ぼ、僕っ娘だぁあああああ!
◇ ◇ ◇
話があるというのだから、てっきり加賀見さんが何か用件があるのかと思っていたが――。
「君が山本勇輔だね? 待っていたよ」
三条支部で俺を待っていたのは、見たことのない女の子だった。キャスケットというのだったか、軽く膨らんだキャップを被る、快活そうな少女だ。
ショートパンツから伸びる健康的な太ももが眩しい。
誰?
「ユースケさん、また女の子ですか‥‥?」
「‥‥あなた一体何人に手を出しているの」
リーシャと月子が冷めた目で俺を見てくる。
「待て、君たちの俺に対する評価にもいろいろと言いたいことはあるが、今回に関して俺は無罪だ」
「ユースケは昔から、よく分からないところで女の子と縁を結んでくる」
「おいこら」
淡々と言うシャーラを睨む。そんなことない、と思いたい。ちなみにカナミは何も言わず目を伏せていた。
しかし周りの連中にここまで言われると、俺がおかしいのかと疑ってしまう。しかしいくら見ても、この子には見覚えがない。
柔らかそうな猫毛に、アーモンド形の瞳。どことなくボーイッシュな印象を受けるが、身体は成熟した女性のそれだ。
アステリスならいざ知らず、地球でこんな可愛い子に出会っていれば、忘れるはずはないんだが。
悩む俺たちの横で、加賀見さんがため息を吐いた。
「この子が突然うちに押しかけてきて、勇輔君を出せって言い続けるのよ。身元の確認は終わっているし、敵だったとしたらあまりに杜撰よね」
後半は俺たちにだけ聞こえるように小さな声で。
なるほど、それで対処に困って俺を呼んだと。
身元の確認が終わっているということは、一般人ということだろう。櫛名命の件があるから、それだけでは信用できないけど。
黙っていても仕方ない。
「確かに俺が山本勇輔だ。君は?」
「僕は四辻千里。君にどうしても頼みたいことがあってここまで来たのさ」
四辻はにこやかな笑顔で言った。
というか僕っ娘じゃん。創作の中ではありがちだけど、実は現実世界ではあまり見かけないレア一人称である。
なおカナミは私という、その上を行くウルトラレア一人称だ。
今はそんな話じゃないか。
「話を聞くだけなら、全然いいんだけど」
「いや、僕は君とだけ話したいのさ」
「俺とだけ?」
つまり二人きりになりたいと。
いよいよもって怪しい。
横を見ると、加賀見さんが首を横に振った。
「駄目だな。というか君は俺のことを知っているようだけど、俺は君を全く知らないんだが、それはどういうことなんだ?」
「それは当然だね。何せ僕たちが会ったのは今日が初めてだから。ただ僕は君を以前から知っていた。強大な力を持つ人間が、その存在を完全に隠すなんて無理だろう。勇者白銀?」
――そうか。
俺は四辻の首筋に剣を押し当てた。そのつもりはないが、確実に生殺与奪の権を握る。
リーシャたちも、シャーラを除いて全員が殺気立つ。
だがこの段階に至ってなお、彼女から魔術師としての気配は感じられない。
「理性的だね。話を聞く気になってくれたかな?」
とはいえ、剣を当てられて平然としている時点で、一般人でないことは確かだ。
「そうだな。わざわざ二人で聞かなくても、今ここで話せば済むだろう。どうせ俺は後で仲間と情報を共有する」
「それはそれで構わないよ。僕が望んでいるのは、君と二人で話すという時間そのものだ。いや、そちらのリーシャさん一緒で構わない。というよりも、彼女は居てほしいな」
「わ、私ですか?」
四辻が指し示したのは、リーシャだった。
命を握られている状態で、条件を付け足してくるのか。自信が強い程、彼女の話に価値を感じてしまう。
追い詰めているのはこちらなのに、状況は彼女に有利に傾いている。
「場所はそうだね、ここの訓練場にしよう。遠くに行く必要もないし、安心でしょう。ここで僕の命を奪うより、話をした方が得だ」
「‥‥」
加賀見さんたちは何も言わない。
今この場で決定するべきは、俺だな。
「分かった。リーシャも連れて三人で話そう。加賀見さん、訓練場を貸してもらっていいですか?」
「いいけど‥‥大丈夫なのね?」
「他の人と話したいっていうなら断りますけど、俺なら大丈夫です」
人族を裏切ったフィン、地球の人間でありながら神魔大戦に介入する櫛名。俺たちは持っている情報が少なすぎる。
ここは多少リスクを冒してでも、話をすべきだ。
「ユースケ様、お気を付けください。ただの人間ではありませんわ」
「‥‥了解」
四辻と共に歩き出そうとすると、カナミがそっと耳打ちしてきた。そして月子の手が俺の手に軽く触れる。
ああ、大丈夫だよ。
「リーシャ、行こう」
「は、はい」
俺たちは三人で訓練場へと向かった。




