5,村の少女/ハーミア
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ハーミアは洗濯物をひととおり干し終えると空を見上げた。
快晴だ。陽が降りるまでには大量に干した衣服も乾くことだろう。
次は炊事だ。
魔石鉱に潜った工員たちが休憩に上がってくるまでには昼食を準備しないといけない。ハーミアはその手伝いをする必要があった。
鉱山の村が新参者であるハーミアの家族を向かえてくれたのは、こうしてやるべき仕事があるからだ。
巨大な地を這うドラゴンに村を追われ、親類を頼って避難した村にもドラゴンが来たのでハーミアと両親は別の地に逃れるしかなかった。
同じ村の人々は都市を目指した。
しかし、ハーミアの両親はなるべく田舎を望みこの村に流れてきた。昔、都市でひどい目に合ったからと母が言っていた。
ハーミアとしても、あまり人が多いことは苦手だからそれでよかった。
(でも──)
ハーミアはひとりの男の面影を思い描いた。
ドラゴンに襲われたあの日、絶体絶命だった自分を身を呈して守ってくれた勇敢な兵士。
名を──テシウスといった。
瀕死の重症を負った彼だが、不思議な少女の手で一命をとりとめた。
命の恩人だからということもあり、ハーミアはできる限りの世話をした。
もしも彼とであれば、都市での生活もいいかもしれない。
ハーミアはそんなことを思う。
(今頃、どうしているのかな)
空になった洗濯篭を手に、ハーミアはどこかにいるあの男のことを考えるのだった。
少しばかりは新生活にも慣れてきたかと思った村が、今度は別の巨大なモンスターに襲われた。
ハーミアはもしかしたら自分は呪われているのかもしれないと絶望した。
以前にハーミアの村を襲ったのとは別の種類のモンスターだった。
あの岩山の塊のようなドラゴンも恐ろしかったが、今回もまた負けず劣らず強大で遭遇した者を震撼させる化物だ。
「ベヒーモスだ──! まさかこの目で見ることがあるとはなあ」
昔、冒険者をしていた老いた工員がそう言った。
魔石鉱の村に若者は少ない。
村に生まれた子も、ある程度の年になればもっと稼げる仕事を求めて下山していく。
戻ってくるとしたらそれは夢破れた後だ。
突如として出現したベヒーモスに、村が対抗できることは何もなかった。
ただ逃げ惑うだけだ。
ハーミアは中でものろまだった。
だから一番にベヒーモスなるモンスターに踏み潰されそうになった。
(もうだめ────!)
頭を抱えてうずくまるしかなかったハーミアを、何者かが抱え上げ救いだした。
フードを深く被りマントに身を包んだ正体不明の人物だった。
『大丈夫か?』
まるで女性かのような艶やかで若い声。
ハーミアは直感的にこの人は魔法で声を変えていると思った。
言葉を出す代わりにハーミアはぶんぶんと二回、頷く。
『よし、この村の人たちと逃げるんだ』
近くにいたリーダー格の工員にハーミアを任せるとマントの人物は剣を鞘走らせベヒーモスに向かっていく。
「あ、あんたは一体?」
『時間稼ぎをしておく。今のうちにここから人々を連れて逃げろ 』
手にした剣を見たときに、ハーミアはもしやと考えた。
ベヒーモスが炎を吹き出してその人物のマントを焼く。
焦げて落ちたマントの下から黒光りする全身鎧を纏った姿が現れる。
「な、なんだあいつは!」
「まるで鎧が動いているみたいだぜ!」
それを見た者たちから驚愕の声が上がる。
ハーミアはそれが誰なのかを確信していた。
剣を構える前にした仕草が、何度か見たことのある義手になった左腕を重そうに一回しするあの癖だったからだ。
(テシウス──さん)
全身鎧の人物はベヒーモスの標的になるが、軽やかに繰り出される攻撃を避けていく。
「あんな鎧を着ているのに、なんて動きをしやがるんだ!」
「すげえな……よし、今のうちに逃げるぞ!」
誰かがハーミアの腕を引く。
鉱山の村の住人たちは離れたところにある廃坑を目指して逃げた。
誰もが気づかなかったが、ハーミアだけは物陰に隠れてモンスターと戦う彼を見守る少女の姿を見逃さなかった。
一夜が明けて、廃坑から出てきた村人たちが見ることになるのは、およそ三分の一の建物が倒壊した村の惨状と、まるで村の真ん中に居ながらもその場から突然に消え去ったかのようなベヒーモスの残した破壊の痕跡である。
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