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迷いと決断

『小僧?』


 妖刀の問いに答える気も起きず、血の気が失せる程に柄を強く握った。


 なんて自分勝手な都合。子供じみた我が儘。可能性を一つ許容するだけで様々な問題が解決するのに、どうしてもその選択が取れない。


 何が勇者だ、クソッたれ。


 陽向の恐怖に染まった目が脳裏にチラついて離れない。


 ギリッ、と奥歯が音を鳴らす。正論が心を乗り越えてはくれない。俺の弱さが正しさに抗い続ける。


 あまりの腹立たしさに、気付くのが遅れた。


 いつの間にか部屋の扉が開き、二人の人影が部屋に入って来ていたのだ。


「‥‥ユースケさん、どうしたんですか?」


 泣きそうな顔のリーシャと、無表情のカナミが俺を見ていた。




     ◇   ◇   ◇ 




 どうしてリーシャがそんな顔をしているんだと疑問に思ったのは一瞬。


 酷い顔をしていたのは俺だ。


 かといっていつも通りの表情がどんなもんか分からず、なるべく二人の方を見ないように顔を俯かせた。


 恐らくさっきの魔力にカナミが気付いて様子を見に来たってところか。その可能性まで頭が回ってなかった。


「悪いな、黒井さんが何か変な物買ってきちゃったみたいで、それの対応をしてたんだよ」


 なるべく平静を装ってそう答えると、リーシャが歩いて来て俺の目前に座った。


 そしてそのまま刀を持つ俺の手に両手を重ねた。


 リーシャの手からじんわりとした温かさが伝わって来て、初めて手が冷たくなっていたことに気付く。


「‥‥どうしたんだ?」

「どうしたんだじゃありません。どうして嘘を吐くんですか?」


 リーシャは真っ赤な瞳に真摯な光を宿して俺を真っすぐに見つめた。


 やっぱり気付かれるのか。


「嘘は吐いてないぞ。この刀をどうしようか迷ってるんだ」

「それは本当かもしれませんけど! ユースケさんが本当に悩んでいるのはそこじゃありませんよね?」


 は?


「何でそんなこと分かるんだよ」


 いつもいつも無遠慮に人の心に土足で踏み込んできて、まともに神殿から出たこともない箱入り娘が、話を聞いたところで何もできやしない。


 そんな思いが膨れ上がり、言葉が口を突いて出た。


「どちらにせよリーシャには関係のない話だ」


 そう言ってから、しまったと思った。


 思っていたよりも強い言葉がリーシャに叩きつられ、その目が驚きに見開かれていくのを馬鹿みたいに眺める。


 リーシャは俺のことを案じて聞いてくれたのに、自分勝手な苛立ちをぶつけたのだ。


 弁解の言葉がいくつも浮かんでは、声になる前に口の中で萎んで消えた。


 先に口を開いたのは、リーシャの方だった。


「確かに私では力になれないのかもしれません」


 彼女は瞳を不安定に揺らめかせながら、それでも芯の通った声で続ける。


「それでも話くらいは聞けるつもりです。寄り添うぐらいはしてみせます。もしユースケさんが何に悩んでいたとしても」


 不格好なまでに真正面からぶつけられる言葉。それがあまりにも素直で、純粋で、


「私は何があっても貴方の選択の味方です」


 響いた。


「‥‥」


 心が揺れて、うまく返事ができない。


 リーシャの後ろでカナミもまた頷く。


「勿論、私もユースケ様の選択を支持しますわ。それが何であれ、あとのことはお任せください」

「カナミ‥‥」


 二人の言葉が澱んでいた心の中にストンと落ちてくる。


 俺は一度深呼吸すると、妖刀に問うた。


「おい、今も弟の周りには強い魔力が近づいている最中か?」

『ん? いや、近いには近いが今は止まっておる』

「分かった」


 やっぱりそうだろうな、もし近くにいるのが対魔官なら、夜に近づくようなことだけはしないはずだ。だとしたら、まだ猶予はある。


 ここからは完全に俺の我が儘だ。それでも甘えることが許されるなら。


「ありがとう。二人とも、一つだけ提案があるんだけど、聞いてもらってもいいか」


 その時既に俺の心は決まっていた。


 これが本当に正しい選択なのかは分からない。けれど何も行動しなかったことを後悔だけはしたくない。何かがあった後で、リーシャたちのせいで行けなかったなんて言いたくはない。


 だったら動くしかないだろう。我が儘でも傲慢でも、全力で最高の結果を掴み取ればそれが正義だ。そう自分を納得させる。


 俺の話を二人は黙って聞いてくれた。


 事態が大きく動くのは、明日。その動乱を知ってか知らずか、夜は俺たちを取り巻いて静かに過ぎていった。


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R15 残酷な描写あり 異世界転生 異世界転移 キーワード男主人公 ギャグ 主人公最強 勇者
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