安の二文字も浮かんでいた。
「一組と二組のチーム、機動力も瞬発力もなかなかのもんだから、この決勝戦は逃げてばかりじゃ勝てねーな」
「でもここで負けちまったら二組チームを追い越すことが難しくなる。女子には気合で踏ん張ってもらわないとな」
勝と拓郎の二人が懸念を示した通り、巧みな連携プレーで第一回戦を圧勝したという一組と二組の合同チーム。由美や麻未たち七組メンバーにとって、かなりの苦戦を強いられる相手であることに間違いなさそうだ。
一筋縄にはいかないであろう雰囲気は、当事者である由美や麻未もそれとなく感じているところだった。彼女たちは険しい顔を見合わせて、脱落しないまま再会しようとこの場で誓い合った。
スターターピストルが空を裂き、女子騎馬戦の決勝戦の幕が開けた。それに弾かれるように一斉に駆け出していく両チームの騎馬たち。
帽子や落馬で競い合う両チームが混戦する中、由美が率いる騎馬は先ほどと同様に、リタイヤだけはどうにか回避しようとできる限り目立たないように努めていた。
ところが強豪と言われるチームほど、控え目な騎馬がより目に入ってしまうものなのだろうか。
「ねぇ、聞いて。次のターゲットはあの騎馬よ」
「オッケー。それじゃあ、他の騎馬を集合させるわ」
ここで密談するは一組と二組の合同チームの面々。彼女たちは目配せで合図しながら、目星を付けた獲物をじりじりと追い込もうとする。もちろんその獲物とは、守勢に徹しながら騎馬を走らせる由美であった。
由美が騎乗する騎馬に向かって、猛ダッシュで切り込んでいく騎馬が一組。
それに追い掛けられる形で、後ずさりしながら後退せざるを得ない彼女。ところが、彼女を乗せた騎馬の背後には数組の敵チームの騎馬が横並びの壁を築き上げていた。
逃げ場を失ってしまい、彼女は青ざめた表情でしどろもどろになる。そこへ敵チームの騎馬が不敵な笑みを浮かべて容赦なく近づいてくる。
「ふふふ、さぁ、七組のカワイコちゃん。覚悟しなさい」
由美のかぶっている赤色の帽子が、ついに敵チームの女子の手により奪い取られてしまう――と思いきや!
『ドッシ~ン!』
「きゃあぁぁ~!?」
反射的に目を瞑っていた由美の耳に聞こえてきた衝突音。そして悲鳴のような大きなわめき声。
恐る恐る目を開けてみると、そこには襲い掛かってきた敵チームの崩れ落ちた騎馬の残骸だけが空しく転がっていた。そのなれの果ては、リタイア以外の何物でもなかった。
「ユミちゃん、助太刀に来たわよ~ん」
ウインク一つして色っぽい声を上げたのは、赤色の帽子をちょこんと頭に乗せている由美のクラスメイトである麻未だ。先程の衝突音は、どうやら彼女が率いる騎馬の突進攻撃だったようだ。
チームメイトの心強い加勢に由美は安堵の笑みを浮かべていたが、壁を築いていた敵チームの騎馬たちが黙ってはいない。
敵討ちだと言わんばかりに、敵チームの騎馬の一組が後ろ向きの麻未へ攻撃を仕掛けた。それに気付いた由美が警告を発するも、あまりの至近距離のせいか逃げるも避けるも間に合いそうになかった。
一触即発を告げる事態に、麻未本人もさすがにヤバイと思った直後だった。
そこへ韋駄天のごとくハイスピードで駆け付けた、赤い帽子をかぶった女子を乗せた騎馬――。その女子は何と、麻未に襲い掛かる敵チームの白い帽子を慣れた手つきでかっさらってしまったのだ。
目にも留まらぬその早業に、敵チームの女子は頭に手を宛てて口をあんぐり開けたまま呆気に取られてしまっている。
白い帽子を人差し指でくるくる回している女子こそ、麻未の悪友であり親友でもある合同チームの八組に籍を置くヒロであった。
「ひゃっほー、これで白い帽子を五つゲットしちゃったわ~」
「あー、ヒロ。こういう時を狙って帽子ゲットしてるわね。いやらしい性格だわ、あんた」
「あらら、助けてあげたのにな~にその態度。ひがんでばかりいると早くオバサンになっちゃうわよ」
こんな感じで緊張感がまるでない女子二人。敵チームは怯みつつも攻撃姿勢で対抗しようとしたが、ヒロが引き連れてきた八組の軍勢によりみすみす敗走する羽目となってしまうのだった。
ヒロが率いる八組の騎馬連合の活躍で、強豪の一組と二組の合同チームの騎馬はことごとく崩れ去っていった。そしてそのまま競技終了のピストルの音が鳴り響き、由美や麻未たちも最後までリタイアすることはなかった。
こうして女子騎馬戦の決勝戦は、息の合ったコンビネーションを如何なくお披露目した七組と八組の合同チームの勝利と相成ったわけである。
勝利という栄誉、さらにチーム順位のアップを実現させる成果に七組チームの男子一同は大喜びだ。大いなる拍手喝采で盛り上がり、女子たちの活躍奮闘ぶりを褒めちぎっていた。
それはもちろん、コンビを組んだ八組の男子たちも同様であった。ここでの勝利と順位上昇は、彼らにとっても嬉々とするきっかけになったのは承知のことであろう。
「……見事な勝利だった。これで、この後の棒倒しに弾みがつく」
「そういうこったな。つーわけで、棒倒しの作戦会議でも始めようかね」
ほくそ笑みながら七組の応援席までやってきた面々こそ、計り知れない実力でチームを引っ張る須太郎をメインとした八組のお馴染みのトリオだ。
「おお、おまえらか。よし、そんじゃあミーティングでも始めるか」
彼らを迎え入れた七組チームのリーダーである勝は、他の男子連中に命令を出してミーティングスペースとなる椅子を準備させる。
さらに傍にいた拓郎に声を掛けて、作戦会議の参加者となる拳悟や後輩の丹三郎を連れてくるよう指示を出した。この迅速な行動からもリーダーシップの手際よさが垣間見れる。
それから数分ほど経過して、怪我もなく騎馬戦を終えた由美と麻未が応援席まで戻ってきた。そんな彼女たちの目に留まったものは、椅子をリング状に並べて集まっている男子諸君の姿であろう。
「あれ、ケンゴさんとかスグルくん、何してるのかな? 八組のスタロウさんたちもいるみたいだけど」
「あれはね、次の棒倒しの作戦会議よ。ほら、棒倒しも騎馬戦と一緒で七組と八組の合同チームだから」
棒倒しという競技にピンと来ない由美は、作戦会議なる物々しい雰囲気に首を捻っていた。これまで男子専門の競技に関心を示さなかった彼女だけに、それも致し方のない話なのかも知れない。
さてさて、その作戦会議ではいったいどのようなことを打ち合わせているのだろうか……?
棒倒しという競技は、相手チームの旗を奪取する攻撃陣と自軍の旗を守るべく守備陣に分かれる。この会議では拳悟を議長として、攻守の役割決めの他にも攻撃陣の戦闘パターンなるものも協議していた。
「それじゃあ、もう一回確認するぞ。攻撃陣は俺とタクロウ、で、チクオとチュンの四人。守備陣がスグルとスタロウとタンザブロウだな」
本来であれば戦闘能力の高い勝が攻撃に回るべきなのだが、完治していない左足の具合のこともあり、まず第一回戦はこの布陣で臨むことになった。とはいえ、強がりな彼だけにその決断に釈然としてはいなかったが。
ここで補足するが、ここにいるメンバーだけが競技に参加するわけではなく、彼らが他の生徒を引き連れて小さいグループのリーダーとなってそれぞれの配置に付く、というわけだ。
もう一つだけ付け加えるが、グループのリーダーを任される彼らを騎士と呼び、リーダーに従う男子生徒たちを兵隊と呼んでいる。
「それはそうと、棒を支える芯はどうすんだ? どっちの組から選ぶよ?」
顔をクルクルと左右に回して質問の回答を迫る議長の拳悟。
ここで言う”芯”とは自軍の棒を真下から抱きかかえる、いわば一番苦痛を味わい一番根性を要求されるポジションのこと。芯の役目を背負う生徒が粘り強くなければチームの勝利もありえないということになる。
しばらく悩んだ挙句、ここは任せてくれと頷いたのは頭に巻いたバンダナをなびかせる八組の隊長的存在の須太郎だった。
「……まず第一回戦は、八組の兵隊から選ぼう。日頃から俺が徹底的に鍛えているヤツが数人いる」
「ああ、頼むわ。おまえに鍛えられてるヤツなら根性ありそうだしな」
鬼軍曹のような風貌の須太郎を見たら、拳悟を含めて他の参加者もうんうんと頷くしかなく誰一人反論する意思を示さなかった。
「よし、攻撃陣はよく聞けよ。まず第一回戦は攻撃パターンBで行くからな。兵隊たちにしっかり伝えておけよ」
議長である拳悟の会議終了の合図により、棒倒し第一回戦における闘魂注入と戦闘準備が整った。




