滑走路
スキンシップをとる程度には仲良くなっています。
「先輩?」
「ん~?」
「暑いです」
「夏だからね~」
「先輩?」
「ん~?」
「重いです」
「夏だからね~」
「って、ちがうでしょ!早くのいてくださいってば!」
図書室のベランダ。
わたしが手すりに頬杖ついて中庭を眺めながら、がらにもなく物思いなんぞにふけっていたら
「ああ、ここにいたんだ」
といきなり後ろから覆いかぶさってきた先輩。
「ふむ、これはちょうどいい」
とわたしの頭にあごを乗せて
「なに見てたん?」
とぐりぐり。あ、なんか気持ちいい。
「いえ、別に。ただ、なんとなく、です」
ぐりぐりが気に入ったわたしはそのままの姿勢で答える。
「ふーん」
ひっつかれるのは嫌いじゃないし、まあいいや、と思っておよそ一分半。
・
二分経過。
・
だあ~!
あ、暑すぎる~! やっぱ、どいて~!!
ただでさえ暑いのに、さらに暑っ苦しい先輩に密着されては、さすがに耐え切ることができず、速やかな移動を要求するにいたった場面。
けれども先輩は体格差にものを言わせて動きやしない。
わたしのほうから動こうにも、先輩の両手がはさむように手すりに置かれて、どうにもこうにも動けない。捕獲されちゃった?
ちょっとウレシハズカシフリーズ状態のわたし。
それを知ってか知らずか、
「まあまあ、たまにはいいでしょ、こういうのも」
と、のたまいける先輩。
あまりに飄々と言うものだから、
「それもそうね」と内心頷いてしまう自分がコワい。
結局、図書室のベランダで、なにするわけでもなく二人してボー。
顔を縦に重ねたわたしたち、傍から見たらどう思われるのかしら?
ホント、なにしてんだか。
と、そのうち先輩に少し落ち着きがなくなってソワソワしだす。
左腕がだらりと下がり、わたしの腰にそえられ……。
ちょ、ちょっと先輩?わたしにも心の準備といういうものが……。
いえ、それはとっくにできているんですけどね。
というか、本心は少しじれったく思っていたから「ガッチャ♪」と内心ガッツポーズ? ってバカ!そうじゃないでしょ!
いけない、思わず期待と妄想が先走ってしまった。
(あれ? こない)
なんだかんだと言いながら、次の展開を期待していたわたしは拍子抜け。
見たら微妙な空間を隔てて停止しているし。
うーん、先輩もこういうところで思い切りにかけるよなあ。ストレートにエッチィくせに、肝心なところでちょいオクテ。
もしかして、わたしが殴るかもとか思っていたりして。
「ガンガンいこうぜ」から「いのちだいじに」に作戦変更?
らしいっちゃらしいんだけど、それはなんだか納得いかないぞぉ。
ま、いっか。もうちょい待ってみましょうか。
わたしはチラリ。上がるか下がるか、さてどう動くかな?
迷子の迷子の左手さん?あなたはどこへ行きたいの?
小刻みに揺れる左手、いとおかし。
「あー、管制室、管制室。着陸許可を願います」
やっとのことで先輩が囁くけれど、残念!その時にはわたしはかなり冷静で。
「えー、速やかに引き返されたし。さもなくば領空侵犯で攻撃もやむなしと判断する。繰り返す、速やかに引き返されたし」
左手の甲を少しつまんで爪をあててあげる。
大きなため息とともにがっくりとうなだれて、ようやくわたしから離れる先輩。
「だっはあー」
「もう、なに考えてんですか、先輩ったら。場所をわきまえてください」
どの口が言うのかしらね、ホントひん曲がってるな、わたしって。
「えー、だっていい感じになってきたかなあ、って……思ったんだもん」
だもん、って……。
見れば口を尖らせているし。まったくもう。
でも、そんな先輩に母性本能?くすぐられまくりのわたし。
込み上げてくる可笑しさに口元を緩ませて、そして今度はわたしが耳元で囁いてあげるのだ、性悪だなあと思いつつ。
「わたしの部屋だったら、滑走路もあきますけど?」
一瞬、意味がわからないって感じでキョトン。
そんな先輩が、どうしようもなく可愛いくて……。
だからわたしは、後悔することのないだろう一言を。
「うち、来ます?」
図書室、ベランダでの出来事。
ほとんど、そのことしか考えていないようです。