勇輔くんの考察
とまあ、そんな話があったのだ。
加賀見さんを見ているだけで、対魔官がブラックなのは知っていたけど、まさか腹までブラックな奴が出てくるとは。
それらの話を伝えると、加賀見さんは腕を組んで深く考え込んだ。
「根深く存在する魔術結社ね‥‥。そこまで行くと、組織というよりは宗教に近いのかしら。そっちの方がよっぽど厄介だけど。下手すれば家も関わってそうね」
宗教か。確かにそう考えた方が納得しやすいかもしれない。しかし歴史を紐解けば分かる通り、思想や信念に直結する宗教は、下手な組織よりも影響力が大きい。
俺は本部にも多くの信奉者たちがいることも伝えた。最悪、三条支部にも潜在的な敵がいるかもしれない。その可能性は、誰も口にしなかった。言ったところでどうしようもない。俺は加賀見さんと月子が信じる人を信じる。
「‥‥」
月子は無言で下を向いていた。彼女は自分の家が魔術師の名家だと言っていた。加賀見さん同様、考えることは多いはずだ。
俺はあえてそこに触れず、話を続けた。
「なんでも、俺に仕事を頼みたいらしいです」
「間違いなくろくでもない仕事でしょうね」
「それ以上は聞けてません。正式に依頼を請け負ってくれたら、話すらしいです」
「まあ当然よね」
俺としては、その場で承諾するつもりだった。
しかし今は俺一人で戦っているわけではない。ちゃんと相談してから決めようと思ったのだ。報連相、大事。
「俺は受けるべきだと思います。この神魔大戦は、不可解な点が多すぎる。それに新世界が関わっているのなら、ここで少しでも情報を得た方がいい」
「不可解な点、それは櫛名命のことを言っているの?」
加賀見さんの言う通り、それが一番大きい。あいつのせいで、今戦いは混迷を極めている。
しかしそれ以前から、俺は今回の神魔大戦に疑問を覚えていた。
元々、それを加賀見さんたちと話したかったのだ。
俺はカナミの方をちらりと見てから、言った。
「はっきり言って、この神魔大戦の人選はおかしいんです」
「おかしいって、どういうところが?」
「まず守護者です。カナミやイリアルさんは十分強いですが、人類の代表者を務めるのであれば、より適役がいます」
言い辛いことだが、俺は断言した。カナミも神妙な顔でそれを聞いている。俺の言葉を否定することはなかった。
「そうなの? 私からすれば十分すぎる程強いと思うけど」
「人族には座と呼ばれる、最強格の連中がいます。彼らがほとんど戦いに参加していないんです」
「確か、『鍵』の役割を持った人が殺されると、より強い人が召喚されるんじゃなかったかしら?」
「俺も初めはそうだと思っていました。だからそういうものだと納得していたんですが、決定的だったのは、フィンとの戦闘と、シャーラです」
「‥‥私?」
名前を呼ばれたシャーラが、今起きましたと言わんばかりの顔で俺を見た。大事な話をしているんだから、もう少しちゃんと聞いてほしい。
俺は守護者の実力にばらつきがあるのは仕方のないことだと思っていた。この神魔大戦そのものが、イレギュラーなものだからだ。
しかしフィンたちの登場で、違和感は明確になった。
「まずフィンです。俺に敵対してきた理由は完璧には分かりませんけど、あいつらの存在は確実におかしい。フィンもバイズ・オーネットも、俺を殺すために準備を重ねていた」
「それは、勇輔君が勇者だったからでしょう? それなりに準備はするんじゃない」
「俺はアステリスでは、既にいない者になっているんです。あいつらの感覚からすれば、この戦いに参加しているはずがない人間なんですよ」
それは戦いの中で感じた違和感だった。
フィンもバイズも、俺が第二次神魔大戦に参加していることに何の疑問も抱かず、勇者を殺すための策を練っていた。
加賀見さんとカナミが、目を細めた。
「つまり、戦いが始まる前から、勇輔君が参加していることを知っていた?」
「その可能性があります」
分からない。全ては確証のない考えだ。しかしあいつらの執念は、この地球に来てから積み重ねたものだとは思えなかった。
そして不可思議な点はもう一つある。
「あとはシャーラの存在ですね。俺は櫛名がシャーラを狙った理由に心当たりがあります」
「‥‥そうなの?」
シャーラが首を傾げた。
いや、俺よりも君が真っ先に気付くべきだと思うんだけど‥‥。まあシャーラにそういったことを求める方が間違っている。
カナミが先を急かすように言った。
「ユースケ様、どういうことですの?」
「カナミも分かっていると思うけど、今回『鍵』として選ばれている人族には共通点がある」
「え、そうなんですか⁉」
リーシャが驚いた声を上げた。君は黙って聞いていなさい。
カナミは頷いた。
「ええ、聖女としての資格ですわよね」
「ああ、リーシャ、ユネア、メヴィア。他は分からないけど、三人中二人が聖女だし、ユネアさんは聖女見習の修霊女だ。ほぼ間違いないと思っていたんだけど‥‥フィンだけはよく分からないんだよなぁ」
フィンは男だ。あいつが『鍵』ってこと自体嘘なのか。それとも聖女の資格は男にも宿るものなのか。とりあえず、フィンは例外ということにしておこう。
「それとシャーラさんに何の関係が?」
加賀見さんがもっともな疑問を口にした。
そうだよな。これに関してはシャーラの過去を知っているかどうかによる。
俺は過去、メヴィアから伝えられた事実を告げた。
「シャーラは元々聖女としての素質を持った人族なんです」
「っ!」
「そういうことでしたのね‥‥」
「そうなんですか⁉」
「‥‥え?」
順に加賀見さん、カナミ、リーシャ、シャーラである。
待て待て、最後おかしいだろ。なんで当事者が初耳、みたいな顔してるんだよ。
「初耳」
言っちゃったよ。
「なんで本人が知らないんだよ‥‥」
「私の国には、聖女なんていなかったし。そもそも、ずっと昔のことだから、ほとんど覚えてない」
「あ、そう」
俺はため息をこらえて加賀見さんたちの方を向いた。こいつと話しても仕方ない。
「俺も詳しくは分からないんですけど、昔メヴィアがそんなこと言っていたんです。シャーラは恐らく聖女としての素質を持った人間だから、冥府の花嫁として選ばれたんだろうって」
加賀見さんやカナミは、情報を処理しようと必死で、リーシャは「凄い、大先輩の方だったんですね!」とほわほわしていた。
ごめんメヴィア。お前を見て聖女は浮世離れし過ぎだとか言っていたけど、こいつらは比じゃないわ。
まあいい、大事なのはそこじゃない。
つまり俺が言いたいのは、
「シャーラは恐らく守護者として呼ばれたわけじゃなく、『鍵』の一人として呼ばれたんじゃないでしょうか。そして、櫛名はその力を狙った」
そう考えると、櫛名の周到な用意も、シャーラを狙ったことにも説明がつく。
「‥‥でも私、後から呼び出された」
「どうせ、また暇なときは冥府に引きこもってたんだろう。分からないけど、櫛名たちにとってもお前はイレギュラーな存在だったんじゃないか?」
冥府は異界だ。そこを自由に行き来できるのはシャーラの魔術だけである。他の『鍵』と同じように呼べなかった可能性は十分にある。
だから櫛名たちも、シャーラを確実に確保できるまでは身を潜めていたのではないだろうか。
「そういうわけで、『鍵』の選定基準は明確。何らかの意図をもって集められている。けれど、それに対して守護者の選出が雑な気がするんですよね」
カナミは情報を噛み砕くように、ゆっくりとうなずいた。
「‥‥つまりこの神魔大戦は、人族と魔族の雌雄を決するためのものではなく、『鍵』を集めるためのものだと?」
「可能性の一つだけどな。そうでなきゃ、普通に戦士同士でサバイバルでもやればいいわけだし、ルールの必要性が見えないんだよな」
「‥‥確かにそうですわね。女神様の決めたことと、そこに疑問を持ったことはありませんでしたわ」
カナミが己の不明を恥じるように、唇を噛んだ。多分、これは地球の人間だからこその意見だ。カナミたちからすれば、神のやることに、間違いなどあるはずがないのだから。
まあ、全部予想だけど。
加賀見さんが何かを携帯にメモしながら言った。
「フィンたちの行動、『鍵』と守護者のアンバランスさ、何より『鍵』の存在意義。勇輔君の予想では、その神魔大戦の不自然さに、新世界が関わっているんじゃないかってことね」
「はい。関わっているのか、利用しようとしているのかは分かりませんけど」
「そうよねー‥‥。はっきり言っちゃえば、人族と魔族のどちらが勝とうが、私たち地球の人間には関係ないわけだし」
そうなのである。
加賀見さんや月子が協力してくれているのは、ルイードやタリムのような魔族が人を害する可能性があったからだ。実際タリムとか好き放題やっていたし。
しかし櫛名は違う。わざわざ異世界の戦いに首を突っ込む意図が分からない。
結局のところ、情報が足りていないのだ。
「だから俺は、この機を逃すべきじゃないと思うんです」
「それって、勇輔が一人で行くってことよね?」
今まで黙っていた月子が、呟くように言った。全員が黙り、静寂が舞い降りる。
「わざわざ俺にだけ言ったってことは、そういうことだと思う。正直、リーシャたちを置いて行くのはリスクが高いんだが‥‥」
俺の言葉は即座に遮られた。
「それは違うわ。全然、間違っている」
「そうですわね、違いますわ」
「勇輔君、あなたそういうところだと思うわよ」
‥‥え、何? なんで俺が責められる流れになってるの? 女心は秋の空というが、こんなんゲリラ豪雨だろ。
意味が分からずリーシャの方を見ると、彼女も口をへの字に曲げて俺を見ていた。
「ユースケさん、今のは私も良くなかったと思います」
「ええ‥‥」
リーシャにまで言われるとは思わなかった。唯一顔色を変えないシャーラだけが、淡々と言った。
「‥‥ユースケは昔からこう。それに一々腹を立てても意味がない」
なんで君はそこで余裕綽々の正妻感を醸し出してるんだよ。一番腹立つわ。
「私たちは、あなたが一人で罠かもしれない場所に飛び込むことを心配しているのよ」
「‥‥ああ、そういう」
「そういう?」
「すいません。気付きました分かりました」
冷たくなった月子の目を見て、慌てて謝る。やべえ、魔術師の目をしていたぞ今。けれど、月子が容赦なく感情をぶつけてくるこの感覚が懐かしい。
「何笑っているのかしら? 私は怒っているのだけど」
「笑ってません!」
ゆるみかけていた表情筋に力を込める。頑張れ、怒られるのは俺なんだぞ。というか怒られているのに笑っちゃうって、松田じゃん。そこまで不名誉な称号もない。
「とにかく、最悪罠でも俺なら強引に突破できる。それに、無理はしないって約束するよ」
そうは言っても、皆はなんとも言えない顔で黙ったままだ。
アステリスでの俺を知るシャーラに助けを求めて目を向けてみたが、彼女は黙っているだけだった。
少しして、加賀見さんが手を打った。
「土御門の提案に乗るにしても、もう少し具体的な話が分からないとオーケーとも言えないわ」
「じゃあ、明日改めて話を聞くってことでいいですか?」
「そうね、今度は全員で聞きましょうか」
土御門は俺に何をさせるつもりなんだか。




