4,敵の名は
「ドラゴンはね、全身に利用価値があるのよ」
タニアが言うので、ガイアドラゴンの解体を手伝わされることになった。
俺がひたすら部位を切り落として、タニアが必要な加工を施し魔法の収納鞄に片付けていく。
ドラゴン退治よりも解体のほうが骨の折れる作業だった。
「魔導結社オベロン。それが敵の名よ」
作業中、タニアが唐突に話を始めた。
「聞いたことはある?」
「いや」
竜の鱗を剥ぎながら質問に応じる。
まったくさっぱり初耳の組織だ。
「じゃあ、賢者ティターニアは?」
「有名な冒険者だな」
「私のことよ」
思わず手を止めてタニアを見た。
若くして高度な魔法に精通した冒険者として名を馳せているティターニアだが、タニアがそうだというのなら不自然だ。
なにしろタニアは若すぎる。
ティターニアの活躍は五年ほど前から耳にしたことがある。
同一人物ならほんの小さな子供だった時期からタニアは冒険者として名前が通るくらいの活動をしていたことになってしまう。
「ある日、オベロンなる組織から勧誘があったの」
俺の疑問を無視してタニアは自分に起きた出来事を語る。
優秀な魔術師を好条件で誘うオベロンから、冒険者では得難い高額の報酬でタニアを雇いたいと持ちかけられたこと。
解答を保留して組織を調べたが、どうやら複数の高名な魔術師が属するそんな組織があるようだということ以外の詳しいことはわからなかったこと。
そして、誘いを断ると消されそうになったと。
「ティターニアは現在、消息不明で……死んだことになっているわ」
彼女の今の姿は魔法で調合した薬品により若返っているせいだという。
オベロンの目を欺くための処置だとタニアは言った。
「そんなに危ない奴らなのか」
「そうね。組織の規模、目的も不明で計り知れないわ……このガイアドラゴンも連中が召喚したのよ」
「こいつを?」
魔法による召喚。
俺はガイアドラゴンが前触れもなく人里に出た理由に納得した。
てことは、俺はそのオベロンとやらのせいで死にかけたのか。
「だが、なんでそんな真似を」
「不明よ。でも、何者かがこのドラゴンを退治したことを知ればオベロンの興味を引くでしょうね。だからこれが私たちの仕業だと噂になるのは危険なの」
「……ドラゴンを召喚した奴は?」
「魔術師ライサンダー。身を隠して見ていたんだけど、召喚のあとすぐに転移魔法で姿を消したわ。今頃、ドラゴンが息絶えたことには召喚師なら気づいているはず。解体を済ませたらすぐにここを立つわよ」
タニアによると、ライサンダー自体は取るに足らない魔術師だがオベロンの目的を探る上で泳がせておきたい人物だという。
「ひとつ聞いていいか」
「なにかしら」
「なぜ俺を助けた?」
しばしの沈黙があった。
作業をする手を止めず、タニアはゆっくりと話を切り出す。
「身体を若返らせたせいで魔力が半減しているの。でも調合と錬金だけは以前のレベルを維持できる。戦闘になったときのためにはゴーレムを生成しようかと考えていたのね。それで、強いゴーレムができそうないい素材を探しながらオベロンの動きを探っていたのだけど……」
そんなとき、ガイアドラゴンの爪に一突きされて死にそうになっている俺を拾った。
そして錬金術による魔改造をすることで俺を救い、強力な力を持つ戦闘員として同行させるために再生させた。
「俺はゴーレムのかわりかよ」
「あら。ゴーレムじゃ貴方ほど強くならないわ。むしろ私に協力してくれる貴方なら最高の戦力よ」
「なぜ素直に協力する前提なんだ」
「だって大して強くもないのにガイアドラゴンに立ち向かう真面目な兵士じゃない。そんな人材、なかなかいないわ」
俺は返す言葉を失う。
あのときは普通に時間稼ぎくらいならできると思っていたんだ。
別に、か弱い村人たちのために命を投げ出したとかそんなんじゃない。そんなんじゃないが、客観的に見てやったことは自己犠牲そのものか。
「俺はそんなに真面目じゃないさ。ただ──」
「ただ?」
「……大して強くもない兵士だったからな。守るべき家族もいない。自分の命の価値を、高くは思っていないだけさ」
俺の言葉を受けて、タニアは俺の胸を指差した。
その目は少し怒っているようでもある。
「ここに貴方の新しい命がある。これは使い方次第では大変な価値を生み出す、とても有益な命よ」
「…………」
「私のあげた命、大切にしてもらわないと困るわ」
最後に瓶詰めにした竜の血を片付けると、もうガイアドラゴンはその場に居なかったかのようになった。
ここで戦闘があったことすら、なぎ倒された周囲の木々を別にすれば証拠は消されたと思える。
俺たちはその場を離れ、付近では最も栄える都市テナイに向かった。
「できたわ!」
テナイに着いて三日。
宿屋の個室に引き込もっていたタニアがついに出てきた。
よくわからないガラクタだらけで散らかった部屋に連れ込まれた俺は完成したばかりのマジックアイテムを見せられる。
「腕輪か?」
「いいえ、これは鎧よ」
タニアがそう言って腕輪を捻り可動するパーツを動かすと、彼女の言うように腕輪は全身鎧に姿を変えた。
「なっ……! すげえな」
「私は天才だもの。貴方、これを使いなさい。【魔身解放】を使っているあいだは必ずこの鎧で姿を隠すの」
タニアは再び腕輪にそれを戻すと、俺に投げて寄越す。
装着し展開してみると全身鎧はピッタリと俺の身体に合っていた。
専用に寸法を調整して造られているのだろう。
視界が悪いのはいただけないが、たしかにこれを着ていれば人前であの禍々しい姿に変わっても指名手配されずに済みそうではある。
「呼び名は……そうね、黒き鋼の戦士──いえ、私に仕えるんだから騎士でいいわね」