銀杏の木の下で
ちょっと、くさいお話です。
どうしてこの人はこうなんだろう。
普段は、ボーっとしててニブチンワカランチン。
こっちが思わずイラっとしてしまうこともあるくらいなのに。
けれど、つい油断していると、いつのまにか間合いに入ってきていて、会心の一撃をくらわせてくるんだもの。もうやんなっちゃう……。
「先輩、どうしたんですか、今日は」
自転車を押しながら、先輩の後ろを歩くわたし。
三歩下がって先輩の影を踏まず。うーん、わたしってば古風。ただ単にトロいということはおいといて。
「うん?ああ、たまにはね、こんなのもいいかなって」
一緒に帰らないかと珍しく先輩からお誘いを受けて、やってきたのは学校から程近い公園。
木々が多く花壇なども手入れが行き届いていて市民の憩いの場となっている。
それにつけても恨みたくなるのは先輩の優柔不断さ?
学校では必要以上にひっついてきたりするくせに、せっかく二人きりになれたってときは、手を握ってもくれやしない。
まったくもう、と思いながら聞いてみれば先程のような答えが返ってくるばかり。
なんだかなあ。
二人で散策。
風が少し吹くだけで枯葉がハラハラハラと。
うーん、実に絶好のデートスポット、かと思いきや、あたり一面に漂うギンナンの香り……、いいえ、この場合「匂い」と言ったほうが的確。
かなり微妙。高校生カポーが歩くにはちょっと難アリ?
でも銀杏がきれい。紅葉もある。
「ああ、まだ緑が残ってるね」
そう言われて、ふと見上げればそこには、まだ完全には黄色くなりきっていないイチョウの葉。
「そうですね。でももうすぐじゃないですか?」
わたしはなんの根拠もなく、黄葉を予言する。
「それにほら、あっちの木はもう……」
わたしが指差すところ、早さが自慢? のイチョウが日差しを受けて黄金色に映えている。
「ほんとだ。そっか、まだここは楽しめそうだね」
でも、先輩? いくらなんでもギンナン拾いは始めませんよね。今日はなんの用意もしてませんよ。
ギンナン拾いか……。
休みの日には、家族連れがそれを楽しむだろう。小さな子が「くさいくさい」とはしゃぎまわるだろう。
そんな光景が目に浮かぶ。
無縁だったな……。
そんなささやかな家族の思い出さえ、わたしにはない。
あるのは…
あ、まずい。この感覚は……。
切り替えなきゃ。早く切り替えなきゃ……、おちる。
せっかく先輩が誘ってくれたのに、こんなことで滅入っててどうするの。
そんなわたしの表情を読み取ってか、ふと先輩が真面目な顔をする。
「あ、なんか迷惑だったかな」
「いえ、そんなことないです……よ」
落下にブレーキはかかったけれど…浮上は出来ない。笑顔で返したつもりだったのに、矛先をかわしそこねて。
「ほんとに?」
先輩が思ってもいない真剣な表情で聞き返してくる。
「あ、わたし、あっちで写真撮ってきてもいいですか」
ここは逃げの一手しかないと思ったんだけど。
「高橋さんさあ……」
背にかけられた言葉を無視することなどできるはずなく。
「はい?」
「なんかあった?」
「へっ?」
「ああ、勘違いならいいんだけどさ、なんかさ、直で家に帰りたくなさそうだったから」
はい、これでOUT。
もうやんなっちゃう。
ここまで表情読まれていたなんて思いもしなかったから。
「な ん で、ですか?」
ようやく搾り出した言葉。
「なんでって……、そんな顔してるじゃん」
「……」
わたしは恥ずかしながら、その場で涙をポロリ。
涙腺て特定の人にはゆるくなってしまうのかな?
家のことでいろいろあるのはあるけど、いつもの自分でいたつもりだったのに。
そして周りに人がいないことを確かめると、先輩がわたしに手を差し伸べて一言。
「おいで」
優しい笑顔に抗う術をもたないわたし。
この人を好きになって良かった…
あいかわらずの情緒不安定ぶり。
ある意味安定しているとも言えますが。