両翼の将
兵士たちが突っ込んでくるのに合わせて、俺も地を蹴った。
俺を捕らえていた灰が取り残され、まだ武器を振りかぶろうとしている兵士たちの元に到達した。
「なっ――⁉」
「いつの間に!」
喋るより先に動け。
そこからは戦いとは言えなかった。俺は先頭の兵士を殴り飛ばして騎竜の背に立つと、そこから別の竜へと飛び移り、兵士を灰の向こうへ吹き飛ばしていく。刃は魔力で潰してあるので、生きてはいるだろう。
まるで案山子を殴っているような感覚だ。誰一人として、防御が間に合っていない。
俺の動きが速すぎるんだ。自分だけが違う時間軸を進んでいるような感覚さえしてくる。
やばいな、ラルカンと戦った時より馴染んでるぞ。
俺は騎竜の背から飛び降りながら感覚を研ぎ澄ませた。とりあえず、今ので百は削った。来ていたのは二千だったから、まだまだいるな。
待ってろ、将軍と言わず一人残らずぶっ飛ばす。
そこからの動きは単調だった。策も何もない、隊へと突っ込み、奥深くまで食い込むと、そこから傷を広げるように一人ずつ倒していく。
それに気付いた別の隊が救援に駆け付けるが、あまりに遅い。既に俺はその場を離れ、再び死角から急襲する。
恐らく白い灰によって俺の動きは筒抜けだろう。だが哀しいかな、情報が伝達され、動き出すまでのタイムラグがあれば、俺は隊を壊滅させられるのだ。
それから数分と経たず、半数以上の隊を殲滅した。これだけ叩けば撤退すると思っていたが、どうやら違ったらしい。
「冗談にしちゃ、笑えないな」
「ええ、本当に悪い夢のようです」
二人の将軍が残った隊を集めて俺の前に立った。これ以上は灰の中で分散していても逆効果になると判断したのだろう。
確かフォーエンとカリストだったか。両手剣と槍を携えた二人の将は、動揺を表に出さず俺を見下ろしていた。
「わざわざ狙ってやってるのか? 全員を殺さず戦闘不能にさせるなんて、あり得ないだろ」
「ですが、本気のようです。この人は真剣に私たちを殲滅しようとしている」
二人の言葉は真実だった。
俺は今回の戦いで、一人残らず叩き潰すと決めた。将を射るだとか、フィンを狙うだとか、そんな甘い戦い方では禍根を残す。
命は残してやるから、それ以外は全て置いていけ。
俺以外の全員、一万回ぶん殴れば終わる。シンプルで最高に分かりやすいだろ。
後が詰まってるからな、さっさと終わらせよう。
「『お前たちの役割は時間稼ぎと、俺の消耗だろう。いいのか、後者に関してはまるで達成されていない。このままじゃれ続けたところで無意味だ』」
「はっ、本物の怪物だなぁおい! 俺たちの十指乱舞がお遊びかよ!」
「こうなっては致し方ありません。フォーエン、隊はもういい。全力で詰めなさい。私が援護します」
カリストが槍を構えて言った。
それに合わせてフォーエンが前に出る。
「そうだよな、そうこなくっちゃなあ。その兜を貰い受け、我が一番槍の誉れとさせてもらおうか!」
フォーエンは言うが早いか、騎竜から飛び降りると、剣を構えた。魔力を与えられた両手剣が輝き、魔剣として本来の力を宿す。
あの剣、兵士たちの持っている魔道具とは格が違うな。それこそカナミの持つ『シャイカの眼』に準ずるアーティファクトだ。腐っても大国、このレベルの業物が出てくるとは。
「魔剣士フォーエン、参る!」
フォーエンが爆発的な速度で迫ってきた。魔剣が唸り、血のような赤黒い刃を纏った。
「『飛燕槍』‼︎」
同時に背後でカリストが槍を突く。本来届くはずのない刺突は、青い矢となって次々に飛来した。
これを捌きながらあの魔剣の相手をするのは、骨が折れそうだ。
俺は腰を落とし、剣を引いて切っ先を正面に構えた。
豪脚神速をもって万難を穿つ。
フォーエンが剣を振り下ろし、血の刃が鎧へと触れるその瞬間、俺は一歩踏み出した。
『夢幻霆剣』
刹那を踏み倒す刺突が、二人の将を貫いた。
「がっ‥‥!」
「なぁっ‥‥ぜ‥‥」
俺の背後で、フォーエンとカリストが地面へと崩れ落ちる音が聞こえた。
なんてことはない、走りながら『霆剣』を使っただけだ。いや、『霆剣』を使っている間に、この距離を踏破したと言う方が正しいか。
安心しろ、切っ先は潰してあるから、鎧を砕いて胸を殴打しただけだ。
「──」
カリストの背後に控えていた兵士たちが、俺を前に息を呑んだ。それはそうだ、さっきまで遥か前に立っていたはずの敵が、将軍二人を倒して自分達の目の前に現れたのだから。
まさしく泡沫の夢を醒ます霹靂。
「『構えろ。お前たちの将は戦って散ったぞ』」
別段このまま倒してもよかったが、無抵抗の相手を殴るというのも夢見が悪い。
「ぅ、ぅうおぁぁあああああああああ‼︎」
兵士たちは雄叫びをあげ、剣を振り上げた。
そうだ、それでいい。命だけを残してやろうと思ったが、気が変わったよ。
元ではあるが、勇者を相手に挑んだという事実くらいはくれてやる。
戦いは数分だった。
二千の特攻隊はその時間を稼ぎ、全てが灰の中に横たわった。




