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第八話― 体育祭シリーズ③ コンビプレーで対決!二人三脚(1)

 派茶目茶高校のお楽しみイベントである体育祭。さまざまなドタバタ劇を繰り広げながらも、例年にないほど異様な盛り上がりを見せていた。

 盛り上がりの要因の一つ、それは何を隠そう、二年七組のライバル同士である拳悟と勝が些細なことで対立し男の威信をかけた対決に発展したことであろう。

 合計十種目もの競技に出場しなければならず体力的に不利な立場である拳悟。それに引き換え、左足を挫くというハンデを背負っている勝。現在のところ、一種目が終わった時点で引き分けという情勢であった。

 ここは七組チームの応援席。意地でも負けられないと奮起する勝だが、負傷した左足の状態が思いのほか芳しくない。裸足の左足首を冷やしつつ、彼は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「おい、スグル。その足、かなり腫れ上がってきてるじゃないか。まだ勝負を続ける気なのか?」

「当ったりめーだろ! どんなことがあっても逃げるわけにはいかねぇよ。俺は絶対に勝つ!」

 捻挫した左足を案じるクラスメイトの拓郎。しかし、当の本人の勝は心配ないの一点張りでそれをあしらうように一蹴してしまう。

 心配しているのは拓郎だけではない。勝のことを慕うさやかや他のクラスメイトたちも同様である。その中でも一番不安そうな顔つきをしていたのは、対決にこだわる彼に懸念を抱いている由美であった。

「スグルくん。無茶しないで保健室で診てもらった方がいいですよ。このままだと、ますます悪化しちゃうかも知れないし」

「いや、ユミちゃんの言うこともわからなくないが、保健室なんかに行ったらその場で棄権を宣告され兼ねないよ」

「だけど、このまま無理したら本当に取り返しが付かなくなってしまいますよ。お願い、診てもらうだけでも」

 由美は頭を下げてまで一生懸命に懇願した。そんな献身的な彼女を後押しするように、さやかと拓郎も一緒になって診療を勧めるのだった。

「ユミさんの言う通りだよ。スグルくん、保健室に行こうよ!」

「スグル、意地を張るな。俺が肩を貸してやるから保健室に行こうぜ」

 かけがえのない仲間たちにそこまで諭されては、頑固者で名を馳せる勝でもショートウルフの髪を下に垂らすしかなかった。彼は絶対に棄権をしない条件で、拓郎や由美たちに連れられて校舎の方へと歩いていった。


* ◇ *

 一方その頃、対決の相手である拳悟はどこにいたかというと……。

 彼はとある人物に校内放送で呼び出されて、校舎のてっぺんにある屋上まで足を運んでいた。

 学校中のスピーカーから大々的に放送された挙句、わざわざここまで来てみたら会いたくなかった先輩方が待っていた。彼らはタバコをプカプカとふかし、灰皿代わりの空き缶に灰を落としている。

「よぉ、ケンゴ。よく来たな」

「誰かと思ったらダン先輩たちかぁ。校内放送で呼び出さんでくださいよ。先生に怒鳴られると思って耳栓してきちゃいましたよ」

 拳悟のことを待ち構えていたのは、この学校で番長風を吹かせている碇屋弾とおまけのノルオとコウタの二人組であった。

 彼らは典型的な不良らしく、屋上の片隅でウンコ座りしながらにやける口から紫煙を吐き出している。それは、本日の快晴に似合わないぐらい淀んでいてみすぼらしい姿だった。

 立ち話も何だからと、弾は拳悟に手招きしながら向かい側にしゃがむよう促した。

「まあ、タバコでも一本どうだ?」

「すんません、俺はそっち系は一切ノーサンキュウなんで」

 拳悟はタバコの誘いを丁重にお断りした。彼はまだ十八歳。もちろんタバコを吸ってはいけない年齢。彼だけではなく、未成年の読者も決して喫煙などしないように。

 それでは失礼しますとばかりに、番長たちの真ん前で体育座りを決め込んだ拳悟。

「それはそうと、俺をこんなところへ呼び出して何か用事でもあったんですか?」

「おう、用と言うのは他でもねぇ。ノル、例の写真を寄こせ」

 ノルオから一枚の写真を受け取った弾は、息を吹きかけて丁寧に腕で拭ってから拳悟に見せ付けるようにそれを突き出した。

 いったい何だろう?と、拳悟は前のめりになって写真を覗き込んでみる。そこに写っていたかわいらしい女性を見た途端、彼はドキッと鼓動を大きく振動させてしまった。

 その写真の被写体とは拳悟のクラスメイトであり、お友達として交流を深めている二年七組のマドンナである由美だったのだ。

 さらに拳悟を驚かせたのは、由美の表情がまるで幽霊にでも遭遇したかのように恐怖に怯えていたことだ。これはどうみても撮影許可を得た写真とは思えない。

「まさか、知らないわけはねーよな? 何たっておまえは、このお嬢ちゃんに会ったことがあるんだからな」

 卑しそうにほくそ笑んで、拳悟のことを鋭い眼光で睨んでいる弾。その凍てつくような淀んだ目つきに、拳悟は緊張度が高まりおのずと身の毛がよだってしまう。

「も、もちろん知ってますよ。それより、それどうやって入手したんです?」

「ついこの前、駅の近くでバッタリ再会してな。隙を突いてノルのヤツがインスタントカメラでパチリとな」

「はぁ……。つまりは、盗み撮りというわけですね」

 呆れた声を漏らした拳悟が写真へ手を伸ばそうとした瞬間、触らせてなるものかと弾は駄々っ子のような仕草でそれを後ろに隠してしまった。

「ダメっ、これは俺の宝物なの! 誰にも上げないからな!」

 由美は不幸にも、弾という蛇のようにしつこい男に惚れられてしまっていた。最初の出会いの時は拳悟もその場に居合わせていたが、まさか再会していたことまでは同じクラスの彼でも知るところではなかった。

 愛しいフォトジェニックに弾は恍惚とした表情で魅入っている。何とその直後、彼は何を思ったのか、いきなり写真に頬ずりやらキスやらとんでもない真似事を始めてしまった。

 この虫唾が走るような光景を目の当たりにして、拳悟のみならずノルオとコウタの二人もさすがに見過ごすことができなかったようだ。

「やめろ、ダン! いくら何でも気色悪いわ、ボケ!」

「頼むから、これ以上脳が疑われるマネはやめてくれ」

 仲間たちからの失礼極まりない発言に、憮然としながら赤らんだ頬をぷくっと膨らませる変態番長。

「うるせーな。俺のピュアな愛情表現にケチ付けるんじゃねーよ」

 そのあまりの醜態ぶりに、拳悟は二の句が継げずにただ呆然とするしかない。そして、この屋上へ呼び出されたことに不吉な胸騒ぎを抱かずにはいられなかった。

「そこで、ケンゴ。おまえに聞きたいことがある」

 弾の鈍く光る凄んだ眼差しが突き刺さり、心音がバクッと脈打ち全身が縮み上がってしまう拳悟。

「このお嬢ちゃんがどこにいるのか、教えてもらおうか」

「え――?」


* ◇ *

 ここは校舎の一階にある、静寂の中にひっそりと佇む保健室。

 いつもだったら生徒たちから仮病のオアシスとして人気があるここも、体育祭が行われている今日ばかりは来訪してくる生徒はほとんど皆無といっていい。

 白を基調とした内装に取り囲まれた、ちょっぴり薬品くさいこの保健室まで痛めた左足の診察のためにやってきた勝たち一行。

 やはり寂しかったのだろう、常駐している女性保健師は待ち望んでいたかのごとく訪問者たちのことをウキウキしながら招き入れてくれた。

 ふんわりパーマのボブカットで、清潔感のある薄めの化粧が印象的なその保健師。勝を椅子に座らせた彼女は、腕まくりしてから専門家っぽい手つきで診察を始める。

「あらあら、これは捻挫しちゃってるわね」

 保健師の診察結果は予想通りのものだった。わかってはいたものの、勝はその結果に苦渋の表情を浮かべる。

「なぁ、先生。俺はこの後の競技に出られるか、それだけ教えてくれ」

「出ようと思えば出られるんじゃない? でも、痛くて痛くてたまらないと思うけど?」

 拓郎からどうする?と問われても、勝はあくまでも強行出場にこだわる。

 苦痛など関係ない、棄権を通告されない限り勝負を続けるまで。それこそが、彼の折り曲げない信念であり誇り高きプライドでもあった。

 拳悟との対決姿勢を崩さない勝にどうにも釈然としない様子の由美。保健師に詰め寄るなり、できれば棄権を宣告してほしい本音を覗かせてしまう。

「先生。本当に競技を続けて大丈夫なんですか? 無理して、さらに悪化しちゃったら大変なことになりませんか?」

「大丈夫とは言ってないわ。出ようと思えば出られると言ったのよ。でもその足じゃあ、無理は禁物でしょうね」

 怪我の程度は診察できてもやる気といった心理面の面倒までは見れないと、保健師は少しばかり無責任な態度で苦笑する。彼女から言わせれば、やるもやらないも本人の気持ち次第というわけだ。

 いくらドクターストップではないにしろ悪化してからでは取り返しがつかない。勝に自制するよう促した由美とさやかだが、彼は頭を横に振るばかりで男が一度決心したことを覆そうとはしなかった。

 とことん拒み続ける頑固者に、保健師は眉をひそめて険しい表情を向ける。

「どうしてそこまでこだわるのよ? 無理強いすることと男らしさは、決して比例するものじゃないわ」

「男らしさにこだわってるわけじゃねーよ。……でも男にはな、負けられない闘いってヤツがあるんだ」

 勝は歯を食いしばりキッパリと胸中を吐き出した。ただの負けず嫌いとは違うその執着心に、保健師はすっかりお手上げなのか溜め息交じりで微笑するしかなかった。

 真っ白い空間の中で沈黙の時間が訪れる。拓郎もさやかも、勝のことを踏み止まらせる術を持ち合わせてはいない。しかし、由美一人だけはどうしても諦めることができなかった。

(……こうなったら、ケンゴさんにお願いするしかない)


* ◇ *

「おい、どこにいるのか知ってるんだろ? 早く教えろ」

「し、知らないですよ。彼女に会ったのも、あれっきりだし」

 校舎の屋上では、緊迫感さながら弾と拳悟が顔を突き合わせていた。

 まさか同じ学校にいるとは思いも寄らず、弾は愛おしい由美の居場所を執拗に問いただす。拳悟は迫り来る威圧感に怯みつつも、クラスメイトを救うため必死にごまかそうとしていた。

 それでも弾は信じられないのか、さらに苛立ちを募らせてスッポンのごとくしつこく問いただしてくる。それは拳悟という人物が女子の扱いに長けており、カワイコちゃんに目がないことを知っているからだ。

「てめぇ、嘘付いたらどうなるかわかってんだろうなぁ? 市中引き回しの上、打ち首獄門じゃ済まねーぞ!」

「ホントですって! しかも、そんな物騒なお仕置きは勘弁してくださいよ」

 長らく続いた尋問もどうにかバレることなく終了した。内心ホッと胸を撫で下ろす拳悟。その一方、ガックリと無力感に肩を落としてしまう弾。この二人の感情の落差は相当なものだ。

 弾は呆けたまま新しいタバコを口にくわえる。そして火を点し、空しさを含んだ紫煙を上空の澄み切った青空目掛けて吹き飛ばした。

 こんな時こそ、慰めたり励ましたりするのが友人であろう。ノルオとコウタの二人はそういった期待をしっかりと裏切り、へこんでいる番長にここぞとばかりにお灸を据える。

「おいダン。所詮は夢の中の話だったんだ。悪い夢を見ていたと思って彼女のことはもう諦めろ」

「そういうこった。それに彼女に出会ったところでおまえのことなんて相手にしちゃくれないさ」

 くわえていたタバコを二人に向かって投げ付けるなり、弾はじたばたと暴れて狂乱し始める。絶対に見つけ出して絶対に求婚してやるとまで言い放ち、彼は子供のように駄々をこねるのだった。

「おい、ケンゴ。あのお嬢ちゃんを見つけたら真っ先に俺に知らせろよ!」

 ノースリーブの胸倉を掴まれて、怒気をはらんだ声で一気に捲くし立てられた拳悟。わがままな番長をこれ以上怒らせると始末が悪いので、彼はコクンコクンと頷いて成すがままに従うしかなかった。

「おお、俺の愛しい女神よ。キミはいずこに~」

 弾は隠し撮りした写真を眺めて、想い焦がれる女子生徒との再会を願い淀んだ瞳をうるうると潤ませている。それを傍で見ていた拳悟は、思わず余計な一言をポツリと漏らしてしまう。

「……さすがに彼女もいい迷惑だろうな」

「ケンゴ、てめぇ、今何か言ったか!?」

「あ、いえ、きっとダン先輩の空耳かと思われますです、はい!」

 そうこうしているうちに時間は流れて、拳悟にとって四つ目の参加種目である二人三脚のスタートが刻一刻と迫っていた。

「……あの~、用事が済んだのなら、俺はグラウンドへ戻ってもよろしいでしょうか?」

「おお、もういいぞ。また用事があったら放送室を占拠して呼び出してやるからな」

「そんなことばかりしてると、内申に響いて卒業が遠のきますよ?」

 この学校を陰で牛耳る先輩方からやっと開放されて、拳悟は表情を緩めて安堵の吐息を漏らした。とはいえ、由美が標的であり続ける限りそれもひと時の休息と言えなくもない彼であった。

 彼は屋上を後にしてから、校舎内の階段を小走りで駆け下りていく。丁度二年生の教室のあるフロアまで辿り着いた時、視力一・五の視界の中に見覚えのある女子生徒の姿が映り込んだ。

 長い黒髪を紫色のリボンで結い、薄緑色の体操着に身を包んだその女子生徒は、キョロキョロと辺りを見渡して誰かを探している様子だった。

「ユミちゃん。こんなところで何してんの?」

「あ、ケンゴさん! 探していたんですよ」

 拳悟の存在に気付いた途端、由美は息せき切ってすぐさま駆け寄ってくる。彼のことを血眼になって捜索していただけに、彼女の心拍数もバクバクと早くなっていた。

 慌てている彼女にその真意を問いかける彼。すると彼女は乱れた呼吸を整えつつ、彼を探していた理由を包み隠さず打ち明ける。

「ケンゴさん、お願いです。どうか、スグルくんとの対決をやめてください!」

 由美は他人事ながらも悲痛な表情で訴える。親友同士がいがみ合っている場合ではない。今すぐにでも対決に終止符を打ち、チーム一丸となって順位を上げていこう。それこそが、彼女の胸の中にある切なる願いであった。

「スグルくんは左足を捻挫していて、このまま競技を続けたら大変なことになってしまうかも知れないんです。だから、ケンゴさんの方から対決をやめるようスグルくんを説得してください!」

 拳悟は困惑めいた表情で押し黙ってしまう。由美の胸のうちも間違ってはおらず、彼とて苦痛を押してまで勝負に執着する理由などどこにもないのだ。

 それを承知している彼も、やはり勝と同じく首を横に振るだけだ。それはどうしてか?勝負を仕掛けられた以上、自分から退くことができないという誇りある男の生き様が心の中に根付いているのだ。

「アイツがやめると言わない限り、俺の方から逃げるわけにはいかない」

「そ、そんな――」

 由美は失意のあまり、沈んだ表情を下に俯かせてしまう。そこまでしてプライドを誇示する二人の真意が彼女にはまったく理解できなかった。

 ふとその時、彼女の脳裏に過去の記憶が過ぎった。それは転校してきて早々に起きた、矢釜川の河川敷での拳悟とのやり取りだった。

 どんなろくでなしでも、どんなに落ちこぼれても、自分たちにしかできない生き様があるのだと、凛々しくそう主張した彼の勇ましい姿を――。

 彼女が感慨深げにそれを振り返ると、気取り屋の拳悟でもさすがに照れくさかったのか、恥ずかしそうに髪の毛をボリボリと掻いていた。

「ははは、まだ憶えてたんだね。これはまた、お恥ずかしい」

「もちろんです。わたし、あの時ケンゴさんに会っていなかったら、きっと、この学校にはいなかったかも知れないし」

 ほんのり感傷的になり、惹かれ合うように視線を合わせる拳悟と由美。何となくいい雰囲気に包まれたその瞬間、それを邪魔するように校内アナウンスが雑音とともに響き渡る。

『まもなく、二年生による二人三脚の開始となります。参加する生徒はスタート地点まで集合してください』

 放送を耳にした拳悟も由美も我に返ったように目を見開いた。それもそのはずで、二人三脚はこの二人にとってコンビを組んで出場しなければいけない大切な種目だからだ。

「ユミちゃん。俺たちの出番だ、急ごう」

「は、はい」

 拳悟と由美の二人は駆け足で二人三脚の集合場所へと急いだ。その向かうスタート地点こそ、拳悟と勝の対決の第二ラウンドの舞台でもあった。

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