銃対槍 一
魔弾と槍の衝突は、一瞬で決着した。
轟ッッ‼ と不可視の槍が襲来する弾丸の雨をまとめて薙ぎ払い、カナミへと突貫した。
「ッ⁉」
槍の一撃は草木を根こそぎ吹き飛ばし、一直線の轍を刻んだ。
「ふむ、避けたか」
ルガーは槍を構え直しながら呟いた。
『危なかったですねぇ』
「ええ。助かりましたわ」
首に巻いたチョーカーから聞こえてくるタリムの声、カナミは冷静を装って答えた。
それでも彼女の動揺は脈拍や発汗から容易に分かる。
カナミは弾丸が弾かれたのを見るや、即座にその場から飛び退いて攻撃を避けた。
タリムがドレスの内側に展開してくれた『強化外骨格』のおかげで、避けることができた。
この世界に来てから得た現代科学の知識と、アステリスの魔道具文化。
それらを融合させることで生まれた新たな魔道具の数々は、カナミの戦闘能力を飛躍的に向上させた。
それでもルガーの攻撃を肌で感じ、冷や汗が止まらない。
話には聞いていた。
メヴィアとセバス、そしてネストが三人がかりで掛かって、手も足も出ずに敗北したと。
使う魔術は不可視の槍と、不可視の盾。
それらはあらゆる防御を貫通し、あらゆる攻撃を弾き飛ばす。
聞いてはいたが、実際に見ると、その威圧感に震える。
全ての防御を貫通し、攻撃を防ぐなんて、魔将の魔術でもあり得ない力だ。
――人が扱う以上は、必ずどこかに穴があるはずですわ。
フェルガーに次なる魔弾を装填しながら、カナミは考えた。
「大口を叩いた割に、逃げるばかりかね」
ルガーが槍を引き絞り、カナミを見据える。
「そう焦るものではありませんわ。淑女の準備には時間がかかるものですのよ」
まずは攻撃の手数と種類を増やし、敵の魔術を解析する。
キュイィ、と『シャイカの眼』が全能力を解放し、ルガーの魔力の動き、一挙手一投足を記録する。
この手の分析はカナミの得意分野だ。
「タリム、『巨兵の義手』を」
『初めから飛ばしますねえ』
「様子見をしていられる相手ではありませんわ」
『それもそうですか』
カナミがフェルガーを前に構えた時、それに呼応するようにして彼女の背後に巨大な箱が現れた。それはルービックキューブを回すようにして組み変わると、二本の巨大な腕に姿を変えた。
機械仕掛けの義手。
その両腕が持つのは、本来人間が持つには不釣り合いな重火器だ。
それだけではない。カナミ自身の両腕も分厚いガントレットに覆われ、フェルガーも巨大で重厚な姿へと変わっていた。
鉄の四銃奏。
「防御に自信があるようですから、どれだけ持つか、試して差し上げますわ」
「笑止」
短いやり取りをかき消すように、発砲音が鳴り響いた。
それは常人が想像する銃撃の音ではない。
大地の底を揺らすような、重低音のドラム。
マズルフラッシュが視界を染め上げ、橙色の集中線がルガーへと殺到した。
ただの銃弾ではない。衝突と同時に熱と衝撃波をまき散らす爆撃が、個人に対して叩き込まれたのだ。
着弾地点は噴出する土砂と跳ね上げられた樹木、更にそれを飲み込む炎によって何も見えなくなる。
カナミは絶え間なく攻撃を続けた。
シャイカの眼は、未だに対象の魔力を補足し続けている。
つまりルガーはまだ生きているのだ。
「タリム、『光槍弾』に切り替えを」
『イエス、ユアハイネス』
ふざけた返しに顔をしかめながらも、カナミはフェルガーを撃ち続ける。
その間に『巨兵の義手』の装備する銃には変化が起きていた。中の機構が組み変わり、チャージが始まる。
「この程度か侵略者よ‼」
ゴッ‼ と弾幕が爆炎ごと不可視の壁によって吹き飛ばされた。
そこから現れるのは、無傷のルガーだ。
焦土と化した地面の中心で、ルガーの周囲だけが何事もなかったかのように緑のままだった。
ここまでは想定通り。
「照射」
二門の銃口から、光が放たれた。
それは単純な光と呼ぶにはあまりに暴力的で、あまりに美しかった。
「むっ⁉」
着弾にかかる時間は瞬きほどもない。
並走する二本の閃光は、そのままルガーと正面衝突した。
カッ‼ と稲光にも似た不規則な光の奔流が弾けて散り散りになり、ぶつかったあらゆるものを消滅させる。
一拍遅れて、切り裂かれた大気が悲鳴を上げた。
『光槍弾』は、現代風に言うのであればレーザー兵器である。
光の力を圧縮して放つ、高熱の槍。
その力は尋常ではなく、触れたもの全てを焼き尽くし、森林どころか地形そのものさえも変える。
黒と赤に彩られた世界の中で、人影が揺れる。
直後、不可視の圧が、揺らぐ炎も大気も飲み込んでカナミへと迫った。
「くっ――!」
間一髪で避けたカナミのドレスの裾が、弾け飛んだ。
「――これで終わりかね」
ヴィンセント・ルガーは、依然変わりなくそう言った。
オーバーヒートで使い物にならなくなった『巨兵の義手』を解体しながら、カナミは吐き捨てるように言った。
「次」
戦いは、まだ始まったばかりである。




