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金色の戦場

     ◇   ◇   ◇




 目を開けた時、長い眠りから覚めたような気がした。


 実際には夜が明けもしていない。寝ていたのもせいぜい一時間程度だろうか。


「起きられたのですね」

「ユネア‥‥」


 すぐ近くで自分をのぞき込むユネアの顔を見て、現実に戻ってきたことを実感する。


 寝起きだというのに、妙に身体に活力が(みなぎ)っている。魔力の流れも滞りなく、一呼吸ごとにエーテルが魔力へと変わるのが実感できる。 


「あ、まだ立たない方が」

「大丈夫、ありがとう」


 俺は手をついて起き上がった。


 ラルカンにつけられた傷をなぞると、完全に塞がっていた。ユネアの治癒魔術があるとはいえ、明らかに回復速度が速い。


 この感覚は覚えがある。


 先の大戦時代、前線で研ぎ澄まされていた肉体の感覚だ。


 身体そのものが変わったというよりは、魔力の流れがそれを彷彿(ほうふつ)とさせる。


 何が起きたのか完全には理解できないが、心象領域(しんしょうりょういき)に行けたおかげだろう。


 軽く身体を動かして問題ないことを確認し、周囲の気配を探る。


 微かな戦闘音に、イリアルさんの魔力と――これは魔族の魔力か。ラルカンのものじゃない。もう一人の方だ。


 ここから大分離れた地で戦っている。 


 ラルカンを倒すという大きな目標は変わらないが、今の俺にとってはこちらの魔族も無視はできない。


 行こう、もう夜も長くない。奴と決着をつけるのは今夜だ。


「あの、ユースケ様」


 走り始めようとした時、ユネアに声を掛けられた。


 彼女も疲れているだろうに、それをおくびにも出さず俺の下に歩み寄ってくると、右手を両手で包んだ。


「ご武運を‥‥」


 ユネアはそう祈ると、言い辛そうにしながら言葉を続けた。


「どうか姉を、よろしくお願いいたします」


 それは彼女にとって心苦しい言葉であったのかもしれない。


 イリアルは戦士としてこの場に立った。誰かに守られるのではなく、ユネアを守るために。


 そうだったな。

 俺はユネアと目線を合わせた。


「任せてくれ。必ず俺がこの戦いを終わらせてくる」


 俺は多くの人の想いを背負って、俺のために戦いに行く。でも人って結局そういうものだろ。


 既に何千人と背負っているんだ、少女一人の願いくらい応えてみせよう。


 ユネアが安心したように笑ったのを見届けて、俺は夜の森に飛び込んだ。




     ◇   ◇   ◇




 ラルカンの従者を倒し、イリアルをユネアの下に届けた俺は、再度学校の前に来ていた。


 さっき戦って分かった。やはり魔力操作が恐ろしく研ぎ澄まされている。


 魔術そのものを斬る『星剣(ステラ)』は、魔力を『観る』ことと要所全てを同時に斬る正確な剣速が求められる。『嵐剣(ミカティア)』のように、力任せにただ振ればいいというものじゃない。


 試したわけでもなく、ただ使えるという確信だけがあった。


 学校の正門をくぐり、校庭へと足を踏み入れる。一歩一歩進むたびに集中力が高まり、胸の奥で戦意が熱を帯びる。


 校庭の真ん中に、彼は立っていた。


 まるで俺が来ることを予感していたかのように、彼女を(ともな)ってそこにいた。


「遅くなったな、ラルカン」

「来ることは分かっていたのだ、大して待ってはいない。それがお前の素顔か、白銀」

「ユースケさん!」


 リーシャ、無事だったか。よかった。見たところ怪我もなさそうだな。それだけで安堵が胸いっぱいに広がった。


 俺は無意識のうちに首筋に手をやる。そこには慣れた鎧の感触はなく、生身で立っているのだという実感がより強くなる。敵を前にして鎧を解いたことはほとんどない。


「ああ、こんな平凡な男でがっかりさせたか」

「鎧の下に興味などなかったが、感慨深いものだ。お前のような若き者が俺を倒し、魔王様の下にたどり着いたとは、にわかには信じがたい」

「実物はこんなもんだよ」


 何か特別な理由があって鎧を脱いでいたわけじゃない。ただ一度だけ、ラルカンとこうして話してみるのも悪くないと、そう思っただけだ。


 ラルカンは暫く俺の顔を眺め、リーシャを放した。


「行け、お前の役目は終わった」

「え‥‥?」


 リーシャは突然のことに驚きながら、俺を見る。ラルカンは後ろから人質を斬るような男じゃない。俺が頷くと、リーシャは後ろを警戒しながら俺の方へ歩いてきた。


 そして、手が届く位置にリーシャが来る。


「ユースケさ――」


 そこまで来て、もう我慢できなかった。


 俺はリーシャを引き寄せ、その存在を確かめるように抱きしめた。腕の中で小さな身体から鼓動が伝わってくる。


 生きている。


「よかった。本当によかった。ごめん、俺がいなかったせいでカナミさんも、リーシャも」

「ユースケさん‥‥」


 リーシャの手が俺の背中に恐る恐る回される。そして、微かな力で抱きしめ返された。


「私こそすいません。ユースケさんのことも知らないまま、いつも迷惑をかけてばかりで」

「いや、そんなことない。リーシャの声が確かに届いたよ。おかげで俺は今ここにいる」


 もしあの獣の腹の中でリーシャの声が聞こえなかったら、きっと俺は心折れていた。


 こうしてここにいるのは、間違いなくリーシャのおかげだ。


 いつも君は俺に道を示してくれる。だから俺はそれに応えよう。


 リーシャを離すと、その目を見た。


「リーシャ、聖域を張ってくれ」


 その言葉にリーシャは何かを言おうとして、無言のまま頷いた。


「分かりました」

「ありがとう」


 リーシャは俺がさっき負けたことを知っている。本当なら戦いを見守るのだって不安だろう。


 それでも彼女は何も言わなかった。その信頼が重く、心地よい。


 夜の中でリーシャが舞う。真摯な祈りと共に魔力が煌びやかに踊り、魔術が発現する。

 俺とラルカンの戦いを祝福するようにして、金色の壁と天蓋が闇を分けた。


 魂との対話を経て、己が信念の抜刀。リーシャの聖域が完成する時、俺もまた白銀の鎧を身に纏っていた。


 ふとラルカンが夜風に乗せて呟いた。


「ロゼ――女の魔族が行ったはずだが、どうした」

「『安心しろ。戦いが終わるころには目が覚める』」

「そうか」


 それが彼にとって唯一の懸念だったのかもしれない。最後の枷から外れた古の英雄が、槍斧(ハルバード)を構えた。


 呼応するように、剣の切っ先で翡翠の魔力が弾けた。


『さあ、やろうか』

「今日こそ俺たちは答えに到達する。来い、白銀」


 翡翠と青の魔力が燃え上がり、聖域の中で渦を巻く。


 俺たちは真に決着をつけるべく地を蹴った。


――長い時を経て、両者激突。


今日から二人の戦いが終わるまで毎日投稿を行う予定です。

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R15 残酷な描写あり 異世界転生 異世界転移 キーワード男主人公 ギャグ 主人公最強 勇者
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[良い点] 毎日ですか嬉しいです。
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