テツコの部屋
わたしがいつものごとくカウンター内に陣取っていると
「むっさしのせ~ん、むっさしのせ~ん♪」
と意味不明なフレーズを繰り返しながら先輩が図書室に入ってきた。
あいもかわらず変な人だ。そしてわたしは嫌な予感。そのまま司書室に行って、と願う時に限って目の前で足を止める。
あ、やっぱり…。ため息をつきたくなるわたし。
けれど、わたしのそんな気持ちなどお構いなしに先輩はカウンターに肘をつく。
「ねえねえ、高橋さんさあ、『鉄塔、武蔵野線』って知ってる?」
はあ?なんですか、いきなり。
てっとう?頭の中で反芻し「ああ、鉄道の聞き間違いか」と早合点したわたしは
「電車はめったに乗らないからわからないです。武蔵野線てあれでしょ、浦和を横に走ってる線路でしょ」
そう答えてから、東西っていえばよかったなどと軽く後悔。
「あ、違う違う。電車じゃなくて、えーと、ほら……」
ほら、と言われても。
「えーと、ほら、あれ」
先輩、いきなりアルツですか?
「そう、送電線!」
思い出せて安堵したのか、声が少し大きくなるあたりがちょっと可愛いと、これまた変なわたしは思うわけで。
「送電線てさ、線路みたいに名前が付いてんだよね、知ってた?」
「なにゆえ送電線?」ってことのほうが知りたいんですけど。
「いやさ、『鉄塔、武蔵野線』って映画観てさ」
「面白かったんですか?」
「そうそう、これがまた。よかったら今度貸してあげよっか。テレビの録画だけど」
かなり昔の映画らしいのだけれど、琴線に触れたらしい。
しばらく、この映画のことが話題となって、熱弁をふるう先輩。だけど話があっち行ったりこっちに来たりで、あまりにまとまりがないのでここはスルー。
先輩、ごめん(・人・)
さてここから本題。
「でね、映画も良かったんだけどさ、今度写真撮るのに、そっか、鉄塔も面白いかなって」
その言葉にわたしの危険感知信号が点滅。ふむ、読めた。ここは先んじてきっぱり。
「言っておきますけど、わたしは撮りませんからね」
「え」テンテンテンと沈黙する先輩。
はぁ…。結局ため息をつくわたし。
「やっぱり、もう。先輩ってば、わたしは部外者なんですから巻き込まないでくださいよ」
「いや、巻き込むだなんて、そんな心外な」
「あれでしょ、文化祭に出す課題、鉄塔がいいとか言ったんでしょ」
「あれ、わかっちゃった?さっすが。でもさ、ほら、あの性悪副部長さんにいきなり反対くらってさあ」
写真部では、自由作品とは別に課題モチーフを決めて、それを部員全員が文化祭に出品することになっている。
ただ、その選定において、モチーフを提案した部員及びそれに賛成した部員は予めデモともいえる写真を撮らなければならない。
そして、それらの写真を元に多数決を行い、課題モチーフを決めるというわけだ。
(それにしても、なんでわたしが写真部の内情について、ここまで知っていなくちゃならないの?)
「で、何が候補に挙がっているんですか」
「えーと、「学校」と「夕空」かな」
「小峰先輩は?」たぶん前者だろうとは思うけど、一応念のため。
「わかるでしょ」と先輩はわたしの考えを読んだかのように答える。
「校舎を撮らせたら右に出る者なし。いい感じで撮るんだ、これがまた。まったくさ」
なんやかんや言っても、二物を持った美人のことは認めているようで。そこらへんのところが、わたしとしてはちょい不満があったりなかったり。
「で、あまりに分が悪いということで、援護射撃をしろ、と?」
「しろ、だなんてとんでもない。高橋さんのその斬新奇抜なセンスで助けてはもらえないでしょうか、とお願いしているんだけど」
「それ、褒められていないような気がするんですけど」
「いや、そんなことないよ。君の事は、あの副部長さんも認めているし」
「うそくさ~。だいたい、普通後輩の部員に声かけません?わたしを味方に引き入れたってしょうがないでしょ」
「いや、それがさあ、みんな薄情者ばっかでさあ……」
「夕空」を提案したのは誰だか知らないけれど、どうやら三つ巴の戦いというには程遠い勢力差になっているみたい。
思いつきで鉄塔を提案したのはいいけれど四面楚歌状態? で、とりあえず誰でもいいから味方が欲しいよ、と。
でもなあ……。
「てか、部外者がしゃしゃり出る幕じゃないでしょ」
「あ、大丈夫。うちはそんなこと全然気にしないから」
いえ、わたしが気にするんですってば。というか、気にしてよ。
結局、送電線の鉄塔見上げているわたし。
先輩のために尽くす健気なわたし? と陶酔できなくもないのだけれど、何やってんだかなあ…、って気分のほうが上回っていて。
なにしろ、「ラ・リーヴ」のケーキ、どれでもいいから三つでどう? とのお言葉についつい目がくらんでしまったわけで。
別腹機動隊がまだかまだかと待機しちゃっているし。
わたしのくいしんぼー!!! 先輩の食わせ者ー!!!
声にならない心の叫びを発しつつ、事ここにいたっては、ため息ついても仕方なくカメラを構えるしかないわけで。
そしてシャッター押しつつ、ふと思ってしまう。
もしかして、これも「鉄子」っていうのかしらん?
「工場萌え」は流行ったけど、「鉄塔萌え」ってアリ?
副題 『 アデルはいかに鉄子となるに至ったか 』




