教室の中心で愛を叫んだアデル
このお話が本当の意味での「図書室と先輩」の続編(完結編)になります。
本題『「図書室と先輩」+1(プラスワン)』
ここだ。
わたしは入り口のプレートを見上げる。3年7組。理系志望のクラス。ミネコ先輩は6組だ。
教室の中をのぞき込む。先輩は?
いた。
おおよそ教室の真ん中で机に突っ伏している。寝ているのかしら?
しかしそれは、次のわたしの行動の妨げにはならなかった。
もしいなかったら、誰かに聞いて探し出す。
もしいたら、そのときどういう状況であろうとも、そう、寝ていようが、友達と談笑していようが、目的を果たす。
そう決めていたから。
と、そこへ背後から声がかかった。
「あれ、高橋さん?」
写真部の長谷川先輩だ。先輩と同じクラス。
何度か写真部に出入りさせてもらっていたから、覚えていてくれたようだ。
「小森かい?呼んでこようか?」
「ありがとうございます。でも自分で行ったほうが早いんで」
わたしは躊躇することなく教室に入る。
見慣れない女子が来たことで少し室内が少しざわつく。
昼休み。教室にいる生徒は半数くらい。
できればもう少しいなくなっていてくれたほうが良かったのだけれど、贅沢は言っていられない。どのみち同じこと。
わたしは先輩の机の前に立ち、声をかけた。
「先輩、起きて下さい」
その声に、ビクッと体を振るわせる先輩。
「あれ、高橋さん? どうしたの」
ゆっくりと顔をあげ、わたしを見上げる。
あ、よだれ。Yシャツの袖で口元をぬぐう。
きたないなあ、もう。
寝ぼけ眼とはどういうものなのかも、その身をもって教えてくれている。
(ま、本人にそのつもりはないんでしょうけど。……さて)
バシッ!
わたしは、顔すれすれの位置に、右手をたたきつけた。
思っていた以上に大きな音がして、室内にいた上級生たちが、いっせいにわたしを見る。
その視線を無視し、左手を腰にあて、先輩の顔を見下ろすわたし。
傍から見れば、素行に問題ありの下級生が、なにか言いがかりをつけにきたとしか見えないだろう。
ようやく目が覚めたように上体を上げる先輩。
「え、なに? なんかあった?」
驚いたようにあたりを見回したあと、わたしと視線を合わせる。
やっぱり、かわいいよな、この人。
自分の感覚が、女子高校生の平均的嗜好とは、明らかに異なっていることは自覚しているけれど、それこそ蓼食う虫の好きにさせなさいよと開き直り、わたしはそのままの姿勢で先輩を……睨む。
気合入っているからどうしてもこうなっちゃうんですよ。
しかし、いまだ状況を把握しきれずにいるのだろう、先輩の顔から困惑の色がみてとれる。
うーん、どうしたものか。もうちゃんと目を覚ましてくれたかな?
「先輩」
「うん、なに? 委員会のこと?」
一番の接点である図書委員のことで来たのかと思ったらしい。
「いいえ、違います。ここにきたのはあくまで個人的なことです」
「あ、そうなんだ。ああビックリした。んで、どうしたの?」
よし、大丈夫かな、目は覚めたみたい。
そこでようやくわたしは、姿勢をいったん元に戻し、両の手を机におきながら、先輩に顔を近づけた。
そして息を軽く吸い込むと、廊下にも響かんばかりの声で言った。
「先輩! わたし、先輩のことが好きです。つきあってください!」
一瞬の静寂。
そして室内の空気が、ざわめきからどよめきに変わる。廊下から次々と覗き込む上級生たち。
わたしは一度体を戻し、みぞおちあたりで両手を組んでみる。いまさらながらに顔が紅潮してきた。
どよめく教室。フリーズ状態の先輩。
「返事は後でいいですから」と、さっと教室を出て行く一撃離脱パターンも考えていたのだけれど、思っていた以上に精神力を削っていたらしい。
どうにもこうにも足が動いてくれない。
実はカエル状態になっているのは、先輩ではなく睨んでいるわたしのほう。少しでも気を抜けば、この場に座り込んでしまいそう。
わたしと先輩の間に生じた沈黙は、やがて教室内に感染しどよめきを収束させる。しんと静まり返り、この沈黙を破る役は受け持ちたくないと誰もが身動き一つしない。
秒針が一秒を刻むために十秒を必要とするような、そんな感覚。
とそこへ。
パチパチパチ
教室後ろの出入り口から拍手が聞こえた。
わたしの声は隣のクラスにも聞こえたのだろう。早々に駆けつけてくれたとみえるミネコ先輩が、にこやかに顔でそこに立っていた。
そしてわたしと目が合うと、あたかも魔女が呪文を繰り出すかのように「グッジョブ!」とサムズアップ。
するとどうだろう。それが契機となって室内は堰が決壊したかのようにどっと歓声に包まれた。
わたしはそのことであわてふためくよりも、逆に冷静さを取り戻し、ポカンと口を開けたまま、放心状態となっている先輩にもう一度声をかける。
「先輩?」
「え、あ……」
我に返った先輩は、それでも次に発する言葉を見つけられないでいるらしい。
「コモリー。どうしたー?」
ヒューヒュー!ドンドン!
周りの上級生が囃し立てたり、床を踏み鳴らしたりする中
「コ・モ・リ!コ・モ・リ!」
と小森コールが巻き起こった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、高橋さん。あの……、これ、なんの冗談?」
まあ、これも想定内。盛大なドッキリでも仕掛けられていると思っているのだろう。でも……。
わたしは前かがみになり、鼻がくっつきそうになるくらいまで顔を近づけた。
「本気です!」
これもまた、確実に周囲に聞こえるように言い切る。
あ、より目になっていないかしら?
おお~!またも歓声がわく。
廊下には、戻ってきたはいいけれど、室内でおきているささやかな事件のおかげで、入ろうにも入れないでいる上級生たちがあふれている。
あ、このままだと昼休み終わっちゃう。この場で返事を聞くのは無理かな?
「ねえ、小森くーん。かわいい後輩が勇気を出して告白してくれたのに、なんの返事もしないで帰しちゃうの?それってヒドくない?」
助け舟を出してくれたのはミネコ先輩だ。やはり頼りになる。そして長谷川先輩も。
「小森。ここは、はっきり返事をするべきだと思うぞ」
そうだそうだとギャラリーからも声が飛ぶ。
頭をかきだす先輩。
「がんばれー、こもりー」
「さっさと返事しろー」
頭をかく手は止まらない。先輩は先輩なりに最善手を模索しているらしい。
それは優しさか優柔不断さか?
わたしはそれにのことに自分なりの答えを持っている。
どっちだっていい。それが先輩なんだもの。
チャイムが鳴るまでやり過ごそう、などとは思っていないのだろうけど、時間が残り少なくなってきた。
「先輩?もしかして付き合っている人がいるとか?」
「いや、いないけど……」
いままでの付き合いから、それはないだろうと思ってはいたけれど、やはり直接聞くと安心する。
「じゃあ、立候補します」
おお~! ギャラリーの掛け声はさらに大きくなる。
「ダメ、ですか?」
「いや、そんなことはないけど……」
えーい、はっきりしろ!おっと、いけないいけない。
ここでわたしは胸の前でパン!と拍手一つ。
「そうですか。では、こうしましょう。クーリングオフを設けますから、とりあえず一ヶ月くらい、お試しで付き合ってみませんか?その後で、やっぱりダメだ、と思えばフッてくださって結構ですし。とりあえず、お友達よりちょこっと上な感覚で始めてみませんか?」
わたしにとって、譲歩できるのはここまで。 これで断られたなら……平手打ち、決めるより他に手はなくて。
まじまじとわたしを見つめてくる先輩。
「あ、それなら……。うん、ああ……、よろしく」
(ガッチャ!)
心の中でガッツポーズ。
ここでわたしは先日みた有名アニメの泥棒さんを気取ってみたり。
「上出来です。ほんじゃま、握手、と」
あの警部さんみたいな返しは困るけど、と思いつつわたしは先輩に右手を差し出す。チラ。
あ、先輩もなにか気づいたみたい。
「フン、馴れ合いはせん!」
「あれま」
やっぱり先輩もアレ見てたんですね。そこでようやく先輩の顔が緩む。
「なんてね。君は本当に性悪だな」
そういいながら、先輩はわたしの手を握る。ようやく調子が戻ってきたみたい。
「性悪魔女って言ったのは先輩ですよ。お忘れになりました?」
「覚えているさ。だけど、こんなことやってくるとは思っていなかったよ。でもまあ……。そうだね、うん、仲良くやっていこう。たぶんクーリングオフも使わない」
ここで教室内はさらにヒートアップ。廊下からも上級生たちが流れ込んできた。
「いやあ、いいものみせてもらった!」
「おめでとう」
「おい、小森、やったな」
先輩とわたしの周りにみなが集まってくる。
あ、なんだろう。泣いている女子の先輩もいる。
みなに祝福されて、わたしもちょっと感極まってきたけれど、時計の針が止まることはない。そろそろ戻らないと、ギリギリだ。
「みなさん、どうもお騒がせしました。ありがとうございました」
周りに頭を下げ、さらに何度も頭を上げ下げしながら出口に向かう。
その背に「仲良くね~」「幸せになるんだよ~」と温かい声がかけられる。
あ、マズイ。涙腺が……。
先輩はというと、友達から叩かれたり首をしめられたりと、これまた乱暴な祝福を受けている。
少しにじんだ視界の中、ミネコ先輩が右手をあげて待っていた。
わたしはそれに応えるように、勢いをつけてハイタッチ。
「やったね!」
「ハイッ!」
途端にわたしの目からは涙が溢れ出す。
「うんうん、がんばったね」
そんなわたしをミネコ先輩はやさしく抱きしめてくれたのだった。
先輩のクラスでは、しばらくこのことで盛り上がったそうだ。
この件は「3-7の奇跡」と名付けられた。
アニメ化もされた小説の主人公になぞらえて、先輩にはあだ名がつけられたらしい。
いわく「3-7の英雄」「魔術師ジン」「ミラクル・ジン」なんとも不名誉極まりない「ペテン師ジン」
そしてどうやら最後のあだ名が定着しつつあると後日先輩にぼやかれた。
中身はともかく、さえない見た目の先輩のもとに、後輩女子がやってきて皆が見ている中で告白。そしてなんとそのままカップル成立。どうやって騙したんだ! 催眠術にでかけたのか? おかしすぎる! うらやましすぎる! と、多くの同級生男子から嫉妬を買ってしまい、目出度くジョブチェンジしたそうだ。
言いえて妙、とミネコ先輩は笑っているけど、ちょっとかわいそうかな。
なんとか名誉回復の手立てを考えてみます。
わたしはというと、これもある小説のタイトルから通り名を与えられ、それ以降、先輩のクラスに行くたび、苗字ではなく下の名で呼ばれることが多くなった。
あれほど嫌っていた名前だったけど、その嫌悪感はどこへやら、今では毛ほどの抵抗感もなく受け入れられるようになっている。
なにがどう転ぶかわからない。本当に不思議なものだ。
今考えれば、かなり常軌を逸した行動だったと、思い出すたび赤面するのだけれど、二人きりの時に告白するという選択肢を全くもって考え付かなかった。なぜだろう?
わたしって、やっぱりどこかおかしいのかしら?
ミネコ先輩に聞けば「イッヒッヒッと笑っていれば?」と茶化してくるし、肝心の先輩はといえば「チッチッチッ」と得意のポーズで誤魔化すばかり。
まあ、いいか。
さてさて、本当にクーリングオフされないか、不安がないといえばウソになるけれど、もっともっと先輩を好きになっていこう。もっともっと自分を好きになっていこう。
図書室で先輩を待つのはもう終わり。だって……。
そう、これからはわたしが会いにいくのだから。
『図書室と先輩~ぷらす♪~』はこれにて終了です。
他にもかなりあったのですが、まさに粗製乱造。
GLもの、魔女っ娘もの、内輪もの。ひ、酷すぎる。
まあ、掲載分もかなり駄文ワールドですが。
さて、とにもかくにも「完結」です。
お読みいただいた方には感謝申し上げます。
ありがとうございました。




