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嵐拳

 自身に敗北はない、それは絶対だった。


 目の前の騎士がどれ程の魔術師であろうとその真実は揺るがなかった。


 あらゆる傷を瞬時に再生し、次の瞬間には相手よりも高みへと昇り詰める『混生万化』。


 それを持つ(セナイ)のタリムが負けることなど、あるはずもなかった。


 タリムは生まれながらにして強い魔族ではない。血統として優れることもなく、類まれな才能もなく、あるのはただ魔術の深淵へと迫る強い執念。あるいはそれこそが、魔術師にとって最も必要な力だったのかもしれない。


 己を嘲った全てを壊した。己を侮った愚者を等しく蹂躙した。


 初めて翼を持つ守護者と戦った時は、その圧倒的な実力に畏怖もしたが、十分もする頃にはそれを見下し、頭を踏みつけていた。


 タリムは圧倒的な全能感に酔いしれた。


 弱者をいたぶり、掌で転がし、弄ぶ快感に胸を震わせた。


 これこそが強者の特権なのだと。


 確かに騎士は強かった。自分に技術が足りないというのは盲点だったが、それも予め用意していた駒を使えば埋めることができた。


 長い時間をかけて用意した分体を全て殺されたことも予想外だったが、それでも勝利への自信は揺るがない。


 事実、人質という枷が外れても騎士はタリムに手も足も出なかった。


 こうしている間にも強くなっていく実感。


 拳を撃ち出すスピードが上がり、インパクトの威力も大きくなっていくのが分かる。


 どれ程強かろうと所詮は人族。


 魔族にとって魔術の才能は絶対だ。そんな社会の中で耐え難い辛酸を味わい、尚不屈の精神で全てを乗り越えてきた自分とは、魔術の理解度において天と地の差があるのだ。


 あと少しで潰すことができる、この男を肉塊に変え、残りの鍵と守護者はまた人形にしてしまおう。


 神魔大戦すらも所詮は足掛けに過ぎない。このまま手駒を増やし、自身を強化し続ければ先代魔王さえ超える存在となるだろう。


「シィィアアハハハッハハハハハアハッハハハハハ!」


 乱打と共に抑えきれず哄笑(こうしょう)する。


 火花によって眩く染まる景色に、輝かしい未来を幻視したその時だった。


 目前の騎士の魔力が大きく膨れ上がったのは。




「――ハ?」




 それはさながら魔力の爆発だった。途轍もなく膨大な魔力が術式に流れ込み、魔術を完成させる。


 騎士が拳にさらされながらも一歩を踏み込み、叫んだ。




「『(ミカ)ティアぁぁあああああああああ‼』」




 何を今さらしようというのか。


 どんな魔術を使おうと形勢は変わらない。死にぞこないの悪あがきなど、この圧倒的な暴力の前ではか細い蝋燭の火同然だ。


 しかし次の瞬間、タリムの拳が騎士の拳に打ち返された。


 それも一発ではない、全ての拳がほぼ同時に押し返されたのだ。


(死ぬ間際の輝き、しかし無意味ですねぇ!)


 押し返すというのなら、それ以上の暴力をもって潰せばいい。


 『混生万化』が発動し、拳に更なる力が宿る。必ず相手を超えるという魔術を相手に正面から戦うなどと愚の骨頂。


 タリムは悠々と殴り返した。


 その余裕が焦りに転じたのは刹那のことだった。


「押し、返せない⁉」


 それはあり得ない事態だった。


 混生万化によって進化し続けるタリムの攻撃が負けるはずがないのだ。


 考えられるとすれば、こちらが威力を増した瞬間に相手もそれを超える威力で殴ってきている――。


(そんなこと、あり得るはずがない‼)


「シィャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」


 雄叫びを上げ、拳を進化させて殴る。殴る。殴る。殴る。


 威勢は焦りに、焦りは困惑に、そして困惑は畏怖に変わる。


 タリムのあらゆる攻撃は翡翠の光に飲み込まれ、か細く消えていった。


 そうして目の前に現れたのは、本物の嵐だ。


 比喩でも何でもない、あらゆるものを飲み込み、食い潰し、塵すら残さない颶風(ぐふう)の巣。


(なんだ、これは――)


 自身が戦っていた、いや、戦っていたと思っていた者は、本当に人間だったのか。


 呆気に取られたのは一瞬。


 嵐拳はタリムの身体そのものも攫った。


 灰色の肉体に突き刺さる拳。数えるという概念すら消し飛ぶ拳打が全身を貫いていく。


 吹き飛び、叩きつけられ、跳ね、連打。タリムは端から端までを丹念に魂ごと磨り潰すように殴殺されていく。


 だが確かな恐れを感じながらも、タリムは自身に言い聞かせていた。


 『混生万化』を発動している間は決して死なないと、いずれこの拳すら乗り越えた肉体を作り出すことができると。


 それが儚い希望だと気付くのに、時間はほとんどかからなかった。




 再生した先から殴り潰す拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳。拳―――――――。



「ぁぁあ、もう、やめ」


 声を出そうとした時には顔が消える。


「たす」


 手を上げようとした時には肩まで埋められる。身じろぎ一つ許されず殺され続ける。もはや混生万化はタリムを死へと逃さない(かせ)となっていた。


 待て、どうして、何故、やめろ、馬鹿な、混生万化は、私の力はどうなった。


 思考がまとまらない、聖域によって囲まれたここでは逃げ場もない。


 ただ感じるのは、純粋な恐怖。


 このまま自分は永遠に殺され続けるのではないかという想像が膨らんで頭を、魂を縛り付ける。


 あり得ないとどこかで理性が叫んでいた。


 騎士は五秒だと言った。


 五秒――どこがだ?


 今何秒経ったのかも分からない。


 あるいは一秒すら経っていないのかもしれない。


 いや騎士の言葉が本当だったかさえ疑惑の風が攫う。タリムの魔力が尽きるまで殴り続ける気かもしれない。


 自分に残っている魔力はどれ程かも分からなかった。


 否、もはやタリムにそこまで考える思考力すら残っていなかった。


 ただ一刻も早くこの嵐に止まってほしい、そう願うばかりだった。


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