犯罪じゃないですか
「ホームステイ?」
崇城大学構内にあるカフェの一席で、俺と陽向は向かい合うようにして座り、俺の隣にはリーシャが座っている。
ちなみに時刻は既に授業時間に食い込んでいるが、陽向の「一時間くらい問題ないですよね」という言葉で自主休講が決定した。ちなみにこの自主休講は大学生が単位を生贄に使える魔法カードで、文系学生なら三回くらいまでノーリスクで使うことが出来る。
教授によっては禁止カード扱いされているので、使いどころは考える必要があるが。
さて、そんなわけで俺たちは講義をサボってこうしてお茶しているわけなのだが、俺の説明を聞いた陽向の第一声がそれであった。
「そうだ、俺も知らない間に母さんたちがホームステイを受け入れててな、今年一年預かることになったんだと」
「はあ、そこまでは分かりましたけど‥‥」
陽向はアイスティーをストローでかき混ぜながら、懐疑的な目を向けてきた。
「どうしてわざわざ先輩のところに? 男性の先輩が家から出たからそちらのリーシャさんを受け入れたんでしょう?」
「それはその通りなんだが、さっきも言ったけど、是非日本の大学生活を見学したいらしくてな」
「ふーん、それで先輩が一人暮らししているところに泊まっているわけですか」
「そういうことになるな」
そう、俺はリーシャが俺の家に泊まっているところまで包み隠さずに陽向に伝えた。
俺の家は大学から近いせいで文芸部の連中がよく遊びに来るし、リーシャと暮らしていることを一年間隠し通すのは難しい。
それならいっそ最初からオープンにしてしまえという話だ。
しかし、これは通報されるかもしれない諸刃の剣でもある。そのため、俺はとにかくホームステイであってやましいことはないということを陽向に説明した。
この間、リーシャは笑顔で話に相槌を打っている。
陽向は「えー」とこめかみを揉むと、
「いや、流石にマズいでしょう。そちらのリーシャさん、おいくつでしたっけ?」
「‥‥じゅ、十六歳です」
「犯罪じゃないですか」
陽向の鋭い言葉が胸に突き刺さった。
まあ常識的に考えて、二十超えた男と十六歳の女の子が一つ屋根の下ってのは法治国家日本では犯罪である。
だが、その言葉への対抗策程度、考えてないと思うたか!
「けどな陽向、別に俺と二人きりってわけじゃないからな」
「そうなんですか?」
「ああ、リーシャの保護者代わりの人が一緒についてきててな、その人もいるんだ」
「あー、そういうことでしたか。流石にJkと二人きりってのはヤバいですもんね」
うん、そうだよね、ヤバいよね。よかった、対策考えといて。
ちなみに保護者代わりの人というのはリーシャを護衛してくれていた人のことである。未だ顔も見たことない人をここまで利用したことははじめてだ。
あらゆる面で優秀な人だな、護衛の人。ありがとう護衛の人。
「はー、それでわざわざそれを陽向に説明するために?」
「ああ、そのなんだ。ついでに少しばかり話を皆に広めておいてもらえると、助かるかなーなんて」
「‥‥ええ、まあどうせそんなことだろうとは思いましたけどねー」
「その、悪いな」
陽向はツーンとした表情で紅茶を飲む。
そりゃ最初からあてにされては気分も悪いだろう。俺も勇者やってた時に「そんくらい自分でやれや」と思ったことは多々ある。
頼りにすることとあてにすることはまるで別物だ。なんてこった、そんな当然のことを忘れていたとは。
「いや、忘れてくれ。やっぱり自分で皆に説明するからさ」
「‥‥先輩は」
「ん?」
「先輩は、そういうの苦手ですよね」
そっぽを向いていた陽向は、いつの間にか上目遣いで俺を見ていた。
「確かに得意ではないな」
勇者やってた時は、遠征時なんか仲間以外に話す相手いないし、魔術を使っている時は会話なんて出来ないので、コミュ力は絶望的だ。
「だからまあ、こういったことで頼れるのは陽向くらいだったからさ、ついな」
「ふーん、そうですか」
俺が反省していると、陽向は上目遣いのまま、突然ニマニマと笑いはじめた。ついさっきまで冷たい表情をしていたのが嘘のようだ。
なに、どこに機嫌よくなる要素があったの。
「じゃあ仕方ありませんねー」
「やってくれるのか?」
「先輩が自分でやっても、騒がしくなるだけでしょうし。その代わり、高いですよ?」
「恩に着る。‥‥ちなみにそれ、ランチ一回分か?」
「ランチはもう貸し付けてありますし、ディナー追加で許してあげますよ」
「‥‥牛丼」
「もちろん、お洒落なお店で」
「‥‥ラジャー」
どうやら、俺の財布と引き換えに陽向の説得には成功したらしい。なんで引き受けてくれる気になったのかは分からないけど、女の子の気持ちなんてどうせ分かんないしな。
ぶっちゃけ総司と松田はどうとでもなるので、陽向さえ説得してしまえば、ミッションコンプリートだ。
陽向は上機嫌な様子で身体を揺らしている。ほぼ一日分の奢りが決まったんだからそりゃ機嫌もよくなるわ。
そして、陽向の視線がついに俺から隣のリーシャに移った。
「ええっと、リーシャさん。私は陽向紫。これからよろしくね」
陽向‥‥、君普段は一人称陽向じゃん。普通に私って言えたのかよ。
リーシャは最初と変わらない微笑みを浮かべたまま、優雅に頭を下げた。
「リーシャ・アステリスです。こちらでは分からないことだらけで不作法もあるかとは思いますが、よろしくお願いいたします」
「よ、よよよろしく」
おお、すげえ。あのコミュ力お化けの陽向が動揺してる。言うまでもなくリーシャの名字は異世界から取った。決して考えるのが面倒だったわけではない。
つい忘れそうになるが、リーシャは王族に等しい教育を受けてきた人間だ。
一つ一つの所作は優雅で美しく、ただそこに座っているだけで高貴な気品が溢れ出す。
たとえ陽向がコミュ力お化けであっても、リーシャは陽向が今までに会ったことがない人種だ。
纏うオーラからして俺たち一般人とは別物なのだ。
突如、身体を乗り出した陽向が俺に顔を近づけてきた。
「ちょ、ちょっと先輩! この子なんか凄くないですか! 普通の人じゃないですよね!」
「普通の人か普通の人じゃないかで言えば、普通に普通じゃない」
主に聖女とかやってる。
「そんな人が何で先輩のお家にホームステイを‥‥」
「俺にも分からんが、人生は何が起きても不思議じゃないからな」
突然異世界に連れていかれることもあるし、そこで勇者やることだってあるんだから、異世界から聖女がホームステイしに来ることもあるんだろう。
「あの、申し訳ありません。何かお気に障ることでもありましたか?」
いきなり俺と内緒話をはじめた陽向を見て、リーシャは少し表情を陰らせた。
それを見て、陽向は慌てて手を振った。
「そ、そんなことない‥‥ありませんよ! ちょっとこの先輩に聞かなきゃいけないことがあっただけですから!」
「おい陽向、敬語になってるぞ」
さっきまで普通に話してただろ。
「そうですよ、私の方が年下ですし、是非普通に話してください。敬称も必要ありません」
「そ、そう。それなら改めてよろしく。私も紫でいいから」
「はい、よろしくお願いいたします、紫さん」
リーシャの差し出された手を陽向は握り返し、二人は笑う。
「悪いな陽向、リーシャはまだこっちの文化に詳しくなくてな、女子にしか分からないこととか、色々聞くかもしれんが、頼むな」
「それくらいならいいですけど‥‥。先輩も、十六歳に手出したりしないでくださいね。知人がニュースに出るとか嫌ですから」
「君は先輩をなんだと思っているのかな」
俺の鋼の理性を信じろ。というか俺も信じたい。
陽向は「本当ですかねー」と呟き、立ち上がると言った。
「じゃ、とりあえず学校案内でもしましょうか」
「え、いいのか?」
「講義サボっちゃって暇ですし、リーシャちゃんは学校を見学したくて来てるんですよね」
それは建前なんだが‥‥と思っていると、俺よりも先にリーシャが頷いた。
「いいんですか! お願いします!」
「それじゃ行こっか、リーシャちゃん」
「はい、紫さん」
二人はそうして店を出て行く。さらっと陽向が伝票を俺の手に握らせてきたので、そういうことなんだろう。
いや、別に元々払うつもりでしたけどね? その、押しつけ方が自然過ぎません?
陽向の一人称が『私』になっている部分を『陽向』に変えました。