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6/7

6,ハードモード

 


「そろそろ村の連中は全員、逃げたかな……」



 俺は図体のでかいモンスターの攻撃を回避しながら周辺を確かめる。

 魔石を地下から採掘することを生業にする小さな村。


 暴れまわる怪物はタニアによるとSクラスモンスター、ベヒーモスだということだ。

 赤茶けた分厚い皮膚、民家を踏み潰す蹄の前足、燃えるように逆立った鬣と天に突き立つ角。

 滅多にお目にかかれないやばいモンスターだ。


 本格的にやり合う前に、俺は不要な見学者がいないか用心しておく。

 戦いをなるべく他人に見せないようにというのがタニアの指示だ。


 遠くでタニアが両腕で丸をつくるのが見えた。

 もう大丈夫というお墨付きだ。



「よし……鬼ごっこも飽きていたところだ」



 タニアから貰った全身鎧は強度がかなり硬いのにもかかわらず重さは腕輪のときと変わらない。

 つまり重さなんて、有ってないようなものだ。


 身軽なのはいいことだ。


 魔法の心臓で無尽蔵のスタミナを得ていることもあって、敵を引き付ける役割はわりと簡単にこなせた。


 しかし逃げてばかりでは戦いは終わらない。



「行くぞ──【魔身解放】──!」



 ドクン、と心拍が跳ね上がり、溢れる力がみなぎる。



 ──ベヒーモスの動きが、遅くなった。

 いや──


 俺の反応速度が早くなっただけだ。



「そこか──!」



 敵の隙だらけの喉元に剣を突き立てる。

 深々と刺さった刃にベヒーモスは苦しむ。だが、急所は外していた。


 次に眉間に斬り込む。

 返り血はたくさん浴びたがまだ倒せない。



 ──グォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!

 ──ギュオオオ!!!

 ──ガァアアアアアアアア!!!



 ベヒーモスが悶絶しながら大地を揺らすほどの咆哮を放つ。


 普通ならびびるところだが今の俺は動じなかった。

 出血した頭部をもたげ、角を向けて突進してくるベヒーモスに対して身構える。


 先の尖った大木を思わせる角の攻撃を義手の左腕を構えて受け止める。

 両足の裏がしばらく地面を滑ったが、ベヒーモスの突撃を腕ひとつで耐えしのいだ。



「──悪いなデカいの。俺の鎧と左腕は、ちょっとじゃ壊れない硬い衣裳(ハードモード)なんでね!」



 俺は角に掴み上がると、そこからベヒーモスの背に乗り上がった。

 振り落とそうと暴れまわられたが、鬣をしっかり握って掘り出されないようにした。



「時間がないか──」



 俺は首のうしろを剣で突き刺す。

 今までで最大級の叫びが怪物から上がる。当たりのようだ。


 深く、深く刺し込み抉る。


 ──じわじわと鈍くなる抵抗。


 やがてベヒーモスは息絶えた。

 力尽きて動かなくなる頃には、俺の【魔身解放】も終わっていた。






「ベヒーモスの血はいい薬の原料になったのに」



 タニアは俺が敵を大量出血させたことを咎めるが、顔はご満悦だ。

 Sクラスモンスターともなるとガイアドラゴンがそうだったが全身がレア素材の塊みたいなものだ。

 錬金と調合が得意なタニアにとっては何よりのお宝なのだろう。



「村の住人が戻るまでに片付けるわよ」

「へいへい……」



 Sクラスモンスターの討伐なんて、かつてBランク冒険者だった俺にはギルドが間違っても受けるのを許してくれない高難度の依頼だった。

 Aランク以上のパーティーを幾つか集めて掛からせるような仕事だ。


 それをたったひとりで退治できてしまうのだから、なんというか今の自分の強さに呆れてしまう。


 ただ俺自身の努力や才能で得た力じゃないから何とも実感が伴わない。

 もっと若いガキの頃にこうなっていたら今頃は俺強えーーっ!てなって調子に乗ってヒャッホーイしていたかもしれないが。


 しかし、この力があってもタニアが慎重になっているオベ何とかって集団のことは気になる。

 そんなにやばい奴らなのか?


 まあ、立て続けに災厄級Sクラスモンスターを召喚できる連中だから、そこらの盗賊団なんかとは訳が違うんだろうが。



「ベヒーモスの肉って美味いのか?」



 俺がいい感じの大きさに切り分けた肉を、タニアは氷結魔法で凍結させながら内部の温度が変わらないとかいう便利魔法の箱に詰めていく。

 どんどん放り込んでも平気なのを見て、俺はレベルの高い魔法っていうのはもう何でもありなもんだなと思った。



「どうかしら。でも無駄に量が多いから売却したいところね」

「ベヒーモスの肉なんて珍しいもの売りに出したら、オベ何とかに気づかれるだろ」

「あら、いいところに気づいたじゃない。大丈夫よ。転移魔法で飛んで向こうの大陸の大都市、しかも闇市に流すから」


 どうにも一般兵士だった俺には手の届かない感覚の話だ。

 俺にしてみれば別の大陸なんてほとんど絵空事みたいなものだからな。



「魔法でこのモンスターの解体もパパッとできないもんかね」

「素材を痛めないためには手作業が一番なの」






 ベヒーモスの肉は高く売れたらしい。

 テナイの街でタニアは一軒家を購入した。



「今日からここが私のアトリエよ!」



 一日、テナイの物件を巡るのに付き合わされた。

 結局は最初に見た空き家が一番いいということになった。

 もっとも、タニアが部屋で異臭を漂わせたり爆発を起こしたせいで宿屋を追い出されたりしなければ家を買う必要もなかったのだが。


 もともとは武器職人が暮らしていた工房兼住宅という建物だ。

 地下室があるのがタニアのお気にめしたようだ。


 俺も宿屋から移ってきた。

 魔改造された身体の秘密を守るためにはそのほうがいいからだ。


 どうやら家事全般は俺の役割らしい。


 冒険者ギルドには再登録した結果、Dランクからの再スタートになった。

 順調に依頼をこなしさえすれば、いずれはBランクには返り咲けるだろう。


 タニアから、俺=黒き鋼の騎士ってことは秘密にするよう頼まれているので【魔身解放】を冒険者の仕事で使うのは基本的にダメってことになっている。

 やっていいなら、AランクはおろかSランクすらも夢ではないが。



「当面は、この街に落ち着くわ」



 タニアはそう言って毎日、地下室にこもっている。

 俺はぼちぼちと冒険者ギルドの依頼を毎日チェックしては、タニアに言われた薬草なんかの素材を集めつつもできる仕事をやっていく。


 毎晩帰ってくるように厳命されているので遠くに行く依頼は受けられない。


 しばらくはのんびりした日々が続いた。



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