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地獄の門

     ◇   ◇   ◇




 俺とシキンは小細工なし、正面からぶつかった。


 シキンは五体全てが凶器。拳は山を穿ち、蹴りは大河を両断するだろう。


 そしてそれらを柔軟な肉体と舌を巻く技量で叩き込んでくる。


 攻めているかと思えば受けに回らされ、受けていると思えば崩されている。


 これまで戦ったどんな魔術師とも違う戦い方だ。


 アステリスでの戦闘は、良くも悪くも魔術の腕がものを言う。


 あのラルカンでさえ、戦闘は魔術を主に組み立てていた。それこそ、肉体の技量だけで魔術を凌駕しようという狂人は、師匠くらいのものだ。


 シキンの強さは明確にアステリスの流儀とは異なる。


 『無窮錬(むきゅうれん)』という反則(チート)じみた魔術で肉体を強化しているが、攻撃方法は徒手格闘。


 地球の魔術師ってのも舐められないな。


 この状況になって、ようやく理解した。


 神秘を忘れ、魔術の発達しなかった世界。逆に言えば、それ以外の部分は驚異的な発展を遂げているのだ。


「考え事か?」


 すぐ近くでシキンが言った。


 同時にその肉体が溶けるかのように脱力した。注視していても見逃すほどに巧みに、骨の奥底から力が解ける。


 やばい。


 『雲雷鼓掣電(うんらいくせいでん)』。


 刹那飛んでくる、神速の貫手(ぬきて)


 踏み込みすらなく放たれた一撃は、鎧の脇ごと肉を(えぐ)った。無から有へ。その落差の大きさを示すように、シキンの足元で床が割れた。


 ──いってぇ!。


 脱力と緊張の切り替えによって、身体の内側から力を生み出す技。理屈としては分かるが、規模が意味不明だ。銃の接射なら避けられるが、シキンのそれは雷か光を避けろと言われているに等しい。


 もう少し分かりやすい予備動作があればいいんだが、どんな体勢からでも打ってくるから性質(たち)が悪い。


 一度距離を取り、構え直す。シキンは追ってこず、俺を見て手を叩いていた。


「素晴らしい。もう今の技を避けられるようになったか」


 うるせえな。避けられてないだろどう見ても。肉削られてんだぞ。


 傷自体は、鎧で覆いかくし、魔力でなんとか止血できる。身体の内側に鎧を作るのと同じ技術だ。


 それでも痛みと、失った血肉は戻らない。


 まあ、代わりと言っちゃなんだが。


「『やはり千年分も背負っていると、多少は鈍感にもなるものか』」

「何?」


 首を傾げたシキンは、そこで気付いた。首筋を伝って流れる血の感触。


 手を当てれば、首に一筋の切り傷がついていた。致命傷には程遠い浅さ。


 しかし傷は傷。


 指先についた血を眺め、シキンはこれまでになく口角を上げた。


「‥‥まさか、技を避けながら一撃入れたというのか。あまつさえ、我が魔術を貫いて血を流させるとは」

「『入れたというには烏滸(おこ)がましい。だが魔術の正体が分かれば、やりようはある』」


 人を斬ると考えるから斬れない。人を斬る、鋼を斬る、魔術を斬る。その全てが同じようで、まったく違う。必要な力、刃の立て方、魔力の込め方、適したやり方というものがある。


「『貴様が千年分の重みを背負うというのなら単純な話だ。俺はそれごと斬る』」


 どれだけの化物であろうと、人は人。血が流れているのであれば、心臓が動き、脳が命令を発している。


 ならば倒せない道理はない。


 『我が真銘』において、斬れないものはない。


「‥‥」


 シキンが再び首を指で(ぬぐ)うと、綺麗な肌が現れた。


 当然のように再生能力もある。身体を好き勝手変えられる人間だ、今更驚きもない。


「我が主よ。感謝しよう。これ以上なき修練の相手。我は更なる高みへと進める」

「『お前の認識が戦いであろうが修練であろうが好きにすればいいが、次の一撃は優しくないぞ』」

「そうだ。それでよい。我と共に高みへと昇ろうではないか」


 これまで自然体で戦い続けたシキンの身体が沈んだ。


 ──ゴッ‼︎


 三つの音が重なって聞こえた。


 一つ目はシキンが床を蹴った音、二つ目は真横に踏み込んできた音、三つ目は回し蹴りと剣とが衝突した音だ。


 剣の腹に肘を()え、全身で受けた。


 身体が吹っ飛んだ。



 防御の上から、蹴り飛ばされたのだ。


 どんな膂力(りょりょく)があれば、そんなことが可能なんだよ。


 すぐさま体勢を立て直そうとするが、それよりも早く追撃が来た。吹き飛ぶ俺と同じ速度で、シキンが追ってきたのだ。


 打撃が飛んでくる。構えが取れていないせいで、完璧に受け切ることはできず、一撃ごとに身体を崩される。


 まずいな、足を止めたら(なぶ)り殺しにされる。


 俺は全力で脚を動かし、攻撃を喰らう度に跳ねて間合いを管理しようと試みる。


 しかしシキンがそれを許してはくれない。確実に(ふところ)に踏み込み、ダメージを与えてくる。


 ボールじゃないんだ。好き勝手ドリブルするなよ。


 横薙ぎの手刀を、剣で受けた。これまでならそのまま崩されているところだが、今度はそうはいかない。


 手刀は剣に触れる直前に勢いを失い、ゆっくりとぶつかった。


 魔力の雨によって力を削る、『零剣(ムオン)』。


 このまま至近距離から『嵐剣(ミカティア)』へ繋げ、削る。


 俺の思いに応え、魔力が荒ぶり加速する。だが、その瞬間を見計らったように、シキンの手刀が形を変えた。


 魔力の波に乗り、腕が蛇のようにうねり巻き付いてくる。


 この状態から関節技⁉︎


 気付いた時には遅かった。到底人間の腕によって行われたとは思えない動きで、腕から肩を固められる。


 万力の如く鎧が締め付けられ、動かない。


 なんて力だ、こいつ!


「『毒竜諸鬼(どくりゅうしょき)』」


 直後、景色がぶん回った。


 違う、俺が腕を起点にシキンに投げられたのだ。それはもはや投げ技という領域を抜け出し、別の何かになっていた。


 ぐるぐると遠心力で内臓が潰され、三半規管が狂う。どちらが上でどちらが下かも分からない様な状態で、肉体が二転三転する。


 しかもこいつ、投げながら打撃を叩き込んでくる。まともな平衡感覚もない状態で飛んでくる拳は、豪雨を避けるより難しい。


「『‥‥っ!』」


 手を放された。


 全身いってぇし、自分がどういう状況なのかも分からない。


 ――しばらく平衡感覚は戻らないな。目を閉じ、全神経を魔力の感知だけに使う。


 それこそ思考よりも早く肉体が動くように。


 下方から莫大な魔力を感じた。空に投げられたのか、どおりで対空時間が長い。


 この魔力の高まり。次に来るのは大技だ。


 俺は目を閉じたまま魔力の方へ頭を向ける。必然足は空を向き、一拍後には天井に着地した。


 ビキィッ! と骨と天井に亀裂が走る音。砕けた人像の破片が雨のように降り落ちていく。


 それをも超える揺れが、部屋全体を襲った。 


 これまで肉体に圧縮されていたシキンの魔力が放出され、燃えるように広がった。


 四辻、悪い。自分の身は自分で守ってくれ。


 目を開くと、逆さまの世界でシキンが俺を見下ろしていた。


「まだ夢を見させてくれ、勇輔」


 魔力が形を取った。


 まるでこの世の怒り、不条理そのものを具現化させたような、悪鬼羅刹の集合体。その中心で、シキンが拳を握った。


 声が聞こえた。 


 ――光陰は矢よりも(すみ)やかなり、身命は(つゆ)よりも(もろ)し、(いず)れの善巧(ぜんぎょう)方便(ほうべん)ありてか過ぎにし一日を(ふたた)(かえ)し得たる、(いたず)らに百歳生けらんは恨むべき日月なり。


「まさしく」




地獄鬼畜生(じごくきちくしょう)』。





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R15 残酷な描写あり 異世界転生 異世界転移 キーワード男主人公 ギャグ 主人公最強 勇者
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