混生万化
タリムの一撃は想像以上に効いた。
ゴッ! と鈍い音が腹の奥底まで響き渡り、足が浮きそうになる。真正面から突き刺さるボディーブロー。そこへ斧のように上段から肘が振り下ろされた。
腕を十字にして受けるが、その両腕ごと叩き折らんばかりの一撃。
ズンッ‼ と肩から足の裏まで衝撃が突き抜ける。地面は放射状に砕け、足がアスファルトに沈み込んだ。
「ああ! いい! いいですねぇ! 何という硬さ、タフネス‼」
歓喜の声を上げるタリムは、まだ足りないとばかりに拳を振って叩きつけてくる。技術はほとんどないが、俺を殴るたびに拳の威力は増していき、衝撃は重くなっていく。
こいつの魔術、本気でやばいな。『我が真銘』を貫いてダメージを与えてくるなんて、相当なパワーだ。
それでも倒れない。避けることはできなくとも防御はできるし、攻撃を受けても衝撃を化かす技術があれば致命傷にはならない。
避けていると分からない程度に軸をずらし、打たれた衝撃に逆らわず身体を捻る。
芯に来る一撃でなければ俺は倒れない。
だがタリムもそれは薄々感づいたのだろう。自身の拳を眺めて不思議そうに首を傾げた。
「おかしいですねぇ、硬いには硬いのですが、手応えがどことなく薄い‥‥」
「『お前の拳が軽いだけだ』」
こいつがもっと戦闘経験を積んだ魔族であれば、その違和感にすぐ気付いただろう。もう少し時間を稼ぎたかったが。
「そうですかぁ、これでもまだ軽い」
タリムは拳を開け閉めし、ニィッと笑った。
「であれば、もう少し形を変えましょうか」
言うが早いか背中に生えていた腕と片腕がねじり合って一本の巨大な腕に変わった。
尾がアンカーのように地面に突き立ち身体を固定する。更に腕は隆起し、肘の部分からは排気口ようなチューブが飛び出した。腕の中で何かが燃焼しているようで、筋肉の隙間から煙が漏れ出す。
こいつ、何をするつもりだ。
「銃というのでしたっけ、あの守護者が持っていた武器は。こちらの世界にも似たようなものがあったので、私も構造を調べてみたのですよねぇ。爆発物の威力でスピードを出す、実に面白い」
その言葉に怖気が走る。まさかこいつ――。
「混生万化が言っているのですよ、これならば通ると。まだ死なないでいただけると、ありがたいですがねぇ」
タリムは笑いながら腕を引き絞った。俺まで感じる膨大な熱量が腕から発せられ、煙だけでなく光までも漏れ出した。
‥‥これは、ちょっとまずいかもしれない。
「混生万化――『爆雷戦槌』」
タリムの腕が爆ぜた。
いや、爆ぜたかのように見えたのだ。眩い炎が腕の至る所から溢れ、肘に作られた排気口から一気に噴き出す。爆発の勢いによって射出された拳は銃弾を遥かに超える速度で放たれた。
ドンッ‼ という音は俺の防御した腕に拳が突き立った音か、あるいはタリムの腕が爆発した音か。
もはやどちらが先に聞こえたのかも分からない。
「『ぅぐッ‥‥⁉』」
ミシミシと鎧がひしゃげ、腕の骨が悲鳴を上げる。衝撃を逃がすというレベルじゃない。内臓が潰れ、喉を通って血が込み上げてくるのが分かった。
全力で後ろに跳び少しでも威力を和らげるが、インパクトの瞬間だけで凄まじい痛みが全身を襲った。夜の景色が凄まじい速度で前方に吹っ飛んでいき、一秒と経たずにリーシャの張る聖域へとぶつかった。
「ユースケさん⁉」
いっつ‥‥!
リーシャの声に答える余裕もない。
何故なら既にタリムが地を蹴り、砲弾のような勢いで俺に迫って来ていたからだ。
マジかクソ野郎。あんなの連続で食らったら本気で身体がもたねえぞ。
慌てて魔力を回し、鎧の強化を行う。あっちが『我が真銘』を貫く威力で殴ってくるのなら、こっちはそれを受けきるだけの鎧を作りだせばいい。
翡翠の魔力が暴れるような勢いで全身に流れ、銀色の表面に幾何学模様を浮かび上がらせる。
直後にタリムが来た。
右腕に再び熱を蓄え、口の中の目玉で俺を見下ろす。そこにあったのは愉悦だ。神魔大戦のことも忘れ、ただ自分が強くなっていく感覚に心酔している。
「爆雷戦槌」
今度は顔面に向けて上から叩きつける一撃だった。
隕石のように炎の尾を引きながら拳が降ってくる。恐ろしいまでの圧を感じながら、俺は再びそれを両腕で受けた。
先ほどとは違い後ろに跳んで衝撃を和らげることもできず、凶悪な衝撃がまともに全身を駆け抜ける。耐え切れずに腕と脚の筋肉が引き千切れ、内臓が跳ねるように暴れた。
背後で聖域が軋み、大気は弾け、地面が砕けて破片が吹き飛ぶ。
「『ぬ、ぐぅっ‥‥!』」
あらかじめ鎧を強化して尚この威力、恐るるべきはさっきの一撃よりも更に重いことだ。
これから俺が耐えれば耐え続けた分だけ、タリムの攻撃が強くなっていくというのだから、考えたくもない。
「シィャァアアアアアアアアアアアアアアア‼」
タリムの裂帛の気合と共に、がら空きになった俺の胴を蛇腹剣と化した尾が薙いだ。甲高い衝突音を響かせながら、胴が両断されたのではないかという痛みが走った。
尾に弾き飛ばされ夜の中を再び吹き飛んでいく。なんとか途中で体勢を立て直し着地するが、顔を上げればタリムが既に距離を詰めていた。
振り上げられた腕は――四本。
その全てが『爆雷戦槌』を撃てるように隆起し排気口を備えていた。
なるほど、一発じゃ死なないなら連発しようってわけか。
クソッたれ。
「行きますよぉぉおおおおおおおおお‼」
悪態を吐く暇もなく乱打の嵐が吹き荒れた。
一発打たれたらその勢いのまま離脱しようかとも思ったが、それを逃さず反対方向から打撃が飛んでくる。
体内で衝撃が衝突し合い、響く。内部で爆弾が破裂しているようだ。
「ゆぅずけさん! 今聖域を――」
「『やめ、ろリーシャ! 聖域を維持し続けろ‼』」
涙声のリーシャの声に、叫ぶ。恐らく俺の周りに聖域を張ろうとしたんだろうが、そんなことをすればこいつが何をするか分からない。
もしかすれば聖域を割ることに注力するかもしれないが、約束を破ったとして誰かを殺すかもしれない。
だったら俺は耐えるしかないだろ。今にも崩れそうな膝に力を込め、魔力を循環させて持ちこたえる。
反撃の機会は必ず来る。その時を待つんだ。
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