アデル、図書室出禁をくらう
関先生はおっかないです。
「あれ、どうしたの?」
図書室を出たところでミネコ先輩に声をかけられた。
バツの悪い、というのはこういうことを指すのかな。
「あれ、もしかしてテスト前だからもう閉館になっちゃった?」
「あ、いえ。やってますよ」
わたしは道をあける様に壁際に移る。
「あ、なんか用事?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど」
こういう時、即座に機転を利かせられればいいんだけど、誤魔化すには心の準備が出来ていないし、と言いよどむわたし。
案の定、わたしの不自然さに気付いたミネコ先輩。
「っそ。じゃあ、一緒に帰ろ」
「あれ、図書室に行くんじゃないんですか?」
「うん、何か借りようと思ったんだけど、いいや、また今度にするから」
こうしてわたしは図らずもミネコ先輩と一緒に帰ることになった。
たぶん、わたしの様子が変だったから、気を使わせてしまったんだと思う。
「ね、それよりどうしたの、今日は?」
階段を降りながら聞いてくるミネコ先輩。他の人になら絶対話すことはしないと思うけど、
この人に対してはそんな気にならないのが不思議ではあるのよね。
しかも先生に怒られた話なんて。
わたしは司書室での出来事を話し始めた。
「高橋さん、ちょっといい?」
いつものように当番でもないのにカウンターに入っていたわたしに、関先生が声をかけてきたのは椅子に座ってから五分もしないうちのこと。
ラベル貼りでもあるのかな、となんの警戒もせず司書室に入る。
書庫室で誰かが本の整理をしているようだ。あ、この手伝いかな?
しかし、横に立ったわたしに関先生は予想外の質問をしてきた。
「高橋さん、勉強のほうはどう?」
まったく思ってもみなかった奇襲攻撃にわたしは硬直。
「えっ、いえ、それなりに……」
しどろもどろに答えたわたしを見て先生はため息一つ。
「実はね、前々から言っておかなくちゃって思っていたんだけど……」
脈拍急上昇。思わぬ展開にちょっと足が震え始める。
そして先生は遠回しな言い方など一切することなくズバリ。
「高橋さん、ここを逃げ場所にしていない?」
えっ? 一瞬何を言われたのかわからなかった。
逃げ場所。その言葉がショックでわたしは何て答えればいいのかわからない。
そんなつもりはない。そんなこと考えたこともなかった。けれど……。
「図書委員としていろいろやってくれているのはよく知っているし、そのことではありがたいとも思っているの。でもね……」
そこで少し間を空けて、わたしの顔をまっすぐに見つめてくる。
目をそらそうにもわたしは蛇に睨まれた蛙状態。
そして決定的な一言。
「もう甘えるのはヤメになさい」
「うわっ、きっつう。関先生も容赦ないなあ」
「仕方ないです。自業自得ってやつなのかな」
靴を履きながら、わたしは力なく答える。
「それで?」
「ええ、テスト終わるまで入室禁止、くらっちゃいました」
「あっちゃあ…。でもテスト終わっちゃえば、いいんでしょ」
「ええ、とりあえずそう言われましたけど。でも先生が言っていたのは、勉強のことだけじゃないと思うんですよね」
「家のこと?」
そう、先生には大概のことを話してある。
今、祖母の家で暮らしていることも、そしてその成り行きも。
たぶん、先生の目にはわたしのことが家に帰りたがらない駄々っ子のように映っていたに違いない。
おそらくそれらを踏まえたうえで、先生はわたしを叱咤したのだろう。
正直なところ、ショックではある。あるのだけれど……。
本の片付け。手伝ってあげたかったな。
たぶん二つくらい先まで話しながら歩こうというのだろう。
ミネコ先輩が校門前の停留所をスルーする。
「あ、でもただ怒られたってわけじゃないんですよ。『三人の石切職人』の話、されて……」
「ああ、あの話。じゃあ、やっぱり三人目の職人さんみたいになりなさいって?」
ミネコ先輩と話すのは本当に楽。物知りなおかげで、余計な説明をしなくて済む。これが楽しさにもつながっている。
「いえ、それも含めて考えてみなさいって。三人目みたいになってくれたほうが嬉しいは嬉しいんだけど、って」
「ふーん、関先生らしいね。それにしても石切職人の話かあ」
「よっぽど一人目の職人みたく見えたんでしょうね、わたしって」
「何言ってるのよ。みんな同じようなものよ」
わざとらしさは感じられない明るい声でミネコ先輩がカラカラと笑う。
「だから大丈夫だって。ね、落ち込まないの。あ、そうだ。なんならまた一緒に勉強する?少しは見てあげられるけど?」
前に何回かミネコ先輩には勉強を教えてもらったことがある。おかげで少しは数学もできるようになった……ような気がする。
とはいえ、受験生でもあるミネコ先輩の大切な時間を、わたしのために費やさせるのはもってのほかと言うべきだろう。
ここは辞退を申し出てわたしは歩を進める。
「そんなこと気にしなくていいのに」
「いえ、お言葉だけで。ありがとうございます」
わたしはしみじみと思う。
司書の先生にだけでなく、ふたりにこんな気にかけてもらえるなんて、かなり恵まれた学校生活じゃないかって。
そうだよね。これでまだグチを言っていたら、それこそバチがあたる。
がんばろう。他の誰のことでもない、自分のことだもの。
あ、なんだかテンションアップしてきちゃった。
不思議。先生に注意されて落ち込んでいたというのにね。
馬の耳に念仏? 先生ゴメン。こんなわたしで申し訳ないです。
でも先生の言わんとするところは、しっかり噛み締めたから許して。
さて、となると生来の天邪鬼が顔を出し、余計な詮索を始めてしまうから困りもの。聞かないほうがいいんだろうなあ。
このまま素直にしょぼくれて帰ったほうが可愛さ10%アップの好得点なんだろうけど、うーん、でもなあ、それもわたしのキャラじゃないしなあ、と自問自答の挙句、つい口にしてしまうのが悪い癖。
「ミネコ先輩?聞いてもいいですか」
「ん、なに?」
「今日のこれ、ケーキ何個分ですか?」
「えっ?」
驚いたようにわたしを見つめるミネコ先輩。
ゆっくりと髪をかきあげ、ため息を一つ。うーん、美人はどんなしぐさも絵になるなあ。
「ふう。あーあ、やっぱり気付いてたんだ」
「いえ、もしかしたらって思っただけです」
そう、なんとなく気にかかっていたことから想像をふくらませたら、あり得るなと達した結論がコレ。
先生の叱られたのも、ミネコ先輩がちょうどよく登場したのも、どうやら誰かさんの思惑ではないかしらって。
「タイミング良過ぎた?」
「いえ、書庫室で本の整理していた人がいたんですけど、思えばそんなのやるのって先輩かわたしくらいですし」
「あのブァッカ。何のために関先生まで巻き込んだのかわかんないじゃない」
ミネコ先輩? 「バカ」にそこまで異様に力を入れなくても。
聞いたところによると、おおよその経緯はこう。
成績も良くないし、プラス家の事情で少し落ち込み気味だったわたし。先輩にそのことで思わず泣き付いてしまったのはつい最近のこと。
考えた先輩が、関先生に相談、アドバイスをお願いしたところ、この頃のわたしのヘタレぶりに業を煮やしていた先生、それはオイシイ役ねと特別出演?
出演料は書庫室の本整理。払うのはもちろん先輩。
関先生に出入り禁止をくらって気落ちするだろうわたしを、ミネコ先輩がさりげなく現れてフォロー役。
出演依頼にミネコ先輩がただで応じるわけもなく(ミネコ先輩、ごめん)
いつものパターンの「ラ・リーヴ」のケーキで手を打ったと推理してみれば、見事当たりでこれはこれで笑えるのかな?
かくして、作・演出、小森仁による寸劇「アデル、図書室出入り禁止をくらう」は上演された、というわけで。
「ね、みんな、あなたが好きなのよ。だから元気だして」
そんなこと言われてしまったら、涙が出てしまうのは仕方なく……。
ホント、先輩達ってわたしを泣かすのが得意。
停留所でバスが来るまで、ミネコ先輩に頭をなでられていたわたし。今考えると、ちょっと恥ずかしいけど。
でもそれ以上に嬉しかった期末試験一週間前の帰り道。
後日、先輩には手作りお弁当でお礼。
先輩のお弁当と交換。
結果、惨敗。お義母さん(仮)って凄い。んでもって、すっごく悔しい。
料理下手ではないつもりだったんだけどなあ。




