トリックスター
「あー、負けちゃったね。やっぱり強いや」
訓練場に座り込んだ四辻がけらけらと笑った。春光と冬鳴の二匹はカードに戻したのか、この場にはいない。
俺も鎧を脱ぎ、彼女の近くまで歩いた。
「これで十分か」
「そうだね。強いのは分かっていたつもりだけど、実際に戦うとまったく違う。やっぱり体験を伴わない知識は半端だ」
「どこでその情報を仕入れたのかも、いろいろと聞きたいところだな」
「焦らなくても大丈夫だよ。君は資格を得たんだ」
四辻はそう言うと、カードを取り出して自分の額に当てた。
なんだ? 攻撃系の魔術じゃなさそうだけど、今度は何をするつもりだ?
聖域を張っていたリーシャもとことこと俺の横へ来た。
そんな俺たちを、四辻が立ち上がって見た。その目は今までのような可愛らしい光を宿した目から、落ち着いたものに変わっていた。
それこそ人が変わったように。
「それじゃあ、ここからは僕が代わりに話をしよう」
一人称は変わらず、声も四辻のまま。しかしその口から発せられる言葉は、明確に違う。
そういう魔術か。
「え? どういうことですか」
「‥‥話をする前に、まずは名乗ってもらおうか」
誰かが四辻の身体に乗り移っている。あるいは意識を共有しているな。
彼女を従える人物。できればその存在まで明確にしておきたい。
すると四辻は予想に反して、軽く言った。
「流石、すぐに気づくんだね。僕は第一位階対魔官、土御門晴凛。安心してほしい、君たちの味方だよ」
なんとも胡散臭い笑顔のまま、土御門とやらは名乗った。
味方ですと言われて、はいそうですかとはならない。しかも四辻がこの魔術を発動した瞬間に感じた、こいつの魔力。
俺はそれに覚えがあった。
「お前、鬼のところで月子に監視飛ばしてた奴だろ。それで味方ってのは無理があるんじゃないのか?」
その瞬間、土御門は目を細めた。
「あれ、やっぱり君だったのか。そりゃばれるよね」
「鬼が封じられていた社からも、お前の魔力を微かにだが感じた。あの事件そのものがお前の仕込みだったんじゃないのか?」
妖刀の世嘉良孝臣と共に鬼を倒した戦い。あの時孝臣は、突然鬼を封じていた封印が解かれたと言っていた。
あの戦いのせいで月子は死ぬ寸前まで追い込まれたのだ。
俺の怒りを受けながら、土御門は否定することもなく頷いた。
「そうだね、鬼の封印を解いたのも、伊澄さんをあの任務に当てたのも、全て僕がやったことだ。言い訳するつもりはないけれど、そうする他なかったんだ」
「人を死地に追いやる理由か」
「この話をするのには、そもそも今の僕の立場から話さなきゃいけない。それを語るだけの時間をもらっても?」
「‥‥」
非常に釈然としないが、話を聞くためにわざわざここまで付き合ったんだ。俺の個人的な感情で収穫なしというわけにもいかないか。
俺はリーシャを後ろに下がらせ、その場に座った。
「それじゃあ聞かせてもらおうか。お前の知っている情報ってやつを」
「うん、どこから話せばいいものか。まず君たちが行っている神魔大戦は、本来人族と魔族の陣営による戦いだろう」
「そこまで知ってるのか。基本的にはそうだ」
土御門はカードを二枚取り出して地面に置いた。デフォルメされた金髪の少女と、角を生やした悪魔みたいなものがカードから出てくる。これ、リーシャと魔族か。
土御門がリーシャの隣に新しいカードを置くと、そこから銀色の鎧と、黒髪の少女が飛び出してくる。もしかしなくても、俺と月子のデフォルメだろう。なんでもありか、お前のカード。
「けれど今回の戦いは知っての通り、君を含め地球の人間たちが参加している状況だ」
「俺の場合はなんとも言えない立場だけどな」
今回は前の神魔大戦と異なり、女神を介して参戦している訳ではないが、元勇者としての立場は大きい。月子や加賀見さんとは完全に違う。
「問題はそこなんだよ。地球側の人間も当然一枚岩じゃない。君のような異世界に関連を持つ者、対魔官。そして櫛名命が所属する魔術結社。複数の思惑が入り乱れて複雑化している」
「櫛名が所属している魔術結社‥‥何か知っているのか」
土御門は無言で新しいカードを取り出し、魔族の側に置いた。
そこからは二匹の獣が互いを喰らい合うような紋章が現れた。
なんだこれは。
初めて見るはずなのに、悪寒が湧き立つ。これが櫛名の所属している組織なのか。
「これこそが、今回の神魔大戦におけるトリックスター。多くの優秀な魔術師たちを擁し、世界の暗部に根を張る最大の魔術結社。おそらく君たちの最大の敵になるだろう──」
土御門は、誰も知ることのできなかったその名を、口にした。
「『新世界』さ」




