2,兵士と賢者
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次に起きたとき、俺の胴体の中心部分は金属の硬い板で固められていた。
内部に魔導で動く心臓が収まっているそうだ。
静かに呼吸をすると胸の奥に熱を帯びて拍を打つ魔力の根源が埋められているのが感じられた。
左手も二の腕から先は金属製の義手に変えられている。
自分の手のように意志を込めれば挙動するが、ギシギシと鳴る硬質な間接の音にはしばらく慣れそうもない。
俺は言われたとおり、改造されていた。
魔法による人体の改造。魔改造をされていたのだ。
「それにしても、あんたがそんなに若いとはな」
俺は自分の体を弄くり回して生き残らせた女にそう言った。
会話ができるようになって、彼女のことをしっかり見て、俺は感じたことをとりあえず口に出したのだ。
話し方からもっと大人だと思っていたが、よくよく見ると彼女は小さな少女でしかなかった。
年の頃は十二、三あたりか。
もっと下かもしれない。
エルフのような白いきめ細やかな肌。肩まで伸ばしたフワリとした金髪に、整った顔立ちはどこかの貴族令嬢と名乗られても信じられそうだが、厳しい碧眼の目付きの凍てつくような激しさは温室で育ったお嬢様には有り得ない。
「人を見た目では判断しないことね」
冷たい話し方でそう言い放つ少女、名はタニアというらしい。
たしかに魔改造とやらは錬金術の類いだとは思うがすごい技術の持ち主だ。只者でないのは間違いない。
タニアは小さな小屋を間借りしていた。
俺をほとんど殺したあのモンスターが滅ぼした村から、そう離れていない小さな村の外れにある一軒家だ。もともと住んでいた村人は別へ避難したらしい。
「動けるようになったなら、新しい身体でも剣が使えるようにしなさい」
魔改造とやらを受けてから三日ほどは眠っていたそうだ。
起きてからもしばらくは痛みが酷かった。
タニアによると馴染むまでに時間がかかるとのことだった。
死んでたほうがよかったかと後悔するほどの苦痛だった。
実際、モンスターの爪に胸を貫かれたときのほうが痛くなかった気がするくらいだ。
そのあいだ、タニアが俺のことをかいがいしく看病してくれたかというと違って、面倒をみてくれたのは別の女の子だった。
滅ぼされた村にいた子だそうだ。
家族でこっちの村に逃れてきているのだが、毎日顔を出しては世話を焼いてくれる。
シャイなのか目も合わせず言葉も出さないので名前すらわからないが。
「貴方に感謝しているみたいよ。あの村にいた兵士で、まともにモンスターに立ち向かったのは貴方くらいだったから」
タニアはそう説明した。
たしかに同僚たちは我先に逃げ出していたか。給料泥棒め。
しかし俺がどうなったかを思えば賢明だっただろう。
あの時はなんとなく牽制くらいはできると勘違いしてしまった。
たぶん今考えると、元Bランク冒険者という中途半端な強さが蛮勇のもとだ。
「殺られたけどな」
「でもそのおかげで救われた村人は多かった」
「仕事だからさ」
「そうそう。仕事を忘れないでね。私のために戦ってもらうんだから」
約束はしたから忘れてはいない。
俺はタニアから新しい剣を貰うと、ひとりで素振りを始めた。
まだまだ動くと生身と金属の継ぎ目が痛むが、いずれは慣れそうだ。
庭でブンブンやってると村の子供らが遠巻きに見ていた。
俺もあんなふうに冒険者や剣士に憧れた時期があったな。そんなことを考えてしまう。
それにしてもいい剣だ。と、タニアに渡された剣を振るいながら感心した。
そこらの冒険者では一生に一度すら手にできないレベルの逸品だ。
タニアにそれを指摘すると「貸してるだけだから」と返された。
「勝手に売り捌いたりしないでね」
「そんなことするかよ」
「そもそも貴方の身体は半月に一度はメンテナンスをしないと生きられないんだから、私から逃げたり離れようとも思わないことね」
そんなことを言われた。
そりゃ半分、奴隷みたいなもんか。
生かしてもらったことで基本的にタニアには感謝しているのだが、思った以上に自由がないようだ。
いざとなったらあらためて死ぬだけだと思えば気楽だが、タニアにもしも何かあったら俺も終わりなんだということは頭に入れておいたほうがいいみたいだ。
新しい身体は思いの外、快調だ。
息が上がらないのがいい。
魔法の心臓のせいでかなりスタミナに余裕がある。
腕は器用に動かせるには練習が必要だが、逆に有り余るパワーがあった。
ゴブリンくらいなら殴って始末できそうだ。
兵士の仕事は知らないあいだにタニアが手続きをして退職させられていた。
そのかわり冒険者ギルドに再登録されている。
まあ、タニアに雇われたような状態だからそのほうがつごうはいいだろう。
「良好なようね」
庭で剣を振る俺のところに、家から出てきたタニアが話し掛けてきた。
「おう。そういや聞くけど、俺が戦うのって相手はどんなやつだよ?」
「あら決まってるじゃない。例の、災厄級モンスターよ」
こりゃまた死んだな。と、俺は思った。