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第四話― カンフー少女VSハチャメチャトリオ(2)

 矢釜中央駅の近くにある商店街の一角。こじんまりとして、昔ながらのモダンチックなレンガ造りの喫茶店がそこにあった。

 芳醇なコーヒーの香りが充満する店内で、テーブル席で向かい合って飲み物を口にする由美と流子の二人。由美は女の子らしくレモンティーを、そして流子はもっと女の子らしく甘~いミルクココアを味わっていた。

「リュウコさん、そんなに甘いものを飲むんですね。意外だなぁ」

「ちょっと、あたしをどんなイメージで見てたわけ? こうみえても、あたしは筋金入りの甘党なのよ」

 最初こそギクシャクしていた二人だったが、そこは同級生の女の子同士、親睦を深めてそれほど違和感のない会話ができるまで仲良しになっていた。

 その弾んだ会話の中、拳悟と勝が話していたことを問いただされてしまった由美は、戸惑いながらも停学を笑っていたことや悪口に近い文言があったことを洗いざらい告白させられていた。

 流子はそれを知るや否や目くじらを立てて火山を噴火させるかと思いきや、意外にも落ち着き払ったままで眉毛をピクリとも動かさずに冷笑するだけであった。

「まあ、どうせそんなことだろうと思ってたわ。停学が終わったら、お礼の一つでも持っていこうかしらね」

 不敵ににやけながらミルクココアを口にする流子。そんな皮肉を吐き捨てる彼女を見つめて、由美はちょっとした疑問を投げ掛けた。

「リュウコさんは、拳悟さんや勝くんたちとお友達なんですか?」

『ブッ!』

 予想だにしなかった質問に、流子は驚きのあまりココアを口から吹き出してしまった。なぜそうなる!?と問い詰める彼女に、由美は飛び散ったココアを拭きつつおっかなびっくり答える。

「いや、根拠らしいものはないけど、何だか悪口を言い合うぐらい仲がいいのかぁって思っただけで」

 流子は顔をしかめながら、冗談じゃないとばかりに鼻息を荒くして毒づいた。あの三人はただの同級生なだけで親しい友達なんかじゃないと、彼女はキッパリとそう断言した。

「そもそも、わたしは男が嫌いなんだよ。あいつらみたいなナンパ野郎は節操も甲斐性もなくてとにかく大嫌いだね」

「そ、そうだったんですか。余計なこと言ってごめんなさい」

 ハチャメチャトリオのことを執拗に毛嫌いする流子。男嫌いについては理解できても、あの三人をそこまで悪く言う彼女に由美は少しばかり釈然としなかった。

「……でも、スグルくんにタクロウくん、それにケンゴさんもとてもいい人たちですよ。今のわたしがあるのはみんなのおかげなんですから」

 由美は大切なクラスメイトをかばおうとする。転校してきた当初に起こしてしまった、あの涙の脱走劇のことを紐解きながら。

 不良がひしめく学校に馴染むことができなかった彼女、クラスメイトたちとも打ち解けずに悩んでいたある日、教室内で勃発した喧嘩が引き金となって耐え切れずに学校から逃げ出してしまう。

 彼女のことを友達の一人として、一生懸命に捜してくれて、必死に追い掛けてくれたクラスメイトたち。勝に拓郎、そして拳悟の励ましのおかげで彼女は親友の大切さを知ることができたのだ。

「ケンゴさんは優しくて、おもしろくて、とても素敵な人だと思います」

 ちょっぴり頬を赤く染めて、由美はクラスメイトの一人でありかつてピンチを救ってくれた誇らしきナイトのことを褒めちぎっていた。

 それを眺めていた流子は、なるほどね~と緩んだ口で囁き目を細めてニタリと卑しい笑みを浮かべる。

「ユミ、あんたさ。ケンゴにほの字ってわけかい?」

 その想像もしなかった問いに、由美は目を丸くして呆気に取られている。その数秒後、彼女は蒸気を噴き上げる勢いで顔を見る見るうちに真っ赤に染め上げた。

「ほの字って、やだ、そんな! 違いますよ。わたしはケンゴさんを尊敬しているのであって、別にそういう意味じゃ――!」

「ハハハ、隠さない、隠さない。いくらごまかしても、その顔がすべてを物語ってるわよ」

「もう、違いますってば~。流子さんの意地悪!」

 流子はここぞとばかりに、照れまくりの由美をからかって楽しんでいた。彼女はからかいついでにと、お友達を代表して由美に一つだけ忠告するのだった。

「ケンゴのヤツさ。あれで結構女子にモテるんだよ。あまり言いたくはないけど遊ばれないように気を付けなさいね」

「……だ、だから。わたしは関係ないですから」

 頬を膨らませてふて腐れる由美。関係ないと口で言っても内心穏やかでない少女の姿がそこにあった。

 そんな初々しく甘酸っぱいおはなしが続く中、渦中の拳悟はその頃、何をしているのかというと……?


* ◇ *

「ハックション――!」

 髪の毛を振り乱し、鼻水まで吹き飛ばし、拳悟はバカでかいくしゃみを披露した。その反動の勢いで、彼は好物のアイスクリームを手から落としてしまいそうだった。

「おいおいケンゴ。風邪でも引いたのか? 何だったら、そのアイス俺が食ってやるよ」

「やーなこった! 食いたきゃ、てめーのお小遣いで買えってんだ」

 拓郎の強奪しようとする魔の手が伸びると、拳悟はまるで子供を抱きかかえるようにしてアイスクリームを守り切った。アイスクリームにおけるその執念は、それはもう半端ではない。

 きっと誰かが噂しているのだろうと、ティッシュで鼻を擦りながらそうぼやく拳悟に、勝が憎たらしい顔をしながらこれ見よがしにちょっかいを出してくる。

「ヘッ、おおかた、オメエに泣かされた女子たちが恨みつらみ噂してるんだろうよ」

 拳悟も嫌味を言われたまま黙ってはいない。ミラーグラス越しに睨みを利かせる勝に向かって、拳悟はにやけ顔を近づけて猫撫で声で囁き掛ける。

「スグルく~ん、それはもしかして、もてない男のひがみというヤツかい?」

「な、何だと、コノヤロウ! てめー、喧嘩売ってんのか、コラッ」

 掴み掛かろうとする勝と、その場から逃げ出そうとする拳悟、そして鬼ごっこを始める二人を宥めている拓郎。相変わらず進歩のないハチャメチャトリオであった。

 この連中の目的は何かというと、別に喧嘩するために集まったわけではなく、これから他の仲間たちと一緒に映画鑑賞で有意義な放課後を楽しもうとしていたわけだ。

 矢釜中央駅付近にある映画館の前に群がり、彼らは鑑賞する映画のジャンルを何にするか決めあぐんでいた。

「おい、おまえら。どの映画みたいか決めたか?」

 拳悟が焦れるような口振りで声を掛けた相手とは、彼の隣のクラス二年八組に籍を置く異色のメンバーたちだった。

「……戦争映画に決まっている」

「やっぱり、アメリカンヒーロー活劇だぜ」

「中国拳法のアクション映画、アル」

 三人もいれば映画の好みも三者三様。須太郎、地苦夫、そして中羅欧の三人は、そんなの却下だと下らない罵り合いを始めてしまった。

 さらに困ったことに、拓郎はラブロマンスもの、勝は漫画にするぞと言い張って、騒動をさらにエスカレートさせてしまう始末であった。

 その終わりなき揉め事に痺れを切らした拳悟。もういい加減にしろ!と怒気を上げた彼は、それぞれの好みを尊重し本日鑑賞する映画を自分が決めてやるとここに宣言した。

 口喧嘩をいったん止めた仲間たちは、納得しないながらも拳悟に決定権を委ねてみることにした。彼らは固唾を飲んで、コホンと気取って咳払いする拳悟の一言に耳を傾ける。

「よし、本日の映画は、青春スポーツもので決まり!」

 どーしてそうなる!?とズッコける仲間たち一同。彼らの文句などお構いなしに、拳悟はアイスクリームを舐めながら映画館へと入っていく。その潔さはまさに、江戸っ子ばりのいなせな風格すら感じさせるものだった。


* ◇ *

 それから少しばかり時が流れて、時刻は夕方六時になろうかとしていた。

 ここは由美姉妹が暮らす賃貸アパート。キッチンの方から、ジュージューと何やらおいしそうな音と一緒に肉野菜炒めの香ばしい匂いが漂ってくる。

 長い髪の毛をポニーテールに結い、フライパンを手際よく動かしている姉の理恵。おかずにお味噌汁といった料理全般の支度は彼女の役目だ。

 家庭的な仕事をこなす姉の傍で、お箸や食器の準備をしている由美。彼女は部屋着に着替えないまま、本日の学校帰りのドタバタ劇について正直に打ち明けた。

「そんなわけで、アパートの前に着いてから気付いたの。食材買うの忘れていたこと。……お姉ちゃん、本当にごめんね」

 役目であった食材調達を忘れてしまい、今夜の夕食が余り物ばかりになってしまったことを由美は頭を下げてしきりに反省していた。

 一方の理恵はというと、叱る姿勢など一切見せず無事に帰ってきただけでも良かったと、しゅんとしている妹のことを気遣っていた。これこそ、年上である姉としての包容力というやつだろう。

「とにかく、次からは気を付けるようにね。あなたはおっちょこちょいなところがあるんだから」

「おっちょこちょいはひどいよー。でも、今日ばかりは素直に反省しなきゃだね」

 クスクスと微笑みを向け合う仲良し姉妹。親元を離れた二人にとって、親友同士のようなこの触れ合いこそが肌で感じられる唯一の家族の温もりなのであった。

 夕食のおかずも出来上がり、テーブルに向かい合って座る二人に待望のディナータイムが訪れた。残り物のおかずとはいえ、姉のこしらえたご馳走を頬張るたびに妹の由美は満足げな顔でおいしいと連発していた。

 楽しい団らんのひと時。テレビもラジオも消音のこの部屋で、姉妹二人の賑々しくも慎ましやかな会話が繰り広げられる。

「でも良かったわ。あなたにもお友達ができたみたいだし。転校したばかりの時は本当にどうなるかと思ったもの」

 ホッと胸を撫で下ろし、安堵の笑みを浮かべる理恵。今日の騒動をきっかけに、妹に新しい友人ができたことを彼女は心の底から喜びを噛み締めていた。

 不良の巣窟と化した学校で登校拒否に陥りかけた妹の身を案じていた彼女にしたら、毎日登校してくれるばかりか女の子の友人にも巡り合えて、これでようやく一安心といったところだろう。

「ごめんね、お姉ちゃん。いろいろ心配掛けたけど、もう大丈夫だから」

 由美はあどけなく明るく振舞って見せる。

 校内ですれ違う人たちに怯える毎日でも、クラスメイトたちと一緒ならきっと勇気を持って立ち向かっていける。今の彼女には、転校当初にはない友情という力強い絆を手に入れていたのだ。

 その自信に満ちた笑顔にホッとさせられる理恵だったが、彼女は姉として一つだけ懸念事項があった。それは妹の友達のいわゆる“質”についてである。

「ねぇ、ユミ。あなたのお友達はもちろん、不良なんかじゃないわよね?」

 一瞬だけドキっと鼓動を高鳴らせる由美。彼女の頭の中に、ハチャメチャトリオや主要のクラスメイトたちの風貌が浮かんでいた。

 言動は乱暴で傍若無人、さらに品行方正とは言えない生徒たち。それでも、仲間を大切に思う人徳を兼ね備えた彼らのことをいとも容易く不良と決め付けるのはあまりにも強引過ぎる。

 由美はこの時、ちょっとだけ引け目を感じつつも、もちろん不良なんかじゃないと優しい姉を必要以上に心配させまいとした。

「そう、良かったわ。やっぱり先輩にお任せして正解だったみたい」

 胸の支えがスーッと下りたのか、理恵は頬を緩めるなりテーブルの上に並ぶおかずをパクパクと頬張り始めた。

 実をいうと、理恵は由美よりもはるかに不良という汚らわしい存在を拒絶しているのだ。詳しいところまで明らかではないが、過去に忘れたくても忘れられない忌々しい事件があったらしい。

 妹である由美はそのことをそれとなく知っているため、少なくとも姉の前では不良というキーワードに極力触れたくなかったというわけだ。

 それからも姉妹水入らず、二人きりの和やかな夕食は続いた。おかずが少々侘しかった分、和気あいあいとした、ほのぼのとした楽しい会話を弾ませることができたようだ。


* ◇ *

 翌日の放課後。前日に引き続き、パタパタと足音を響かせる一人の女子生徒がいた。

 ダラダラとした生徒たちが群がる廊下で、その女子生徒である由美はクラスメイトの勘造と志奈竹にバッタリ遭遇する。

「お、ユミちゃん。そんなに急いでどーしたの?」

「ああ、モヒくんにシナチクくん。早く家に帰らないといけないの」

 由美は手を振って、男子二人に今日一日のお別れを告げた。勘造と志奈竹はおやつの綿飴をかじりながら、彼女の駆けていく姿をじっと眺めていた。

「ユミちゃん、ここんとこ毎日急いでる気がするな。おもしろいテレビ番組とかあったっけ?」

「この時間だと時代劇ばかりじゃない? ユミちゃんにそんな渋い趣味はないと思うけど」

 この二人の予想などまったく大ハズレで、由美が慌しかった理由は姉の言い付けによる部屋のお掃除なのであった。しかも昨日の役目をすっぽかした手前、今日だけは何とか間に合わせようと躍起になっていたというわけだ。

 廊下を走り抜けた彼女は下駄箱で外履きのローファーに履き替えると、ハァハァと息を切らせて前庭に来たところでようやく急ぎ足を緩める。

(ふぅ。ちょっとだけ歩こう。このままじゃ体力が持たないよ)

 額の汗をハンカチで拭う由美。すると、そこへ疾風のごとく現れた一つの影。突然の出来事に彼女は驚きのあまり後ろへ跳び退けてしまった。

 由美の前に姿を現した影の正体、それは昨日偶然に知り合い友達同士になったばかりの風雲賀流子であった。

「オッス、ユミ。また会ったわね」

「フウウンガさんかぁ。もうびっくりさせないでくださいよ」

 停学中なのになぜ学校へ?と尋ねる由美に、反省文の提出のためにやってきたと流子は悪びれる様子もなくあっけらかんとそう答えた。

 これまでの人生において、反省文というものに触れたことがない由美。やはり気になるのだろう、どんなことを書き綴るのか興味本位で流子に質問してみると……。

「たいしたもんじゃないよ。もう悪さはしませんって原稿用紙四枚にびっしり書くだけだもん」

「……失礼ですけど、小学生並みの反省文なんですね」

 稚拙な反省文の提出も終わり、あとは帰宅するだけの流子は停学中の身でありながら不謹慎にも由美を寄り道に招待しようとした。

 残念ながら、由美はただいま帰宅を急いでいる身。そのお誘いを丁重に断られてしまい、流子はちょっぴりつまらなそうな表情を浮かべる。

「そうか、お姉さんと二人暮らしだといろいろ大変だもんね。仕方がない。また今度付き合ってよ」

「はい。停学期間が終わったらでいいですから、また気軽に声を掛けてください」

 女子二人が友情を深め合っている最中、大きな笑い声を轟かせる数人の男子生徒が前庭へとやってきた。その連中はヨタヨタ歩きながら彼女たちの方へゆっくりと近づいてくる。

 近づくにつれて、彼らの話し声がより鮮明になってきた。どうやらその話のネタというのは、お約束と言うべきかここに控えているカンフー少女のことであった。

「しっかし、リュウコのヤツ、またまたやってくれちゃったなー」

 ピシッと全身を硬直させて、男子どもの話し声に耳をそば立てる流子。由美もその異様な緊張を感じ取り、身動きが取れなくなるばかりか表情までもが強張ってしまった。

 流子のことをネタにして盛り上がっていた男子、その正体とはこれまたお約束通り、ここぞとばかりに登場する二年七組のハチャメチャトリオである。

「なぁなぁ、サン坊。おまえ見たんだろ? リュウコにチョビヒゲが吹っ飛ばされた瞬間をよ」

 ニヤニヤと卑しい笑みを浮かべるのは、ハチャメチャトリオの参謀役である拳悟だ。彼から“サン坊”と呼ばれた男子は、流子のクラスメイトで彼女が三度目の停学を決めたシーンの目撃者の一人であった。

 そのサン坊の肩に手を回して、流子のご乱心の決定的瞬間を詳しく問いただすのはハチャメチャトリオの隊長的存在の勝である。

「で? チョビヒゲはどうやられたの? どんな感じだったか教えろよ」

「あのヤロー、身も心も軽いからさ、さぞ吹っ飛んだんだろうな?」

 さらに勝と一緒になってサン坊を取り囲んでいるのは、ハチャメチャトリオのただ一人の理性である拓郎だった。

 同じ学年とはいえ、留年生である意地悪な先輩三人組に捕まっては、サン坊は渋々ながらも言われるがままに従うしかなかった。

「……まーね。アイツ、断末魔の叫び声を上げながら、あらゆる障害物を突き破って飛んでいったよ」

 チョビヒゲの悲惨な姿があまりにも愉快なのか、ハチャメチャトリオの三人は涙を流しながらバカ笑いして、流子よ、よくぞやってくれたと彼女のことを嘲笑しながら褒め称えていた。

「いやはや、ホントにリュウコのやつには頭が下がるね。どんだけエネルギーが有り余ってるのかねー?」

「まったくだ。バカなんだかマヌケなんだか、その非常識ぶりにはさすがの俺たちも感服しちゃうってもんさ」

 ゲラゲラと下卑た笑い声を上げて、流子に対して悪口を叩いていたハチャメチャトリオの三人。彼女のクラスメイトである同情心からか、サン坊はいくら後輩とはいえど悪態付く先輩三人相手に食って掛からずにはいられなかった。

「ちょっと待ってくれ! リュウコを侮辱するのはやめてくれよ!」

 同じクラスの女子をかばうサン坊に、拳悟は目を細めてニタ~っといやらしく微笑んだ。

「おいおいサン坊。おまえまさか、あの日本一色気のないカンフーバカに惚れちまったのか?」

 そんなんじゃない!と否むも、顔色だけは正直なのかサン坊の顔はあからさまに真っ赤っかだった。

 やーい、惚れてるんだぁーと、ここぞとばかりに冷やかしてくる勝と拓郎。さも小学生なのかと思えるほど、それはもう幼稚で低俗な光景であった。

「まー、そんなにムキになるなって。別に似合ってねーわけじゃねーよ」

「そうそう。ただ、付き合おうと思うならよ、アイツに少しばかり鍛えてもらった方がいいと思うぜ」

 拳悟と勝は言葉では慰めていても、心の中ではどうにもこうにも笑いが止まらない様子だ。

 あんたたちには関係ないと、サン坊は顔を紅潮させながら拗ねていた。ところが、ふて腐れればふて腐れるほどハチャメチャトリオはおもしろがって彼を意地悪半分にからかってしまう。

「一つ聞くけどよ。サン坊、おまえさ、好きな女のタイプってどんな?」

 拳悟からぶしつけに尋ねられて、渋々ながらも真面目に考えてしまうサン坊。

 気立てが良くて優しくて、そしてかわいらしくておとなしい。さらに、ちょっぴりエッチな子が理想だと彼は照れながら素直なままに答えた。

 それを聞いていた勝は呆気に取られたようで、ポカンとした顔をしながらツッコミを入れる。

「何だよそれ。すべての項目がリュウコと正反対じゃねーか」

「そんなことないもん!!」

 儚い恋心なのだろうか、サン坊はそれはもうがむしゃらに流子の男勝りでたくましい魅力(?)について語っていたが、ハチャメチャトリオの毒舌は留まるところを知らなかった。

 ――その時の彼ら三人は油断していたのだろう。すぐ傍で、わなわなと全身を震わせていた少女の脅威に気付くことができなかった。

「ユミ、ちょっとここで待ってて。これからゴミ掃除してくるから」

「あ、あの、リュウコさん、ど、どうか穏便に……」

 怯える由美の心配をよそに、カンフー少女は怒りの拳を握り締めて一歩、また一歩と盛り上がっている男子たちのもとへ近づいていく。

「そうだ、スグルの言う通りだぜ。アイツは何たって、暴力を振るう、暴言を吐く、暴挙に出るの野蛮な三拍子だもんな」

「あとさ、大人気ない、口説けない、色気ないの何とも哀れな三拍子も揃ってるしな」

 一人だけ息巻いていたサン坊を取り囲んで、ガハハガハハと大笑いしているハチャメチャトリオ。その中で唯一、サン坊だけは気付いてしまった。その三拍子を揃えた本人が鬼の形相でじわりじわりと迫っていたことを――。

 サン坊は一言、おお神よ……と囁き祈るように胸で十字架を切った。それを見ていた三人はいったいどうした?と不思議そうに首を捻る。

「何だ何だ、急に青い顔しちまってよ。どうかしたん?」

「あのよ、急にさ、背後から悪寒がするんだけど、気のせいかな」

「もしかして、後ろにリュウコがいたりなんかしたりして……?」

 ハチャメチャトリオはまさかと思いながらも、そろ~っと背後へ顔を振り向かせる。そして次の瞬間、予感が当たってしまった現実を目の当たりにし彼ら三人は恐怖と絶望のあまりおののきの奇声を上げた。

「ギャアァァァ、リュウコ、どぉ~してここにぃぃ!?」

 暴走機関車のごとく蒸気を噴き上げて、般若みたいな顔で仁王立ちしている流子。彼女の鋭い目線の先にいる男たちは身動きすら取ることができず、まさに蛇に睨まれた蛙といったところか。

「キサマら~。よくもいろいろと毒を吐いてくれたなぁ。あたしをここまでバカにしたのなら、それなりの覚悟はできてるんだよな?」

 ポキポキと指の骨を高らかに鳴らし、流子は憤慨しながらも口角を吊り上げて不気味に笑う。じりじり迫り来るその戦慄に、百戦錬磨のハチャメチャトリオも後ずさりするしかなかった。

「ま、待て、リュウコ! 早まるな。は、話せばわかるからよ」

「キサマらとわかり合うつもりなど毛頭ない! 一人ずつ冥土に送ってやるよ!」

 流子が必殺技である白鷺のポーズを取った瞬間、お助けを~と叫びながら猛スピードでその場から逃げ出した男子三人。待ちやがれ~と叫びながら、それをハンターのごとく猛追していくカンフー少女。

 夕暮れ間近の放課後、下校途中の生徒たちの目に晒されるアホな連中のやかましくも騒がしいドタバタとした追いかけっこが始まった。

 うるさいぐらい賑やかな派茶目茶高校の前庭。そこにポツンと一人立ち尽くしたままの由美は、一人、また一人と遠くに吹っ飛ばされるクラスメイトを目撃し、困惑めいた顔でその光景を見守るしかなかった。

「はぁ、リュウコさん、とうとうやっちゃった。……同じクラスとして救急車とか呼んだ方がいいのかなぁ?」

 ハチャメチャトリオの三人は改めて思い知った。二年四組のダイナマイト女子の導火線に、そう易々と火を付けてはいけないということを……。

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