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本当の力

 動きを止めたシキンの頬を、涙が伝った。


「『何をしたんだ?』」


 俺の近くまで退いた四辻に声を掛ける。彼女はいつの間にか頭に猫耳を生やし、腰からは二本の尻尾を出していた。


 そういえば四辻と初めて会った時、カナミがただの人間ではないとか言ってたな。こういうことだったのか。


 どうでもいいけど、属性盛りすぎでは? 胸焼けしちゃうだろ。


 猫耳四辻は、今にも倒れそうな顔で答えた。


「はぁ、はぁ‥‥。シキンの魔術の正体は、自己暗示だったんだよ。仙道としての修練を、主のための修練として暗示をかけることで、本来両立しない二つを一つの魔術に落とし込んだんだ」

「『暗示だと? では今行ったのは』」

「暗示を解くための言霊を打ち込んだ。暗示が解ければ、もう長寿と無窮錬の両立は不可能なはずだけど」


 そういうことか。なんとなく四辻の言っていることが理解できた。


 暗示によって魔術の変化を成立させていたとはな。


 確かにそれなら沁霊の気配がないのも納得がいく。シキン自身、本当の自分を見ていなかったわけだ。


 (いびつ)でありながら、千年という時をもって強力な魔術に変容したものが、『無窮錬(むきゅうれん)』の正体。


 そしてこの後シキンに起こることを、俺は知っている。


 アイデンティティの崩壊は、魔術の弱体化につながる。そう、ちょうどラルカンと戦う前の俺と同じように。


「‥‥我は、そうか。記憶を、封じていたのだな」


 シキンがそう呟いた。


 俺には肯定も否定もできない。その事実は、きっとシキンにしか分からないものだ。


 言葉は普段と変わらないが、その内部で起きている異変は手に取るように分かった。シキンの肌に、赤い亀裂(きれつ)が走ったのだ。


 今にも割れる陶器(とうき)のように、最強だったはずの彼が(もろ)く見えた。


 シキンの目が四辻を見た。


 四辻が身体を強張(こわば)らせるが、シキンは落ち着いた声で言った。


「千里といったか。礼を言おう」

「礼‥‥?」

「お主の洞察力(どうさつりょく)と勇気がなければ、我はこの記憶を失ったままであった。(ゆえ)に、礼を言わせてくれ」


 四辻は目をぱちくりさせた。


 まさか礼を言われるとは。この状態でも、やっぱりシキンの思考回路は俺たちの常識でははかれないらしい。


 しかし弱体化は明白だ。


「『これで決着とするか、シキン』」

「まさか。修練を続けるというわけにはいかなくなったが、(あるじ)のため、お主だけはここで倒しておかねばならないようだ」

「『戦えるのか、その身体で』」


 シキンは今にも崩壊しそうな状態だ。仙道で(みが)いてきた長寿の力が、失われつつあるのだろう。


無論(むろん)


 シキンは笑い、魔力を身に(まと)った。


 直後、肉体の崩壊が止まった。『無窮錬(むきゅうれん)』で肉体を再生させて、崩壊を食い止めたのか。まだそんなことが。


「我は大義(たいぎ)のためと、最も忘れてはならない記憶を忘れていた。笑うがよいぞ。長き忘却(ぼうきゃく)の果てに、もはや一番大切であったはずの者の名前さえ思い出せん」

「『笑わんさ』」


 お前の何を知っているわけでもないが、剣を交えて理解した。シキンは残酷な現実から逃避するような人間ではない。その先にある希望のために、自分の魂さえも(あざむ)いたのだろう。


 俺はできなかった。地球に帰れたことをいいことに、アステリスでの過去から目をそむけ続けた。俺が今立ち上がっていられるのは、俺を肯定してくれる人間がいるからだ。


 シキンはひび割れた顔のまま、穏やかに続けた。


「そうか、お主は良い男だな勇輔」

「『双修は御免だがな』」

「安心して()い、我も今さら他の人間ととは思わん」


 そうかい。


 シキンはゆっくりと息を吐き、目を閉じて何かを噛み砕くように頷いた。


「我は我の弱さを認めよう。しかしこの道を選んだこと、この長き時を否定はせぬ。修練を重ねたが故に、我は目的を(たが)えようと進むだけの力を得た」


 そして、顔を上げる。


 まるで()き物が落ちたように、真っ直ぐな眼光が俺を見た。


 ──強いな。


 このまま個性の崩壊と共に魔術が維持できなくなれば、シキンは千年という騙し続けた時の負債(ふさい)を払うことになっていただろう。


 しかしシキンは無窮錬を維持し、その力で命を(つな)いでいる。欺瞞(ぎまん)であろうと、積み重ねた年月は嘘ではないと。


 もし俺がエリスやシャーラ、コウ、アステリスで出会った人々の名前を忘れてしまったら、それが自分の弱さが招いた事態だとしたら、そんな簡単に受け入れられるだろうか。自らの不甲斐(ふがい)なさに打ちのめされ、立つこともできなくなるかもしれない。


 俺がリーシャやカナミの助けがあってできたことを、シキンはこの土壇場で、たった一人でやってみせた。


 魔力は揺れ、あの不倒(ふとう)の安定感は失われている。代わりに、どんな化け方をするか分からない(おそ)れを秘めていた。


 揺らぎの中に確かに感じる、沁霊の気配。


 敬意を表するよ、シキン。


 俺は前に進みながら左腕を上に(かか)げ、そして払った。


 大丈夫、俺は君たちと共にここにいる。


 朱のマントが炎のようにゆらめいて形を失い、全身へと広がる。


 銀を(くれない)が染め上げ、魔力が歓喜に打ち震えた。


 俺は今から、本当の意味でシキンと戦う。魂のない暗示の傀儡(くぐつ)ではない、血の通った最強の男と戦うのである。




「『我が真銘──無限灯火(フレム・リンカー)』」




 深紅のコートを(まと)い、俺はシキンの間合いに無造作(むぞうさ)に踏み込んだ。


 互いに言葉はなかった。


 俺たちは全魔力を込めて、目の前の相手を叩き潰すために剣と拳を振り上げた。


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R15 残酷な描写あり 異世界転生 異世界転移 キーワード男主人公 ギャグ 主人公最強 勇者
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