謐 ~秘密の時間~
本が好き。図書室が好き。そして……。
「はい、返却は一週間後です。よろしくお願いしまーす」
本の貸し出しを終えたわたしは、閉館の札をドアに掛けカウンターに戻るとゆっくりと椅子に腰掛けた。
そして無人となった閲覧室を、ある期待を持ってカウンターから眺める。
放課後の図書室、わたしの秘密の時間。
(始まるかな?)
そしてそれは五分も経たないうちに果たされる。
人がいなくなった途端、書架に収められた本たちが、聞こえない声で囁き合いながら、室内の空気を引き寄せ始める。まるで綱引きをするかのように。
ゆっくりと、ゆっくりと、室内が張り詰めていく。
人の動きによってかき混ぜられた空気は、それぞれの書架に吸い込まれるように、やがて一つの均衡を保って止まる。
静謐。
まるで時間さえもが止まったかのように、図書室は独特の世界を形作る。
わたしはこの瞬間が好きだ。まるで一枚の絵。
そしてわたしも瞑目をもってその世界の住人となる。意識がカウンターにいる身体から脱け出し、本たちの背を人差し指でなでながら室内を散歩する。
もし誰かが今、この無人の室内を写真に撮ったならば、わたしが幽霊よろしく写りこむかもしれない。
まさに至福の時。
この時間を味わいたいがために図書委員になったといってもいいくらい。
これが永遠に続けばと埒もないことを思う時、いつも無情にもチャイムが響き、下校時刻をわたしに知らせる。
静かに目を開け、呆けたように余韻にひたるのも楽しみの一つ。
けれど今日は、それはお預けになった。
「いいかい?」
静かにドアが開かれ、先輩が入ってきたからだ。
わたしは急いで支度を整え、関先生に挨拶をすませ先輩の元に駆け寄る。
ドアから出るとき、わたしは一度振り向き、心の中で言う。
「また明日ね」
当然返事はない。けれどわたしにだけはわかっている。
さらに静寂を深めることで、図書室は明日という一日を待ち始めたのだ。
横に並ぶと先輩が小声で謝ってくる。
「ごめん、ちょっと早く来すぎた?」
「いえ、そんなことないです」
今まで誰に言っても理解されることはなかった、わたしの密かな楽しみ。
「ちょっとイッチャってんじゃない?」
と馬鹿にされるのがオチだった放課後の図書室のこと。
けれど先輩だけは違った。あれはいつのことだったろう。
「ああ、なんとなくわかるな、それ」
顔を赤くしながらそれを話したとき、先輩は笑うことなく聞いてくれたのだ。
「オレも部室で写真に囲まれていると、そんな気分になる時あるよ」
嬉しかった。ただ、嬉しかった。わかってくれる人がいた。その時からだったんだと思う、先輩を見る目が変わったのは。
そして今横を歩く先輩は、今日も時間を見計らってくれたのだろう。
ちらりと隣の先輩を見る。さりげない優しさを持った人。鈍感そうに見えながら、繊細な心を持っている人。
図書委員になってこの人と知り合えて良かった。
「ん、どしたん?」
「あ、いえ、なんでもないです」
目が合ってしまい、少し恥ずかしくなって俯いてしまうわたし。
けれど心の中ではいつも大きな声で言っている。
本が好き。図書室が好き。そして…




