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可愛い後輩と秘密の話

「関係も何も、ホームステイしに来てるだけだって」

「嘘ですよね、それ」


 陽向は間髪入れずに俺の言葉を否定した。


 まるで何もかも見透かしたような瞳で陽向が俺の顔を覗き込んでくる。


 本当にどうしたんだ、なんで陽向がこんなこと聞いてくる。確かにリーシャのホームステイ設定は若干の無理があるけど、大学側にも権力で認めさせたのだ。リーシャが大学を体験できているという時点で、俺の話は無茶でも真実味を帯びているはずだ。


「嘘じゃないよ。大体ホームステイでもなきゃ外国の女の子が家に来るはずないだろ」

「普通ホームステイで女の子を男の一人暮らしに預けませんよ」

「だから一人だけじゃないんだって。保護者代わりの人も来ただろ」

「あんな若い人が本当に保護者ですか?」

「…従妹なんだよ。向こうの家庭事情については俺も詳しくは知らない。というか、なんでそんなことお前が気にするんだ」


 陽向が何を聞きたいのか見えてこない。


 何よりこいつはおちゃらけているように見えて、とても気配りのできる奴だ。こんな無遠慮に人の事情に首を突っ込む人間じゃない。


 何かおかしいぞ。


 違和感の正体を探ろうと陽向を見つめ返そうとした瞬間、陽向は思いもよらない行動に出た。


 軽い衝撃と共に、胸から腰にかけて柔らかい感触がぶつかってきた。


 背中に回された細い腕、髪から微かに香る甘い芳香。一拍遅れて陽向が抱き着いてきたのだと気付いた。


 は、え、何⁉


「先輩はズルいです。本当は私の気持ちに気付いてるくせに」

「ちょっ、離せ陽向。どういうつもりだ」


 慌てて引き離そうとするけど、俺を抱きしめている腕は更に強くなる。下を見れば陽向が上目遣いでこちらを見ていた。


 潤んだ瞳と心地よい感触に、頭の中がクラクラしてくる。どういう状況だ、これは。


「折角月子先輩と別れてくれたって思ってたのに、今度はリーシャちゃんまで出てくるなんて、いつになったら私に気付いてくれるんですか?」

「は⁉ さっきから何言ってんだ陽向、なんかおかしいぞ!」

「おかしくなんてありません、おかしいのは先輩の方ですよ」


 え、何本当にそういう話なの? 夢色キャンパスライフ的な、ラブ的なやつなの? だって今まで陽向がそんな素振り見せたことなかっただろ。


 そりゃ他のサークルメンバーに比べて懐いてくれてるな、とは思っていたけど、まさかあれが恋愛感情的なものだったのか。


 陽向の肩を掴んでいた手から力が抜ける。


「‥‥」


 頭が徐々にクリアになってくる。もし本当に陽向が俺のことを思ってくれていたとしたら、その気持ちは素直に嬉しい。状況が少しでも違えば、小躍りして喜んでただろう。


 でも、今の俺は陽向の気持ちに答えることはできない。


 それはいろんな理由がある。まだ月子のことを完全に吹っ切れていないってのもあるし、純粋に神魔大戦の最中でそんな余裕がないってのもある。


 だからきちんと断らなきゃいけない。


「陽向、聞いてくれ」

「嫌です」

「嫌ですってお前」

「だって、先輩が言いたいことがなんとなく分かるから」


 陽向はそう言うと、一層俺を抱きしめる力を強くし、顔を上げた。


「だからいいんです。何も言わないでください。ただ‥‥一つだけ我が儘を言ってもいいなら――」


 陽向は言葉を区切り、そっと目を閉じた。陽向の綺麗な顔がすぐ近くに来る。鈍い俺でも何を求められているか分かった。


 いや、付き合ってもないのにそんなことするのか? でもこれすら拒否したら、陽向も傷つくんじゃないか。どうしたらいいんだよ。


「先輩‥‥」


 もはや迷っている時間はなかった。ここまで言ってくれる女の子を拒否しては男が廃る。大体今の俺は紛うことなき独り身、誰に気兼ねする必要もない。


 俺が覚悟を決めたことが分かったのか、そんなことすら考える余裕もないのか、陽向の顔がゆっくりと近づいてくる。


「陽向――」


 ええい、男は度胸!


 俺も目を閉じた瞬間、余計な情報が遮断される。ただこの時、陽向だけに集中する。


 そう思ったら後は早かった。






 甘い香りに交じって匂う、異臭。






 それは本当の匂いではなかった。あえて言うのであれば、違和感に近いものだっただろう。


 バッ! と本来の陽向相手なら絶対に出さない力で彼女の腕を振り払う。


 華奢な体が揺らぎ、数歩後ろに下がった。


 動揺していた時は気付かなったけど、今なら分かる。明らかに普段の陽向と様子が違う。それも表情や仕草がって話じゃない。


 言うなれば、人ならざる者の雰囲気が混じっている。


 俺の勘が鈍ったのかとも思ったが、違う。間違いなくその雰囲気は直前に現れた。


 意識が刃となり魔力が膨れ上がる。


 陽向の内側に、何かがいる。

陽向自身はまだ生きてるな、最悪の状況じゃない。しかし最悪じゃないってだけで、状況は一歩間違えればどうとも転びうる。


「何者だ、お前」


 自分でも驚くほど硬い声が出た。


 駄目だ、冷静になれ。相手を下手に刺激すれば陽向に危害が及ぶ。


「何を言ってるんですか先輩、陽向は陽向ですよ」

「つまらない冗談だな」


 そいつは陽向の顔で笑いながら、陽向の声で答える。


 その事実にとてつもない怖気が走り、腹の底から煮えたぎった怒りが湧いてくる。


「先輩こそ何言ってるんですか、変な冗談はやめてくださいよ」


 そう言いながら、そいつはこちらに歩いてくる。


 どうする、人に憑いた霊体や寄生した魔物は斬ったことがあるが、正体が分からなければリスクが高すぎる。『我が真銘』で、人の体を傷つけず敵を斬るためには、それぞれの情報が必要だ


 少なくとも陽向の体を依り代にしているのであれば、一度気絶させてから中身を調べるか? いや、気絶させた瞬間に内側から陽向を傷つけられる可能性もある。


「先輩?」


 思案している間にも、陽向はどんどん近づいてくる。


 中にいる可能性があるのは、物質、生物、霊体、魔術――絞り込めない。もはや気配だけを頼りに斬るか、あるいは相手が反応できない速度で術式を変えながら連続で斬るか。しかも陽向の身体を傷つけずに。


 陽向があと一歩を踏み出そうとした瞬間、連続で斬ろうと決めた。


 死ぬまで殺す。


 陽向には傷一つ付けず、敵は塵すら残さない。


 陽向の一歩が地に付き、同時に俺が魔術を発動しようとした瞬間、何かが俺の横を通り抜けた。


「あっ⁉」


 それは陽向の胸を一直線に貫いた。着弾点から光が弾け、体から力が抜け落ちるのが見て分かった。


 っ!


 慌てて地を蹴り、後ろに倒れていく陽向を抱き留める。


「陽向! おい!」


 呼びかけても反応がない。たださっきまで感じていた嫌な気配は消えているし、陽向の呼吸は至って正常だ。


「大丈夫ですわユースケ様、眠っているだけです」


 後ろから聞こえてきた声に振り返ると、そこには学校の外にいるはずのカナミがいた。服装はゴシックドレスではない至って普通の物だが、その手には武骨な拳銃が握られている。


 今のを撃ったのはカナミか。俺の魔力の気配に気付いてくれたのか、それとも眼を使って見付けたのか。どちらにせよ助かった。


 もう一度陽向をよく観察して、異常がないことを確認する。本当に眠ってるだけだな、外傷はないし、呼吸にもおかしなところはない。起きてみないと確信はできないが、怪我はなさそうだ。


 安堵と共に冷や汗が噴き出し、自分の呼吸が荒くなっていることに気付いた。


「‥‥助かったよ、どう対応しようか迷ってたんだ」

「礼には及びませんわ。私こそ見落としてしまい申し訳ありませんでした」


 カナミがそう言って頭を下げる。


「いや、大丈夫だ。ただ聞いてた話と少し違うな」


 俺が聞いていた話では、(セナイ)の魔術は人に化けるというものだった。だが今の陽向は魔族が化けていたわけじゃない。何かが憑いていた。


 カナミも怪訝な顔で答えた。


「私も今の形は初めて見ましたわ。分体をまさかこんな形で使うなんて‥‥」

「中にいたのは、人間に化けてる分体と同じ物なのか?」

「機能に合わせて形や中身は随分変わっていますが、本質的には同じ物かと」


 そう答えるカナミの左眼が微かに煌めいた。シャイカの眼で見ればそこまで分かるのか。便利な魔道具だな。


 それにしても、まさかこんなやり方で俺を狙ってくるとは思わなかった。


 『我が真銘』を発動したため、恐らく裏切った守護者は俺と騎士を同一人物だと認識できていない。つまり魔族はひ弱な一般人の俺に分体を潜り込ませ、リーシャを殺すつもりだったんだろう。


 そのために陽向は利用された。


 可能性は当然考えていた。


 対策を取ったところで、警戒したところで、戦いを始めた以上それは起こりうる。人質、報復、無差別な虐殺。戦いの最中、倫理や道徳など綿毛よりも軽い価値観だ。


 勇者時代、否応なく理解させられてきた。


 それでも。


「ユースケ様、この後はどうされ――」


 カナミが何かを言おうとし、止めた。


 空気が軋み地面が微かに揺れている。それが自分から溢れ出した魔力のせいなのは明白だった。

ああクソ、新兵じゃねえんだぞ、魔力ぐらい完璧に制御下に置け。無様な動揺をするな。


「‥‥カナミ、暫くリーシャの隣についててくれ」 

「分かりましたわ。ユースケ様は」

「陽向を医務室に連れていく。あとは加賀見さん――現地の協力者にも連絡を取らないと。変化しているのと寄生するタイプがいるとすると厄介だ」


 既に寄生されている人間がいる可能性も高い。対応を間違えれば、大きな被害が出る。


 だから冷静になれ。一つ一つ行動を吟味し、被害を抑える方法を考えろ。顔も分からない魔族が一体どんな考え方をし、どんな動きをするのか予想しろ。


 その上で――。


 陽向を抱く手に力が籠る。






「必ずぶっ飛ばす」


長い間休んでいながら、またこうして読んでもらえることに感無量です。

また来年からもよろしくお願いします。

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R15 残酷な描写あり 異世界転生 異世界転移 キーワード男主人公 ギャグ 主人公最強 勇者
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