デートの誘い
◇ ◇ ◇
四辻との話が終わった後、俺たちは加賀見さんも交えて家へと帰ってきた。この家も前のアパート同様、エーテルを濃くしたいので、暫くは居る時間を長くしたいのだ。
「『新世界』ね‥‥。まあ何かしら組織に所属しているとは思っていたけど、櫛名はそこからのスパイだったと」
「魔術結社らしいですけど、聞いたことありますか?」
「残念だけどないわね」
加賀見さんは首を横に振った。
四辻は三条支部で寝泊まりしている。あのまま加賀見さんたちも呼んで詳しく詰めてもよかったのだが、一度こちらも情報を共有する時間が欲しかった。
「私もないわ。というより、私は土御門さんが出てきたことに驚いているのだけれど‥‥」
「俺はよく知らないんだが、あいつそんなに有名なのか? 第一位階とか言っていたけど」
「ええ、対魔官なら知らない人間はいないでしょうね」
月子は頭痛を抑えるように頭に手を当てた。
彼女は四辻が土御門と名乗ったことを伝えてから、終始こんな感じだった。
加賀見さんの方を見ると、こちらはさほど驚いた様子もなく頷いた。
「土御門晴凛は第一位階の対魔官。月子が第二位階だから、それよりも上。簡単に言えば、日本最強の魔術師の一人ね」
「え、めっちゃ大物じゃないですか」
「とは言っても、見るからに裏がありそうな奴だったし、私はむしろ納得よ。むしろこっちの味方を名乗っていることが胡散臭すぎて消臭スプレーものね」
「ええ‥‥」
確かに胡散臭かったけど、そこまで言われる日本最強とは。
すると今まで黙っていたリーシャが言った。
「すいません。私はいまだによく分かっていないのですが、結局あの四辻さんは、土御門さん? という方が変装していたということでよろしいのですか?」
「それは違うな」
「そうね、違うでしょう」
「あれ、でも話していたのは土御門さんなのですよね」
うーん、直接見ていても、リーシャには今いち分かり辛かったか。
「あの四辻さんは土御門とは別人だ。俺と戦っている時の魔力は完全に違ったし、変装の魔術を使ってたらカナミが気付く」
「ええ、そうですわね。ただの人間という感じはしませんでしたが、変装の類を使っている様子はありませんでしたわ」
「あれは多分憑依か何かだろう。四辻と土御門の間に何らかの契約がなされているんじゃないか?」
アステリスでも、割とその手の通信を使う人間はいた。
「そうね、四辻さんの経歴は本物だったし、土御門がいざとなった時に使えるよう用意していた部下だったんじゃない?」
「そんなところですかね」
リーシャは自分で聞いておきながら、よく分からなかったのか笑顔で頷いていた。シャーラは初めから我関せずで、クッキーをかじっている。
俺はそんな二人からそっと視線を外し、土御門と話したことを思い出した。
◇ ◇ ◇
「新世界‥‥。その情報の信憑性は?」
「信憑性という話になると、君が僕をどれだけ信頼してくれるかという話になるかな」
「それなら、ほぼないぞ」
「手厳しいな」
信じてほしいなら、その胡散臭い笑顔をまずやめろ。わざとだろ、それ。
「それならもう一つ信じるに足る情報を足そう。何を隠そう、僕も新世界の構成員の一人なんだよ」
「‥‥」
なんだ、その絶妙に胡散臭さが増す情報は。聞いてほしいんだか疑ってほしいんだか、よく分からんな本当に。
ただそういうことなら、いくつかのことが納得いく。まずこいつがここまで俺たちの事情に詳しい理由。櫛名と同じ組織の人間なら、知っていることも多いだろう。
しかし今度は別の疑問が浮上する。
「なんで新世界の人間が、俺たちに協力するんだ?」
「スパイ、って言うほど格好いいものでもないかな。僕は生き残るために新世界へ加入した。加入せざるを得なかった。僕にできることなんて、いざとなった時の味方を見付けることくらいだったんだよ」
「それが俺たちだと?」
「元々伊澄さんには目を付けていたんだ。だから試すようなやり方で、力を見た。あの鬼に勝てなければ、いずれ新世界に取り込まれるか、潰されるかだろうからね」
「勝手な考えだな。それとも対魔官ってのは、そんなに新世界に侵略されてるわけか?」
俺がそう言うと、土御門はなんとも言えない表情で目を伏せた。
おいおい、まさか。
「だから君たちとだけ話したかった。対魔官の本部には、多くの新世界組織員、あるいは信奉者たちがいる。恥ずかしい話だけどね。そしてそれは日本に限った話じゃない。公的な魔術機関の多くは、既に根を張られている状態だ」
「‥‥冗談だろ?」
「笑えないだろう。それが現実なんだよ。新世界の歴史は古く、その規模は巨大で深淵。人類が魔術師という異端者を組織として政治に組み込む遥か以前から、世界の影を支配してきた。そういう意味では、侵略という言葉は正しくないかもしれないね。個人主義の魔術師を組織として運用するやり方は、元々彼らが積み重ねてきたものだから」
「‥‥あー、なるほど。なんとなく言いたいことは理解した」
そりゃ月子や加賀見さんもこんな話されたら、絶句もんだろう。
やべー組織じゃん。
いや待て、確かに櫛名はろくでもない輩だったが、組織の理念が分からないことには判断できない。実は魔術師の人権を守る労働組合的なものかもしれないし。
「社会的に見て正義と呼ばれることも、悪と呼ばれることも、何もかもを内包した組織。それが新世界だ。今まで組織として明確な目的を感じたことはなかったんだけど、君たちの出現によって状況が変わった」
「神魔大戦か?」
「そう。櫛名命を筆頭に、幹部クラスの人間が意図をもって動き始めている。この時代、魔術師の世
界にも巨大な影は必要ないはずなんだ。僕はここで、新世界の企みを潰すことが、魔術師の未来のために必要なことだと信じている」
「‥‥そうか」
土御門の言葉を全て信じるわけじゃない。寝首をかかれる可能性だって十分にある。それでも、信念を語るその目は、信じる価値があった。
「分かった。それで俺に話をしたってことは、何かしてほしいことがあるんだろう。聞かせてもらおうか」
そう言うと、土御門はまた胡散臭い笑みを浮かべた。
「その通りだよ勇輔君」
こいつがわざわざリスクを取ってまで接触してきた用件だ。相当なことだろう。どんな無茶を要求されるのか、分かったもんじゃない。
それでも新世界への手掛かりは現状こいつだけだ。たとえ罠だったとしても、それを貫く。
土御門は言った。
「敵地までデートに行かないかい?」
‥‥胡散臭いなあ。




