我が真銘の力
初撃はまるで前の焼き直しだった。
互いに真っ向から剣と槍斧を叩きつける。相手の武器ごと両断せんという気迫に大気が震え、足場が悲鳴を上げた。
均衡は刹那。
一閃。
翡翠の斬撃がラルカンを槍斧ごと吹き飛ばした。
「っ!」
自分のすべきことを見極めた。ただそれだけで『我が真銘』はここまで応えてくれる。
後方に吹き飛んだラルカンは驚きに目を見張りながらも、動きは止めない。選んだのは、守りではなく攻めの一手。
『真理へ至る曲解』で勢いを殺しながら着地し、腕を後ろへ引く。踏み込みながら打ち込んでくるのは、胴体を貫く刺突だ。
空折によって槍斧の刺突が歪み、渦を巻く。
ラルカンの膂力から放たれるそれは、局所的なハリケーンだった。
竜すら頭から貫く刺突に対し、俺もまた魔力を回した。
魔力が腕に絡みつき、剣に幾何学模様が走る。
「『嵐剣』」
嵐と嵐が衝突し、爆ぜた。青と翡翠が牙となって互いを削り合い、その度に大気が生き物のように唸る。
またしても押し勝ったのはこちらだった。槍斧を押しのけ、無数の刃が怒涛と押し寄せた。
ラルカンは刺突を弾かれながらも次の魔術を発動する。周囲に展開されるのは歪曲する黒い球体。
なんだ、あの魔術。
「『渦廻』」
それは現れるやいなや嵐剣を分散させ、飲み込んでいった。数えきれない程の斬撃か、全て消される。
歪曲し続ける渦か、厄介だな。攻撃を散らすだけでなく、こちらの動きが制限される。
その隙間をぬうように、銀の閃光が駆け抜けた。なんとか首筋へと迫る槍斧を弾く。
しかも相手は渦廻の間を通り抜けて攻撃が可能。
「正面から力負けしたのは久しぶりだ」
軽く言いながらも攻撃は止まらない。気にしてない風に言うけど、その威力は回数を重ねるごとに強くなる。
渦廻を回り込もうにも、全方位から襲い掛かる槍斧を捌きながら近寄るのは至難の業だ。
やってくれるな。迂回できないってなら、正面から押し通る。
集中力を高めろ。嵐剣の散り方は見ていた。効果範囲さえ分かれば、抜けられる。
「『行くぞ』」
俺は頭の中に描いた道筋だけを見据え、一歩を踏み出した。相手に迎撃の隙を与えるわけにはいかない。
一呼吸で踏破する。
地面すれすれまで身体を倒して渦廻を潜り抜け、時には跳び、曲がり、紙一重のところで避けながら走る。
少しでも捕まればそこを狙い撃ちにされる。速度を落とさず、道を違わず前進する。
渦廻を抜け、ラルカンの顔が見えた。
斬れる。
「その動き、昔同じものを見た」
「『っ⁉』」
そこに魔術が発動していた。
俺が抜けようとするのを読まれていたのか。そうなれば道は幾つかに絞られる。魔術を置いておくのも容易い。
やられた。
空間が俺を握り潰さんと歪んだ。
「『五指壊』」
破壊の指先がひたりと鎧に触れた。これまでの空折とは違う。自分の存在そのものに触れられたかのような、異質な感覚。
これは受けられない。
判断と見切りは同時だった。どれ程異常な魔術であっても、それを構成するのは魔力だ。そこには間違いなく流れが存在する。
星を繋ぎ、魔力の要所を断ち切る。
『星剣』。
魔術は意味を失い、俺を潰そうとしていた全ての指がバラけた。
「なに?」
今度こそラルカンが動揺し、手が遅れる。流石に魔術を斬られるとは思ってなかったか。
暗雲過ぎれば月青く燃ゆる。
対処する暇は与えない。連続で行くぞ。
踏み込み、月剣で首を狙う。ラルカンは瞬時に気を静め、槍斧で受けた。魔術を発動できなくとも、その武力は一級品だ。
だからこそ技を繋ぎ、畳みかける。
月剣でラルカンの防御を薙ぎ払い、刀身に膨大な魔力を注ぎ込む。
回避した先ごと消し飛ばす。
『焔剣』。
翡翠の剣閃がラルカンごと目前の一切合切を両断し、爆ぜた。
それは妖刀を使っていた時の比ではない。魔力の爆発が連鎖し、広範囲を破壊の炎が舐めた。
切り口を内側から吹き飛ばす焔剣は、射程こそ短いが、嵐剣以上の威力を持つ。
ボッ! と舞い上がる土煙の中からラルカンが飛び出た。
外套が裂け、義手から肩にかけて激しい傷が刻まれているが、その目は冷静そのものだった。
あれも捌くのか。槍斧での防御を諦め、寸前のところで空折を使って攻撃のベクトルを逸らしたな。
更に追撃しようと剣を振るうが、それと同時にラルカンも動いていた。
槍斧で地面を薙ぎ、魔術を発動する。
次に起こったのは災害だった。
地面が不自然に歪み、それに耐えきれず割れた。立っていられない程の振動と共に、至る所が陥没、隆起して周囲の景色が丸ごと塗り替えられる。
まともに立っていられず、一度下がって距離を取る。
魔術の圧で強引にこちらの流れを断ち切った。なんて無茶苦茶な力技だ。魔将一人で戦況が変わるなんてざらに聞く話だが、これを見ると納得せざるを得ない。
聖域が張られてなければ、学校そのものが沈んでいただろう。
ラルカンは距離を詰めてくるようなことはせず、俺を見ていた。
「凄まじいものだな、勇者の力というのは。想像以上だ」
「『お互い様だ』」
並大抵の敵なら今までの間に十回は斬っている。
ほとほと、あの時勝てたのは皆のおかげだったんだって身に染みるよ。
ラルカンはおもむろに槍斧を地面に突き立てると、両手の指を目の前で組んだ。まるで指と指を絡ませるような、独特な形。
「こうして今一度貴様と戦える奇跡に感謝しよう。主を失い、大義もなく生き長らえたこの数年、決して無駄なものではなかった」
ラルカンの魔力が今までにない動きを見せた。これまで静かに全身を覆っていた魔力が大きく広がり、そして内側に収縮する。見えなくなった魔力が深くラルカンに沈んでいくのが分かった。
これは――。
「故に俺も全身全霊をもって挑もう。俺が求め続けた真理に、貴様はついてこれるか」
放たれた怖気に、思わず剣を構えた。
ラルカンから感じる雰囲気が変わった。潰れそうなプレッシャーとは違う。触れてはいけない、正体不明の暗闇があたりを覆うような、そんな恐怖。
この感覚を知っている。
魔術というにはあまりに緻密で、まるで神話の怪物のように脈打つ魔力の器。
「『沁霊術式か!』」
ただでさえ強力なラルカンの魔術。その沁霊術式となれば、その威力は計り知れない。
攻めるか、退くか。
その判断に迷ったせいで、動きが遅れた。
既にラルカンの魔術は完成し、景色が歪む。
「沁霊術式――『重天握』」




