第五話― 体育祭をみんなで盛り上げよう
季節は瞬く間に六月となり、学校行事では体育祭の時期がやってきた。
私立派茶目茶高等学校でもそれは例外ではなく、ここ二年七組の教室では本日、その体育祭に関する話し合いが行われようとしていた。
担任である斎条寺静加は凛々しいスーツ姿で教壇に立ち、騒がしい生徒たちに静粛にするよう注意を促してから本日の議題について触れる。
「今日のロングホームルームは、もうじき行われる体育祭について話し合ってもらいます。では司会進行役は、クラス委員長のスグルくんと副委員長のアサミさんにお願いするわ」
クラス委員の二人に進行を任せた静加は、無責任にも寝不足だからあとはよろしくと教室の隅っこの椅子に座って休憩に入ってしまった。この自由きままなクラスに放任主義の教師あり、といったところか。
そんなわけで、ホームルームの司会を一任された任対勝はその任務を遂行すべく体育祭の細部などを発表していく。
「もう知ってると思うけど、全学年の七組によるチーム編成になるわけだが、みんなお楽しみの、そのチーム名は……」
チーム編成の概要を前置きしてから、勝は期待を持たせるような口振りでこのほど決まった七組の合同チーム名称を公表する。
「……スーパーウルトラ、グレートパワー、ワンダフルファイターズとのことだ」
その長ったらしくてあまりにもダサいネーミングセンスに、七組の生徒一同は椅子からスルっと滑り落ちてしまう。
その舌を噛みそうな名称に悪態付くのは、冷めた目つきをしている二年七組の兄貴的存在の勇希拳悟であった。彼は首に巻いた白地のネクタイをいかにも暑苦しそうに緩めている。
「何考えてんだよ。思いつくだけの強そうな言葉くっつけただけじゃねーか」
「うるせーな。三年のアホどもが決めたんだ。俺に文句言うんじゃねーよ」
罵声を浴びせる矛先が違うだろうと、拳悟を含めて生徒たちの意見に耳を傾けようとしない勝。その代わりといっては何だが、副委員長の和泉麻未がリボンで束ねたブラウン調の髪を揺らし自ら考えたとっておきの代替案を口にする。
「まーまー、ここはこの長いのをちょっと略して、ザ・セブンというチーム名で勘弁してあげようよ」
「……アサミ。それいいネーミングだけど、どこも略してねーよな?」
委員長の勝から冷静なるツッコミはあったものの、二年七組が単独で呼ぶチーム名称は麻未の提案したもので一応の決着を見た。ただ、そのチーム名に釈然としなかった拳悟一人を除いては。
「どうも、しっくりこねぇーな。もっと強そうなネーミングの方がいいぜ。ユミちゃんもそう思うでしょ?」
拳悟から唐突に同意を求められてしまった悲劇の生徒こそ、この二年七組の麗しきマドンナである夢野由美だ。紺色のブレザーに薄青色のリボンが映えて、今日の彼女もいつものように愛らしい。
「うーん、どうかなぁ。……わたしは異論はないですけど」
困惑しながら当たり障りのない回答をする由美。そんな彼女に助け舟を出そうと会話に入ってきたのは、彼女の斜め後ろに席を置く二年七組の冷静なるフェミニストこと関全拓郎である。
「それなら、ケンゴ。おまえならどういうチーム名がいいんだよ。センスが良ければ俺もユミちゃんも同意するかも知れないぜ」
ほくそ笑む拓郎からアイデアを求められて、拳悟は任せておけ!と言わんばかりに思いつくままの強そ~なチーム名を語っていく。
「ここはズバリ、ニンニク・デ・パワーズ! もしくは、ザ・アカマムシ・イッパツ!」
自信満々に言い放った拳悟のことを戸惑いの眼差しと呆れた顔で見つめるしかない由美と拓郎の二人。
「……わたし、ノーコメントということで」
「……俺たちさ、滋養強壮に利きそうなスタミナドリンクじゃないんだから」
* ◇ *
さて、体育祭に向けての話し合い、次なる議題は競技種目の見直し案についてだ。
通年、競技種目は学校側で決定しているが、自由奔放を校風とするこの学校では生徒からも意見や提案を求めるようにしている。とはいえ面倒くさがりな連中ばかりなので、毎年同じ種目で実施されているのが実情であった。
そんな理由もあってか、司会進行役の勝はそれこそ面倒くさそうにこの議題をさらりとすっ飛ばそうとしていた。
「競技種目のことで誰か文句とかあるかー? イチャモンなら受け付けなくもないが、あまり煩わしいと、俺、マジで切れるからな」
勝から脅迫されてしまっては、他の生徒たちに意見など言えるはずもない。モヒカン頭のギタリスト桃比勘造と、坊ちゃんヘアのかつらが似合う大松陰志奈竹の二人も後輩という立場だけに右にならえと言わんばかりだ。
「ま、まあ毎年、同じ種目で盛り上がるわけだし、そのままでいいと思うよな」
「そ、そうだよね。その方がみんなも出場する種目を選びやすいしね」
冷や汗をかきつつ作り笑いを向け合う勘造と志奈竹。その二人に冷たい視線をぶつけるのは、マンネリに飽き飽きしていた体育祭の意識改革を推進している拳悟だった。
「おい、おまえら。いい若者がそれでいいのか? いつまでもワンパターンのまま人生を過ごしたら、それこそつまらねー大人になっちまうぞ」
拳悟は哀れむように、クラスメイトたちの不甲斐なさを嘆くばかりだ。それを指摘された勘造と志奈竹の二人は、体育祭の種目一つで何もそこまで……とその大げさな話に苦笑するしかなかった。
この時を待っていたとばかりに、拳悟は凛々しく立ち上がり意見を主張すべく高々と挙手した。
手を振り上げている拳悟を目にした勝は、ミラーグラスで隠した目を細めて疎ましいと思いながらも渋々口を開く。
「ああ、便所なら勝手に行ってきていいぞ」
「は、発言じゃ! バカもん!」
勝に泣く泣くお願いして発言の許しを得た拳悟は、団体種目はそのままでも個人種目だけは変更しようと訴える。その提案には、一部のクラスメイトからも同感の声が囁かれていた。
おもしろそうなら検討するという勝に、拳悟は選りすぐりのアイデアをこの場で発表することにした。
「その名もズバリ、男女混合スカート釣り上げ競争だ!」
競技種目名こそバカっぽいが、果たして、このスカート釣り上げ競争のルールとはどんなものか?拳悟が以下の通り解説してくれた。
■逃走役の女子は、ある数字を記したブルマとそれを隠すスカートを履き、追走役の男子は釣り針の付いた釣竿を手に持つ。
■まず女子が先にスタートし、その十秒後、男子が女子を追い掛けるようにスタートする。
■男子は釣竿を使って女子のスカートをめくり、ブルマに記された数字を読み取ることができたら、ゴールでそれを申告し正解なら男子の勝利となる。
■男子がスカートをめくり上げることができず、女子がそのままゴールできたら女子の勝利となる。
わざわざ教壇の前に出てきて、黒板を使って図解説明までしてみせる拳悟。その破廉恥極まりない種目に、クラス委員長の勝はニヤッと口元をいやらしく緩めた。
「ほう。なかなか男心をくすぐる楽しそうな種目だな。よし、学校側へ受け入れてもらうよう最善を尽くしてやる」
勝の鶴の一声に男子生徒がワクワクと興奮する中、不快感を示す女子生徒を代表して副委員長の麻未が眉をひそめて冷たく言い放つ。
「なーにが最善を尽くすよ。クラスいいんちょのくせに、そんなに鼻の下伸ばしちゃって。あー、いやらしい、いらやしい」
スカートめくりという不埒な行為は論外にしても、そもそも男子が女子を追い掛けるのでは脚力からみても明らかに女子が不利だろうと、麻未は呆れた溜め息とともにそう反論した。
勝が困った顔で答えに詰まっていると、拳悟は助け舟を出さんばかりに男女の不公平を無くした代替案を示そうとする。
「それならさ、逃げる役と追い掛ける役、攻守交替みたいに男女入れ替わるってのはどうだ?」
「男女が入れ替わってもさ、立場が変わるだけで何も改善されてないよ。しかもさ、男子がブルマとスカート履くの、かなり気持ち悪い」
麻未からさらなる反撃を食らってしまい、自分自身がブルマとスカートを着衣した姿を想像したのか、勝と拳悟の二人は気分を害してウプッと吐き戻してしまいそうだった。
女子生徒のみならず男子生徒からも不評を買い、男心をくすぐるスカートめくり競争は学校側に提起されるまでもなくあっさりと廃案となってしまった。
「そんなわけだ、ケンゴ。今年も残念な結果に終わったが、来年もめげずにおまえらしいアホな案を出してくれや」
勝に励まされるように肩を叩かれる拳悟。実をいうと、彼は毎年個人種目の改変についてアイデアを提案していたが、あまりのバカさ加減からか一つとして採用されることがなかったのである。
クラスメイトたちの慰めの拍手の中、拳悟はすごすごと自分の座席へと戻っていく。席に着いた後でも、彼はやっぱり釈然としない様子であった。
この競技種目は絶対におもしろい、いずれはオリンピックの正式種目にもなれるだろうと、あり得ない現実を豪語する拳悟。それに同意を求められた由美と拓郎の二人は、ここでも戸惑いながら呆気に取られるしかなかった。
「……あの、わたしはやっぱりノーコメントということで」
「……率直に言うとさ、男の願望とスケベ心は紙一重ということじゃねーかな?」
* ◇ *
さてさて、体育祭に向けての話し合い、次なる議題は各競技種目に出場する参加者の決定についてだ。
個人種目である百メートル競走にパン食い競争、二人三脚に障害物レースといったものや、団体種目である棒倒しや騎馬戦などを出場人数と一緒に黒板に記載していく副委員長の麻未。
競技種目のすべてが出揃ったところで、委員長の勝が出場に関する取り決めを簡単に解説していく。
個人種目は全部で十一種目。一人二種目が基本だが、一人が何種目出場しても問題はない。それと団体種目である棒倒しは男子全員、騎馬戦は女子全員が参加となる。
体育祭の最後を飾る男女混合リレーだけは、委員二人が足の速い人員を厳選し出場者を決定することになる。
「そんな感じだから早く決めちゃってくれよ。これ決まったら、もう今日はお開きだからよ」
早くしないとクラス委員長の独断で勝手に決めちまうぞと、勝はここでも脅迫めいた言動でこの議題をさっさと終わらせようとする。
それは冗談じゃないと、焦りと動揺が広がりざわつき始める教室内。
生徒たちから出場種目の申告が飛び交う中、黒板に出場選手を書いていた麻未があっ――と何かに気付いたような声を漏らした。
「そうそう。二人三脚は男女ペアで申告してちょーだいね」
二人三脚という種目を耳にした途端、ピンと何かがひらめいた拳悟。彼はすぐさま後ろの席へ振り返り、出場種目をチェックしていた由美に声を掛けてきた。
「ねぇ、ユミちゃん。俺と一緒に二人三脚に出場しないかい?」
「……え? に、二人三脚ですか?」
まさかのお誘いに、びっくりした顔をしている由美。
運動音痴ではないにしろ、他の誰かと一緒の種目ではきっと足手まといになるのではないかと自信のない彼女は少しばかり消極的だった。
一人の種目よりも、二人の種目の方が後世素敵な思い出になる。拳悟からそう青春っぽく説得された彼女は、少しだけ悩んだ挙句、思い出作りのために出場を決意するのだった。
「おーい、スグル。俺とユミちゃん、二人三脚に出場なー」
「……あぁ?」
ニコニコしながら手を振る拳悟を勝は憮然とした顔つきで睨み付けていた。その数秒後、彼は軽々しく委員長特権を発動する。
「それ却下」
勝の傍若無人ぶりに、拳悟は前のめりになってズッコケてしまった。
ふざけるなと言わんばかりにいきり立つ拳悟。ズカズカと教壇まで駆け寄って、身勝手なクラス委員長に不平不満をぶちまける。
「テメェ、却下ってどういうつもりだ? いくら委員長でも、そこまでの権利は許されねーだろうが!」
「バカヤロー。俺もユミちゃんを誘うつもりだったんだ。司会だからって選ぶ権利がないわけじゃねーだろ!」
すっかりお馴染み、二年七組の恒例とも言える拳悟と勝の舌戦の火ぶたが切られた。この時ばかりは、騒がしかった教室内が水を打ったように静まり返る。
「へっ、おもしれぇ、こうなったらやってやろうじゃないか!」
「おう、上等だぜ! 勝った方がユミちゃんを誘う。それでいいな?」
拳で決着を付けてやると怒鳴り散らし、進歩のない二人は取っ組み合いの喧嘩を始めようとする。
由美はこの時、声を張り上げてでも争いを止めたいと思ったが、そもそもの原因が自分自身にあるだけに複雑な心境を抱いてしまい出るに出れなくなっていた。
この喧嘩を止めることができるであろう拓郎、そして麻未の二人もすっかり呆れてしまい、納得するまでやらせたらいいといった感じで冷静なぐらいお澄まし顔であった。
「いくぜ、コノヤロー!」
「来やがれ、クソッタレー!」
「うるさい、おのれらはっ!」
拳悟と勝の怒鳴り声に混じった、誰かさんの甲高いお叱りの声。
その怒号がクラスメイト全員の耳をつんざいた瞬間、どこかから飛んできた植木鉢が殴り合い寸前の二人の頭を叩き付けた。
『ガッシャーン!』
ガラスの割れるような破裂音が響き渡ると、拳悟と勝はうめき声を上げながら頭を抱えてうずくまってしまった。
この二人の喧嘩を邪魔した(?)張本人こそ、教室の隅っこで仁王立ちしている静かなる鬼神ことクラス担任の静加であった。
「まったくもう! 喧嘩だったら外でやりなさい。やかましくて、おちおち寝てもいられないじゃないの」
騒いだことそのものは自省できるものの、生徒に凶器を投げ付けてくる教師に拳悟と勝の二人は不平不満を言わずにはいられなかった。
「あのさー、シズカちゃん。さすがに植木鉢の鉄槌だとかなり痛いんですけどぉ~」
「しかもさ、寝られない理由で怒るのも教師としてどうかと思うんだけど?」
痛さのあまり涙目になって、たんこぶができた頭を擦っている男子二人。一方の静加はそんなことお構いなしに、勝負するならジャンケンにしなさいと言いたいことだけ言ってまた休眠に入ってしまった。
これ以上担任を怒らせると後が怖いので、拳悟と勝はジャンケン一発勝負で決着をつけることにした。
平和的な決着方法となり、ホッと胸を撫で下ろしている由美。とはいえ、男子二人から誘われるその心境を覗くと嬉しさというより恥ずかしさの方が大きかったようだ。
クラスメイトたちの視線が注がれる中、彼女と二人三脚のペアを組むべく熾烈なジャンケン勝負が今ここに幕を開ける。
「負けた方が男らしく諦める、いいな?」
「ああ、いいぜ。言っておくが俺はジャンケンは強いぞ」
気合を込める勝に対し、ジャンケンの強さをアピールして心理的戦術で臨もうとする拳悟。果たして、どちらが勝利の栄冠を手にすることができるのか?
「いくぞ、じゃーんけーん――」
拳悟と勝は何を出すか心に決めて、それぞれの右手を振り下ろそうとする。
今まさにジャンケン勝負が決まろうとした瞬間、拳悟のびっくりした大声が勝の耳にやかましく飛び込んだ。
「スグル、おまえ、右手から血が出てるぞ!」
「マ、マジかぁ!?」
勝はジャンケンどころではなくなり、流血がどこか確かめようと振り下ろした右手をパッと開いてしまった。それを見るなり拳悟がチョキを振り下ろした。
「――ポイ」
「――は?」
血なんてどこにもない勝のパーを拳悟のチョキがハサミのように挟み込んだ。どうやらこのジャンケン、これで勝負あり、といったところか。
卑怯な手でジャンケン勝負を制した拳悟は、高々と腕を振り上げて勝ち名乗りを上げる。
「よっしゃあ! 俺の勝ちだぜぇ!」
「あー、て、てめぇ、きったねーぞ、コラッ!」
正々堂々と勝負しろと叫びながら追い掛ける勝。そして騙される方が悪いとほざいて逃げる拳悟。この二人のドタバタ劇が再び幕を開けようとする。
ところがどっこい、椅子に座っていた静加の目から静かにしろと訴えるような妖光が放たれた途端、それに感づいた彼ら二人はもうオイタはしませんと姿勢正しく頭を下げるのだった。
そんなわけで、マドンナである由美とペアを組むことになった幸せ者は拳悟に決まった。その一方、納得がいかない勝はガルルルと獣のような唸り声を上げて怒りを抑えきれない様子だった。
「まーまー、スグルくん。ユミちゃんの代わりに、この美しいあたしがペア組んであげるから怒りを静めなさいって」
猛獣のような勝を宥めるのは、彼の相棒とも言える副委員長の麻未であった。彼女は誘惑するかのように魅惑の瞳で色っぽくウインクをしてみせる。
「……ちぇっ、しょーがねぇな。百歩譲って、おまえで我慢してやるよ」
「あんた、失礼極まりないわね。舌打ちまでするなんて随分いい度胸してるじゃない」
いがみ合っても不思議と息の合う勝と麻未は、無礼千万なやり取りこそあったものの二人三脚のペアを組むことになった。
そんな感じでいろいろと揉め事もあったりはしたが、各種目の出場者は着々と決定していった。……途中から、クラス委員二人の独断と偏見が入ったことは否めなかったが。
* ◇ *
「というわけで、各種目の出場人数も決まったことだし、そろそろ体育祭の話し合いを終わろうと思う。異論があるヤツは一歩前に出ろ」
異論を唱える者に対し、ビンタでも食らわさんばかりに右手をブンブンと素振りしている勝。文句一つで殴られたのでは、クラスメイトたちもたまったものではない。
「ちょっと待てい!」
ここでもやっぱり苦情を突き付けるのは、クラス委員長と何かといざこざが絶えない拳悟だ。彼は一歩どころか、教壇の傍にいる勝のもとへズカズカと駆け寄っていく。
それはもう疎ましそうな顔をする勝は、拳悟に向かって平手打ちをお見舞いしようとした。それをギリギリかわした拳悟は、マジに殴るつもりだったのかよ?とその理不尽な凶行に驚愕の声を張り上げた。
「いや、わりぃ、わりぃ。ハエが飛んでたもんだからよ。払い落とそうとしただけさ」
勝はせせら笑いを浮かべて下手な言い訳をしていたが、ミラーグラスで隠れた目にはちょっぴり悔しさが映っていた。
そんなことより血相変えてやってきた理由を述べよと、勝から苦々しい口調で尋ねられた拳悟は憤慨しながら黒板の方をビシッと指差した。
「個人種目の十一種目中、俺が八種目も出場しなきゃならんとは、こりゃどういうわけだ?」
自ら志願した二人三脚や男子全員参加の棒倒し、そして男女混合リレーへの推薦はさておき、それ以外に七種目も自分の名前が書かれているのだから拳悟が腑に落ちないのも理解できる。
実はこのカラクリ、なかなか定員に達しない種目についてクラス委員二人の独断により適当に人選を割り振っていたのだ。この話し合いを早く終わらせたいがためのあくどい二人の策略と言えなくもない。
「しょうがねーだろ。そうでもしねーと、いつまでも帰られねーんだから」
「おまえ、開始早々から、そこにこだわり過ぎてねーか?」
この強引な決定方法、何も拳悟だけが憂い目に遭っているわけではない。委員長である勝も六種目、副委員長の麻未も四種目、さらに言えば自分の席で眠りこけている拓郎も罰として六種目も割り振られていた。
それでも十種目という驚異的な数字となったのは拳悟ただ一人なわけだが、これもすべては、さっき二人三脚のジャンケンに負けた勝の恨みが混じっていたことは否定できないところ。
そんな矢先、話し合いの終わりに感づいてか、すっかり職場放棄していた静加がスッキリとした顔で壇上へ戻ってきた。
「おお、シズカちゃーん。スグルのヤツが俺を妬んで種目にいっぱい参加させるという暴挙に出るんだよ。コイツのこと、シメテやってくださいよー」
これ見よがしに、悪人に裁きの鉄槌を与えたまえと頼りになる先生にすがりつく拳悟。その嘆願を耳にするなり、わかってるわかってると静加は納得したような頷きをして見せた。
ざまーみろと卑しい笑みを零す拳悟、そして緊張感が走り身構えてしまう勝。教室内が静寂に包まれて誰もが固唾を飲んで見守る中、静加が壇上にて発した言葉とは――?
「皆さん、体育祭がんばってちょうだいね。わたしからの一言は終わり!」
静加のまさかの天然ボケに、あちこちでズッコケる音が教室中に響いた。
これにはさすがの拳悟も困惑してしまい、表情にやり切った感を浮かべる彼女にツッコミを入れざるを得なかった。
「そりゃないよ、話がぜんぜん噛み合ってないじゃんかー」
「は? だってあなた、締めてくれって言ったじゃない」
どうやら静加は寝起きで呆けていたのか、拳悟の台詞の最後の部分しか聞き取れていなかったようだ。これでは、本日の話し合いをピシッと締めた彼女の行動もまんざら間違いとは言い難いだろう。
この顛末にガックリと肩を落としていた拳悟。そんな彼の肩に、クラス委員二人の生ぬるい手が差し伸べられる。
「つーわけで、もう締まっちゃったことだし、いい加減男らしく諦めろや」
「そうそう。ケンちゃんみたいな青春野郎なら十種目なんてわけないよ」
にやける二人の励ましに拳悟は悔しそうに唇を噛んだ。ここまで来て駄々をこねても徒労に終わりそうなので、彼は泣く泣く過酷労働たっぷりの体育祭へ臨む覚悟を決めるのだった。
意気消沈の面持ちで席まで戻ってくる拳悟。そんな彼をたった一人哀れむのは心優しいマドンナの由美であった。
「ケンゴさん、何だか、大変なことになってしまいましたね」
「まー、こうなっちまったら、とことんやるしかないやね。体育祭のMVPでも狙ってみようかな」
由美から親身になって慰められて、拳悟は空威張りで苦笑いするしかなかった。ちなみに、派茶目茶高校の体育祭にMVPなる称号はもちろん存在しない。
それでも出場する個人種目八種目の中の一つ、彼女とペアを組む二人三脚だけは奮起を誓う彼はさわやかに笑って白い歯を見せる。
「他の種目はほっといて、二人三脚だけはお互いにがんばろう!」
「は、はい。精一杯がんばってみます」
ほんのり頬を赤らめて、照れくさそうに笑顔を返した由美。いい思い出作りができたらいいなと、彼女も体育祭を直前にして気持ちが高揚していた。
そんな二人のやり取りを勝は恨めしそうな顔で遠巻きに眺めていた。ちくしょう、二人で青春しやがって!とぼやき、彼はジャンケン勝負の敗北感をまだ引きずっていたようだ。
クラス委員二人のお役目も終わり、それと同じくして体育祭についてのミーティングという名のロングホームルームの時間も終わりを告げた。
出場種目に熱く燃える者、その反対に煩わしく思う者もいれば、体育祭そのものを楽しもうとする者、その反対に面倒くさいと思う者もいる。
さまざまな人間模様が交錯する中、派茶目茶高校の体育祭はもう間もなく開催される。果たして、この体育祭はどんなストーリーを展開し、どんな青春ドラマを見せてくれるのだろうか?
ただ一つだけ言えることは、そこいらの普通の学校とは違い、それはもうハチャメチャな体育祭になるのは間違いないだろう。