7,冒険者
「今日もいらしたんですね」
冒険者ギルドのテナイ支店を訪れると、いつも可愛くて営業スマイルが素敵な受付嬢からお声をいただいた。
最近出入りし始めたところで採取系の仕事ばかりやっているぱっとしないDランク冒険者の顔を早くも覚えるなんて、なかなか有能な職員だ。
「どうも」
俺は無難に挨拶して本日の業務に取りかかる。
タニアからは冒険者ギルドに貼り出される依頼リストにすべて目を通すことを毎日続けるよう頼まれているのだ。
何でも気になる依頼が出てこないかを見ておいてほしいらしい。
それは例えばどんな依頼のことかを聞いても、見ればわかると返された。
だからただ見るしかない。
「まだ高ランク向けの仕事は受注できませんよ?」
「わかってるさ」
端から端までギルドの掲示板を眺めていると、受付嬢から念を押される。
冒険者と同じく、依頼自体にもランクが振り分けられている。
かけ離れたランクの仕事は任せてもらえないのが冒険者ギルドのルールだ。
Dランクの仕事となると、ゴブリン、コボルト、オークの三大どこにでもわいてくる雑魚モンスター討伐がほとんど常時といっていいくらいいつも掲示されている。
しかしこれはパーティー向けの依頼なので俺は受けられない。
ソロで活動中の俺がやらせてもらえるのは、配達とか採取、労働なんかのおつかいばかりだ。
タニアから、なるべく集めてほしい薬草のリストを渡されているので合わせてできる採取依頼一択なのが現状になる。
「薬草集めでしたら、峡谷にある麻痺毒に効果のある薬草が不足気味で是非ともお願いしたいのですが──」
受付嬢が歯に何か挟まったような言い方をする。
峡谷ならタニアの欲しい草リストにも被るものが少なくないから悪くないロケーションだ。
急げば夜には帰ってもこれる。
「何か問題でもあるのか」
「ええ。実は峡谷にBクラスモンスターのヒッポグリフが確認されていまして」
「やめとけって?」
「いえ、そうではなく……」
受付嬢によると、すでに峡谷には先発してBランクとCランクの混成による4人組パーティーが討伐に出ているという。
「大丈夫だとは思うのですが」
「……そいつらのことが心配なのか」
「ええ。実は彼ら、ちょっと無理をするところがありまして」
俺にも心当たりがある。
CからBに上がったあたりが冒険者としても上級に足を踏み込んだあたりで調子に乗りがちだ。
「もし会ったら、あんまり無茶はすんなって声かけとけばいいんだな」
「可能なら加勢してあげてください」
「俺はDだぞ」
「でも、元Bランクですよね?」
「知ってたのか」
受付嬢はスマイルを崩さない。
「私、けっこう仕事熱心なんです。出入りのある冒険者の経歴はよく調べる習慣ですから」
ヒッポグリフ退治。
構成にもよるが4人パーティーでBランクばかりならまあ問題なくいけるだろう。
受付嬢によると2名はまだCランクって話だから、ちょっと大変かもしれない。
だから加勢してやれというのは理解できる。
それもそのパーティーとやらが受け入れる気があるかという問題はあるが。
どちらにしても少し面倒な話だ。
ギルドを出た時点でもう嫌な予感はしていた。
だいたいこの手の話があったときにはろくなことにならない。
そして峡谷に到達した俺は経験則が正しいことを確かめることになった。
俺が見たときすでに、冒険者パーティーは全滅しかけていた。
「……ったく」
崖下で行われている戦闘に、俺は舌打ちする。
ヒッポグリフが2頭。
冒険者の仕事にイレギュラーはありがちだ。
だが連中の戦力を考えれば1頭じゃなかったとわかった時点で撤退しているべきだ。
しなかったのか、できなかったのかはわからないが。
4人パーティーはもう2人が戦闘不能になっていた。
幸いなことに死者はまだ出ていないようだが。
立っているのは両手剣を振り回してヒッポグリフを牽制している戦士と、メイスを構えながら仲間を庇っている神官。
防戦一方な上に追いつめられていて絶望的な状況だ。
助けてやらないとみんなやられるだろう。
しかし今から元Bランクが加勢に入ったところで逆転できる場面ではない。
Bランクの実力なら……
「──やるしかないな」
タニアからなるべく鎧の姿を見せないようにしろとは言われているが、だからといって見捨てるわけにはいかない。
絶対にバレてはいけないのは【魔身解放】のときの生身の変化した姿と、鎧の中身が俺だということだ。
つまり今のところ冒険者パーティーに俺は存在を見られていないから間違いは起きていない。
よし、大丈夫だ。
俺は判断を下した。
左腕に装着した腕輪を捻る。
瞬時に全身を黒い鎧が覆い隠した。
採取用の袋なんかは崖の上に隠しておくことにする。後で回収できるだろう。
そんなうちにも下で戦士がぶっ飛ばされた。
悲鳴が上がり、両手剣が宙を舞う。
『おいおい待てよ────【魔身解放】っ!』
俺は崖から跳躍した。
ヒッポグリフ目掛けて落下しながらも、剣を抜いて構える。
普通の人間なら無事には済まない高さを俺は飛び降りていく。
『──そこだ!』
1頭目のヒッポグリフへの奇襲はラッキーな感じで成功した。
崖から飛び込んできての攻撃が当たらなかったらちょっとダサかったところだった。当たってよかった。
落下によるダメージの補正もでかい。
貫いた剣の攻撃ひとつで敵を完全に仕留めた。
「何なのっ!」
唯一意識のある神官が叫ぶ。
若い女か。
残りのヒッポグリフが俺という闖入者に威嚇するように吼える。
不思議なもので全然恐怖を感じない。
だがのんびりと狩りを楽しむ余裕はない。時間が終われば、元Bランクの能力では倒せないはずの敵だ。
ずいぶんと前の話だが昔、ヒッポグリフを討伐したことがある。
あのときは5人パーティーだったが苦労させられた。
『だが──すぐに終わらせる!』
走り込むとヒッポグリフが反応するよりも早くその懐に潜り込んだ。
斬撃を一閃して首をはねるように引き裂いた。
マジか。こうもあっさり倒せると昔のあの大変な戦いは何だったのかと思ってしまう。
あのときは削っても削っても倒せないヒッポグリフの生命力に神経をすり減らしながら頑張ったんだが。
「貴方は……いったい?」
神官の少女が唖然としながらも俺に問う。
警戒されているのは敵味方の区別もつかない鎧野郎だからか。
俺は剣を納め、害意がないことをアピールする。
「な……何者……ですか。でも……危ないところを助けていただいて……感謝しております」
俺は肩を竦める。
タニアが決めたあの名称を自分で口にするのは気恥ずかしさがともなった。
『黒き鋼の騎士──正体は明かせないんだ』