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図書室と先輩~ぷらす♪~  作者: アデル
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アデルのカレーなる戦略

将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。


 漂うスパイスの独特の香りが、先程食事を済ませ満足したはずの食欲に、新たな誘惑と刺激を与えてくる。瀟洒な作りのカレー専門店。家庭ではまず作れないメニューが、写真付きで看板を彩っている。

 この香りと共に見たならば、今日は入らずとも次に通りがかったら、と思わせるに十分だろう。

 安易とも取れる店側の思惑。けれどわたしのようなタイプの人間には、実に有効な手段だと思う。


「ね、今度、ここに入ってみませんか?」


 食欲が行動原理の一つであるわたしは、短絡思考を恥じることなく隣を歩く先輩にその提案をする。


「うん? ああ、カレーかあ……」


 さして気乗りしない雰囲気で店構えを軽く眺める横顔に、わたしは軽いジェンダーギャップ?を感じてしまう。

 男の人は、一度その欲に一定の充足感を覚えると、そのことに関しての執着心が薄れるように思える。

 これは何事においても然り……。

 脈絡のない思考が色々と不満を並び立てる前


「あ、そうだ」


 と突然なにかを思い出したように先輩がわたしに向き直った。


「うん、そうだね。今度はここにしてみようか」


 その場しのぎにそう答えるのだろうと予想していたところだったので、つい面食らってしまう。


「な、なんです?」


「おかんにさあ、あまり変なこと教えないでくれよ」


「はい?」


 脈絡のなさでは同レベルな先輩の言葉。疑問符が脳内で片側に集中し、わたしはその重みで首をかしげた。


「なんのことです?」


「カレエ…」


 長音符にしないことと、その一言で口をつぐんだことで、非難を強調する先輩。

 お母さんとカレー?

 提示されたキーワードを組み合わせ、わたしは最近の記憶に検索をかける。

 即座にヒット!

 先輩のお母さんとは仲がいい。家に行くたび、先輩より長く話しているんじゃなかって思えるくらい。

 嫁対姑の間柄になれば変わるかもしれないけれど。

 あれはいつだったろう、三ヶ月ほど前?家に遊びに行き、先輩そっちのけでお母さん(いずれはお義母さん?)の話相手をしていたときのこと。

 わたしが時折作るカレーのレシピを教えたことがあった。レシピと言っても具材に何を入れるかってことだけなんだけど。

 たしかその時は……。


「キウイ」


 わたしがはっきりと思い出す前に、先輩はイヤミをこめるかのように、その果物の名をこれまた一言いってわたしを睨む。

 そう、キウイを入れると酸味がアクセントになって、後味もさっぱりすると話したことがあったっけ。

 でも、文句を言われるようなことにはならないはず……。

 ところが先輩は仏頂面のまま、ぼそり。


「酸っぱいカレーなんて初めて食ったよ」


 はっ?酸っぱい?


「おかん、キミに教わったって、もう喜んじゃってさあ。それはいいんだけど、アレはないだろう」


「ちょ、ちょっと待ってください。酸っぱいって、一体何個入れたんですか?普通なら半分か一個入れるだけですよ。酸っぱくなんか……」


「はあ、やっぱり」


 ため息をついてまじまじといった風情でわたしを見る。


「ウチのおかんのこと、わかってないねえ」


 どうやらお母さんは、家族分の個数プラスαを入れたらしい。

 六個入りワンパックがその日でなくなったとのこと。


(うわっ!)


「キウイ入れると美味しいですよ」とは言ったけど、個数までは言わなかったな、確か。


「もうああいうのは勘弁してくれ」


 わたしのせいにされるのはちょっと癪だったけど、それ以上にお母さんの豪快さに親しみを覚えるわたし。

 おかあさーん、グッジョブ! 

 と、そこへわたしのケータイにメールが。


『うらみ~ま~す~。うらみ~ま~す~。あんたのこと~しぬま~で~♪』


 中島みゆきさんの真骨頂?とも言える歌が、すれ違う人たちのスピードにわずかな変化を与える。

 おやっ?

 気のせいか、わたしたちの周りに、先ほどまでにはなかったスペースが生まれる。露骨に引いている人までいる。


「ちょいっ!それはないんじゃないか?」


 周囲の視線にいたたまれなくなったかのように、先輩は慌てふためいて小声で言う。


「え~、いい歌でしょ。ちょっとすみません」


「はぁ、こっちのほうが恨みたいよ、まったく」


 ぼそっとつぶやく先輩を軽くスルーしつつ、わたしはケータイを広げる。


「あ、()()()()からだ」


 全文を読み終え、速攻で返信したわたしは、手持ち無沙汰にしている先輩の腕に抱きつく。


「先輩、今日の晩御飯はカレーですって。早目に帰りましょっか?」


「あれっ?今日はお母さんの所に行くんだ。仲直りしたの?」


 離婚して家を出て行った母親とは今も折り合いが悪い。わたしの家庭環境をよく知っている先輩は「お母さん」をわたしの母親と思ったらしい。


「なに言ってるんですかあ。今のメール、先輩のお母さんからですよ」


「あ、そうだったんだ、ふーん……」


 ここで約3秒の間。


「って何で?何でウチのおかんが俺じゃなくてキミにメールすんだ?しかも夕飯のことだろ。どっかおかしくね?」


 先輩はケータイの相手として、母親からどう思われているかなど、まるで考えていないようだ。


「え~、だって先輩に電話したってつながらないこと多いし、メールしたって返事はぞんざいだって、お母さんボヤいてましたよ。つまんないからってんで、わたしとメアド交換したんですよ。結構やり取りしてるんですけど、知りませんでした?」


「ぜん、っぜん、知らんかった」


 身振りも交えて最初の「全然」に力を込める先輩。


「日頃の行いが余程悪かったみたいですね。お母さん、ちょっとオカンムリでしたもん」


「そんなこと、ない……と思うぞ。メールだってちゃんと返事はしてるし……」


「忘れた頃にでしょ。しかも五文字以上使わないって、お母さん言ってましたよ」


「今日は何時頃帰ってくるの?」に対して「八時」


「夜ご飯どうする?」には「いらない」などなど挙げればキリがないそうだ。


「いや、それにしてもだな、デートしてるってわかっているのに、たかが夕飯のことで、しかも息子本人じゃなくカノジョのほうにメールする母親がいったいどこにいるって?」


 まったく、なにを拗ねているんだか。


「はい、ここに」


 黄門様の印籠よろしく、わたしはケータイを先輩の目の前でひろげ、先ほどのメールを見せつける。 


挿絵(By みてみん)


「あまりウダウダ言うと、ホントにおいてっちゃいますからね」


 文面を見てその場でがっくりと肩を落とす先輩。


「はぁ、なに考えてんだ、あの人は」


「いいお母さんですよね。わたし大好きですよ」


「はいはい」


 母親をほめられて、悪い気はしないのか、先輩の顔も少しゆるみがちになる。たぶん本人は気付いていないんだろうけど。男の人ってそういうところがとってもカワイイ。


「じゃあ、今日はそろそろ帰りましょっか?」


「なんで?まだ早いんじゃん?」


「だって、お手伝いしますって返事しちゃったんですもん」


「おいおい、勘弁してくれ」


 その場のノリで返事してしまったのは、先輩にちょっと悪かったかな、なんて思ったりもしたんだけど、わたしはすでにカレーモード。

 またグチグチ言い始められるのも面倒なので、


「お部屋行ったら、あ~んなことやこ~んなことしてあげますけど?」


 なんて耳元で囁いてみたり。

 うーん、わたしは清楚な乙女だったはずなんだけどなぁ。

 性悪魔女のレベルばかりがあがっているような……。

 でもこれが効果抜群なのは経験済み。

 で、当の先輩はというと、そっち系の期待を隠すことなく瞳をキラキラさせて、手首を掴むやいなや、いきなり家の方角に向いちゃうし。


「それはしかたないな。うん、帰るとするか」


 オトコの人って……。はぁ。でもそういうところも好き。


「あ、帰りにスーパー寄りますんで」


「ん、なんか買うの?」


「カレーの具材とか買いたいんで」


 と、ここでピタッ。


「ちょっと待て。もしかして……」


 あら、鋭い。でも、ここは名誉を挽回させてもらわないと。


「ええ、おいしいキウイカレー、つくったげますネ」


 このときの先輩の顔ったら。

市販のルー少量。ココナツミルク。ガラムマサラ、クミンパウダーなどお好みのスパイス。

お肉、野菜もお好みで。

このときは鶏もも肉、タマネギ、セロリ、ニンジン、ズッキーニ。

バナナ(半分~1本)、キウイ(1~2個)は賽の目に切って最後に混ぜ合わせて。

バナナは一緒に煮込んでも○。

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